第7話 遭遇
───“全部お前の所為だからな”───
何も聞こえて来なかった暗闇の中。突然、声が聞こえた。若い女性の声だ。その声が何処から聞こえたのか見当も付か無かった。
まるでこの暗闇自体が喋ったかの様だ。暗闇に囲まれて間も無く、最初の変化が訪れた。それは、目が覚めないと言う気付き《感覚》だ。つまりは、暗闇の正体に気付いたのだ。あまりにも自然的で────恰もそれが当たり前だと言わんばかりに正体に気付いた事に全くの無自覚だった。
当然、目を開け様とした。だが、暗闇が晴れる事も無ければ、瞬きをしてる感覚すらも無かった。そこで、次の変化が訪れた。全身の感覚が無い事に気付いたのだ。この段階で普通ならパニックになるのだろうが───計算された幸いだろうか、脳が覚醒しきってない事でパニックに相当する恐怖は薄れていた。それでいて、ある程度の思考を巡らす為の意識と聴力の自由が与えられていた。
とは言え、とても気を抜けたモノじゃない。水面に浮かび、揺れる小さな
少しでも気を抜こうものなら、もう2度と目が覚める事は無いだろう。とりあえず、また声するかも知れない。今は、この状況を理解する為のヒントを探るしかないのだ。
晴れる事の知れない暗闇の中、生きる為の糸にしがみ付く様に音に集中するも、最後の女性の声から暫くの沈黙があった。あの声は気の
この変化は、嬉しい物だった。この瞼の向こうには、空間があり。目の前には、自分以外の何かが居る。しかし、変化は、そこで終わる事は無く次の進展を迎えた。
───あれ?俺は…?───何があった?───ここは何処だ?───
男性の声に触発されたのか意識が起きたのだ。
起きる意識に釣られる様に疑問が脳裏に浮かび始める。そして、進展は止む事無く連続していた。瞼に震えを感じたのだ。震えと同時に暗闇がシミの様な斑模様の赤黒色に灯り始める。
赤は濃く、一層光度を上げ、あっと言う間に赤黒い血の様な赤は朱に──ピンクから桜色に──最後には、白に変わった。その様子に元から目を開けていたのだと言う事に気付いたが、そんな事は、この際どうでも良い。目を凝らして、目の前にいるであろう何かを、晴れる気配が感じられない靄の様な真っ白の視界を凝視していた。
その時、目の前にボンヤリと、気の所為かと勘違いしてしまいそうな程に曖昧模糊とした2つの影…と言うよりは、型が浮かび上がった来た。「ほら…言った通り。起きた」右の型から男性の声がした。
胸を撫で下ろして安堵してる様にも誰かを慰めて安心させる様に聞こえる優しい声だ。
すると、左の型が大きくなった。近付いて来たのだ直ぐに理解出来た。左の型は、近付くに連れて型の中心部から、染みの様に影が薄らと浮かび始めた。
「…っ! サェア、もう少し待ってあげてくれないか」
近付く型の後ろから男性の声がした。そして、半端に浮かび上がった影に視界は、ピントを合わせてるかの様にゆっくりと影を型に沿って染め上げていく。「まだ、体が慣れてないんだ」聞こえて来る男性の声は、やはり情けなく、まるで許しを請ってる様にも聞こえた。
…多分、目の前に居るのは、人間なんだろう。しかし、影は黒い
「黙れ。糞屑の分際で口開くなよ。次、喋ったら首刎ねるから」
目の前の影から微かに震える女性の声がした。最初に聞いたあの声と同じ声だ。その声に何とか、目を開け様としたその時、閉じかけた目に何かを押し当てられた。
少しして、
自分と言えば───何なんだここは…?と周りを見渡そうとしていた。だが、女性と目が合ってしまった。見下ろすその顔に少し影掛かってる所から、照明は天井にあるのだろう。しかし、女性の目は、光ってる様に見えた。瞳孔の開いた琥珀色の目だ。その目に本能的に、この女性は、人間じゃないのかも知れないと感じた。しかし、生物なのは、確かな様で女性の目からは、殺意や憎悪が感じられた。
その時、女性が腕を伸ばして来て頭上を掴んだ。髪を掴まれたのだと直ぐに理解した。
しかし、理解出来たのはそれだけで、あまりにも突拍子な行動に思考が停止しそうになる。当然の様に痛みも掴まれてる感覚は感じられなかった。ただ、視界が少しばかり大きく揺れただけだ。
「覚えてる事を全て話せ。あの子をどこへやった?」最初に聞いた声とは、打って変わった暗くとても冷たい声だ。それは、質問や尋問と言うより死刑を目前にした囚人対しての最後の一言を聞こうとしてるかの様な無慈悲さすら感じられる。殺意の籠った言葉だ。しかし、返答者である自分は、声どころか指一つ真面に動かす事も出来なければ、脳がしっかり機能してるとも言えない状態だ。
だが、女性の言葉を理解して、辿り着いた答えが───…は?あの子? なんの事だ…? もし、これが声に出てたなら目覚めて早々殺されていたかも知れない。
どうする事も出来ず固まる自分の答えを待つ女性の琥珀色の目が自分の心を覗こうとしてる様な感覚だ。あれ…?この感じ、どこかで…?と、ふと既視感の様な物を感じたその時。ガバッ!と突然、自分と女性の間に割り込む様に少し汚れた白衣が横から飛び出した。
自分は、ゆっくりと視界を動かして、白衣を追う、情けない声の主と思われる男性が立っていた。
「サェア。言っただろ。まだ慣れてないんだ」白衣の男性は、女性に語りかけてる、と言うよりは、自分を安心させるために言ってる様な、落ち着いた口調で言って自分と向き合った。その姿に思わず目を見開いてしまう程に背筋が凍る様な気分になった。
後退した短髪の白髪、剃り残しの様な顎のサングラスを掛けた初老の男性だった。そして、ボタンの外れただらしなく広がる白衣の内側には、血を吸った重みを感じるボロボロの迷彩柄の軍服を着こんでいたのだ。それらの血は、この目の前に立つ微笑みを浮かべる男性自身の様だ。
胸部が不自然に盛り上がっている様に見えた。折れた骨が飛び出しているのだと直ぐに理解出来た。もし、男性が服を着て無ければ、とても直視できない状態での対面となっていただろう。
「いや、すまないね。初めまして人間さん。自己紹介が遅れて申し訳ない。私は、ノゥ。さっきの彼女は、サェア。さっきは、驚かしてゴメンね。でも、もう大丈夫だよ!」と、男性は、自分の体など全く気にも止めてない様子で微笑みを浮かべていた。
先ほど蛇に睨まれた蛙になったばかりだと言うのに次は、体も思考すら凍り付き始めた。一体何が大丈夫だと言うのだろうか?
最早、処理が追い付かず理解する事を諦めていた。それでも、どこか諦め切れない気持ちがあるのだろうか。周りの音は、聞き落としなくハッキリと聞こえていた。
「さて、動ける様になってからで良いから。…“一橋 里駈”さん。君に幾つか聞きたい事があるんだが良いかな?」
一橋 里駈と呼ばれた自分、男性の言葉に自分の名前を思い出した。
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