79,嫌な予感はよくあたる 2



「ほれ、早う読んでくれ」

「わかっていますよ」


 正直、今はそんな気分じゃない。

 内心そうは思いつつ、セレスタン王はガザンに羊皮紙を押しつけられた。


 実の娘が危険な目に遭った後でも、国王というのは常に国のために動く。

 それを見越した上での事だ。

 王たる者、私情で国事を左右させてはならないのだ。


「なんと書いてあるのじゃ?」

「……色々体裁のいいことは書いてありますが、掻い摘まむと〝先の干ばつで枯れた土地を寄越せ〟と書かれています」

「枯れた……住民が本土へ一時避難した、あの天災ですか」

「なんじゃレオ坊、お前さんも知っておったのか」

「はい、燈月草探しから帰ってきた直後ですが」


 多少の時差はあったかもしれないが、ここ最近の話だろう。


 島の外れにある、水に富んだ美しい島だ。

 その島が原因不明の干ばつに遭い、住民達は一時避難しているという。

 それはレオナルド達が燈月草探しからの帰国を迎えたエドガーが、ルカにも報告していることだった。


「どんだ強欲者じゃな。他には何と書かれておるのじゃ」

「この世界の発展のため、あの島に製鉄所を構えたいそうですよ。見返りは利益の三割還元、及び製作物の一部使用権を譲渡するとも」

「けっ。誰があの土地を渡すもんかい。燃やしてやれい!」

「そこまではしませんが、断りの手紙くらいは送ります。そんなに興奮すると身体に悪いですよ」


 他国の機密文章を、他国の皇子が聞いてもよかったのだろうか。

 気まずそうに少し離れたt頃に立つレオナルドを、セレスタン王は優しく招く。


「そんな気にしなくても、これくらいなら聞かれたってかまわない。すぐに無かったことにする話だ」

「直ぐ断りの手紙を出すのですか?」

「勿論だとも。あの土地で生まれ、あの土地の水で育った人間がいる。

 帰りたいと思う国民がいれば帰れるよう、復興に尽力するのが俺の役目だ」

「貴殿の王としての器に、頭が下がる思いです」

「そんなおだててもステラに追跡魔法をかけた事実は忘れないからな」


 ダメか。

 ステラに追跡魔法のことが知られればストーカーだのプライバシー侵害だの騒ぎ立てられる。

 噛まれた手を、なんとなく撫でた。


「それから、あの人形の正体じゃな。あれからどうなっておる?」

「地下で相変わらずです。帰りたいや、お腹すいた、と片言で繰り返すばかりです。突いてみたりもしましたが、中身は完全に綿でしょう」

「……ステラが、あの人形は人間だったと言っていましたね」


 レオナルドの一言で部屋の空気が重たくなった。

 低い声でガザンは唸り、ちょび髭を撫で付ける。


「あの人形の正体は、捕らえた男とお嬢ちゃんが詳しいじゃろうな。目が覚め次第話を聞くとしようかのお」

「素直に教えてくれるといいんですがね」

「なんじゃヒルベルト。やけに憔悴しておるのお。

 ……あ、正体がバレたんじゃったか」

「それもあるんですが……」

「それにしても、少し様子がおかしかったように思います」


 言い淀むセレスタン王に代わり、レオナルドが一歩前に出た。


「セレスタン王の正体がわかったことでショックを受けていたのは間違いないでしょう。

 それにしても俺達の拒否反応が尋常で無かったんです」

「んー? 意固地を張っておってんじゃろ、それ以外考えられるとしたら……。

 どこかで狂って血縁関係がバレてしまったら、ダブルパンチで目も合わせたくないじゃろうけどな」

「そこまでいけば納得もできますが、事実を知っている人間があの場にいた可能性は低いかと」

「儂もそう思うがなぁ……」


 ステラは頑固者だ。

 だが助けに来てくれたセレスタン王やレオナルドにあんな態度を取るまで、頑なな人間でない。

 ガザンが頭を傾げた。


「っ~~ここでステラ抜きで話していても埒があきません‼ ステラが目覚め、事件に関する全てのことを聞き終えた後‼ 俺は顎を砕かれに行きます‼

 なぁレオナルド君⁉」

「お供します」

「フライングする覚悟が決まったか。そうすると顎だけで済まんじゃろうて。

 国一番の医療魔法使いをスタンバイさせておくぞい」

「レオナルド君、鉄板を仕込んでいくことをお勧めしよう」

「内臓破裂してもしょうがないですからね。ステラのパンチはあまりにも重い」


 一人っきりで監禁されていたとき、一体何を聞かされたのか。


 ネブライに返す手紙を書くための羊皮紙を出しながら、セレスタン王は明るくなった空を窓から見上げた。

 

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