第9話 対談 その2


 サェアは、一橋に足音を発てる事無く近付いて来た。「何してんの?」


 一橋は、奥歯を潰さんばかりに歯を食い縛った。ここで、怒鳴った所で意味なんて無いどころか下手したら、そのまま殺されてしまうかも知れない! 一橋は、目の前で立ち止まり見下ろすサェアを睨見上げた。その様子にサェアは、頬を少しだけ緩ましながら屈んで一橋に手を伸ばした。


『っ! や、やめろ! 近付くな!!触るなぁ!!───…!』


 助けを求める様に叫ぶ一橋に対して、サェアは、捨てられた子犬でも拾うかの様に転けた一橋の体を持ち上げては、立て直した。そして、床に座る形になった一橋の前に、サェアは、胡坐を掻きながら向き合った。


『っ?…!?』てっきり、殴られるか蹴られるかと思っていた一橋は、目を白黒させながらサェアをマジマジと見た。


「人間。お前の所為であの子は、もう助けられなくなった。その事に関して我は、お前を殺しても殺し足り無い程に恨んでいる」


 理不尽過ぎる。何も聞かされてなかったのも関わらず勝手に恨まれている。サェアの言葉に一橋は、参ったなと言わんばかりに苦笑いを浮かべてサェアから視線を外した。


『一つ聞いて良いか?』納得が行く訳がないと言う大義名分を頼りに一橋は、口を開く。『その、あの子ってのは、あの……リュックに入っていた女の子ガキの事か?』


 一橋の言葉にサェアは、不機嫌そうに「チッ、そうだよ」と素っ気なく答えた。ああ、やっぱりか……。サェアの様子に一橋は、露骨に肩を竦める様に溜め息を吐いた。『はぁぁ。…悪いが、俺は何の手掛かりも持ってないぜ? あのガキ、確か……アラルって───っ!!』


 一橋が、アラルの名前を思い出したままに口にした途端、サェアは、突然、目を見開いて一橋の首に手を掛けながら飛び掛かった。


 ゴォン!!と後頭部を壁に打ち付けた一橋は『何…しやがんだよ…っ!!』と歯を食い縛りながら瞳孔の開いた琥珀色に輝くサェアを睨んだ。


「黙れよ、その名前を口に出すな……。あと、ガキ言うな下等生物が。次言ったら殺すからな」全く持って殺気マシマシの言葉だ。怯えるどころか、本当に生きた心地がしなかった。一橋は、震える様に小刻みに首を縦に振る事しか出来なかった。その最中、ふと最悪な記憶が過った。


 コイツ達がどれだけ俺の事を知ってるのか、分からない。……もし、俺がアラルあのガキの目をナイフで刺した事や、体を弄って頭を何度も床に叩き付けた事がバレたとしたら……。「───そういえばさぁ」


『っ!?』嫌な予感に周りが見えて無かった一橋は、目覚ましの音で飛び起きる様に我に返った。サェアは、いつの間にか一橋の首から手を離して代わりに人差し指を胸に突き付けていた。


「お前に聞こうとしていた事があるんだけどさぁ。お前、あの子に何かしたか…?」サェアの冷たく低い声は、まさに死神が鎌を振り下ろすその音そのものだった。その一言に固まる余裕も無く一橋は、突然や焼けた釘を打たれたかの様な痛みを感じた。


『──っ!? うぎゃあああああああ!!』


 今まで出した事の無い声で叫びながら痛みから逃れようと首を振る。「痛いよな。その体さ、一応拷問用なんだ」と一橋の叫びが聞こえて無い様子でサェアは言った。


 一橋の奥歯をガチガチと言わしながら呼吸を整えて何が起ったのかと体を見下ろす。何と、一橋の胸にサェアの人差し指が突き刺さっていたのだ。


「ふーん、第一関節だけなのにそんなに痛いんだ。でもね、多分あの子の方がもっと痛かったと思うんだ。まぁ、ゴミクズにそんな事分かる訳無いか。でも安心して良いよ。生き物は、2度も死ぬ事は無いからさ」


 サェアそう言うと人差し指をそのまま引っ掻く様に一橋の下腹部まで一気に引き裂き始めた。再び激痛が体中を巡り一橋は、喉がはち切れんばかりに叫んだ。血は出て無いが人間の内臓を模した肉の様な物が床に溢れ零れた。


「この、内臓擬きにも痛覚があってね踏み潰す───」バァアン!!


 突然ドアが勢い良く開いた。その音に一瞬、肩をビク付かせたサェアは、舌打ちをしながら振り返った。そこには、焦り気味に汗を掻いたノゥが立っていた。


 一瞬固まっていたノゥだが、泣き叫ぶ一橋の様子に「なっ…! さ、サェア!何をしてるんだ!!今すぐ止めるんだ!!」と声を荒げながら慌ただしくサェアに近付いてサェアの腕を掴み上げた。


 サェアは、腕を引かれるままに立ち上がって───その振り向き際にノゥの腹部に目掛けて拳を捻じ込んだ。


 ボスッと言う音と共に顔をしかめるノゥは「くっ…!」と短く息を漏らしながら腹部のサェアの拳を掴んだ。その様子にサェアは、眉を潜めてノゥから拳を引っ込めようとしたが、ノゥは、手を離さなかった。


「……ぉぃ、どう言うつもりだ?」


「君に私の言う事を聞いて貰う!!」ノゥは、そう言って強気に眉間にシワを寄せて、怒ってるかの様な形相でサェアを睨んだ。「…っ!」とサェアは、息を詰まらしながらあからさまに怯える様に首を引っ込めた。


「サェア、落ち着いて聞くんだ。私達は、まだ終わった訳じゃない!」ノゥは、そう言ってサェアの手を離して肩を掴んだ。「時間が無いんだ。独壇場で悪いが、に彼を飛ばす」


「す、スイジェ? …今だけ、お前の言う事聞いてやる。どう言う意味か説明しろ。それと私、言うな」


「残っていたんだ、とは違う次元に!だから彼をそこに飛ばす急ぐぞ! 奴らに気付かれてしまったもう時期に襲撃が来る」


 体の痛みは、暫く経てば消えるらしく一橋は、瞬きをしながら涙を振り払う様に首を振った。既に心は、限界だった。自然と口から情けない声が漏れ出す。


『ひっぐ!うっぐ! ごめんさい……ごめんなさいぃ… 怖かったんだよぉぉ… でも、おでわりゅくないんだぁ…信じ───っ!』その時。一橋の体は、突然持ち上げられた。


『ぁ…い、いやあああああ!!止めてくれ!!嫌だぁあああああああ!!』


 再び叫び出す一橋にノゥは、苦虫を噛み潰したかの様に顔をしかめながら「サェア…!限度と言う物があるだろう!?」と言いながらポケットから注射器を取り出して一橋の首筋に刺した。


『ゴメ、ン…ナサ……ィ』注射をされた途端、一橋に急激に声は、低くゆっくりになり始めて、振っていた首は、ぬいぐるみの様に力無く落とした。視界黒くぼやけ始めると同時に音が遠くに離れていく。何を思う事も出来ず、そのまま意識を落とした。

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