78,嫌な予感はよく当たる 1
「ステラは?」
「先ほど眠ったと報告がありました」
「そうか」
セレスタン宮殿の居住区の一角。
国王に与えられる一室で、セレスタン王のヒルベルト・アグニ・セレスタンは鎮座していた。
「レオナルド君、君には本当に世話になった。どうやってこの気持ちを表したらしいのか、皆目見当も付かん」
「俺が勝手にしたことです。ステラがガザン殿と手合わせをした時、追跡魔法をかけたのも保険です」
「うん、それなんだがね? なんでステラに追跡魔法? どういう保険? ちょっとそこを深く教えてくれるかね?」
「いいじゃないですか、結果的にステラを守れたのですから」
「結果的には助かったんだがね? 社会的に色々とまずいぞ?」
何食わぬ顔で珈琲を口にするレオナルド。上座に座るセレスタン王の顔は、これでもかと言うほど引き攣っている。
「ゴホン‼ ……とりあえず、その件については後回しだ。君に聞きたいことは山ほどある」
スゥ……と熱の引いた目に、珈琲を飲む手が止まる。
その顔はステラを想う父としてではなく、セレスタン王としての熱。
レオナルドはソーサーにカップを戻した。
「以前オゼンヴィルド家で君たちは謎の人形と対峙したと言っていた。それは昨晩の人形で間違いないかね?」
「あれをどう見間違えましょうか。あの武器も、片言も、まさしくその時の人形と同一です」
「そしてギレットと呼ばれた男、そして今回捕獲に成功した男。それぞれ一度接触しているのだったな」
「銀髪の男は貴殿と鉢合わせたオルガナビアの街で。捕獲した男は、つい先日ドルネアートで強盗犯として捕獲したはずです」
一度は実の兄であるルカの回し者かと疑ったが、蓋を開けてみればとんだお門違いだ。
そして捕縛した元・強盗犯。
レオナルドは拳を握りしめた。
「我がドルネアート王国騎士団、副団長のカルバン・ジェーンが先日急遽帰国しました。その理由が、今回捕らえた強盗犯の脱獄です」
「あの厳重な王国騎士団の牢から抜け出し、なんの痕跡も残っていない。随分と泥を塗られたものだな。こちらまで噂は聞こえてきている」
「国民の安全を背負い、国を守る立場としてあってはならないことです。
そしてその犯人がセレスタンに現れた。一体どうやって……」
「前半のセリフをステラが聞いたら噛み付くだろうな」
「すでに噛み付かれました」
「ザマアミロ」
国王にあるまじき発言である。
まだステラの噛んだ跡が残っている手を、セレスタン王に見えるよう振ってみせた。
そして満更でもなさそうな顔をするレオナルドも、相当な物なのだが。
「なーにを遊んどるんじゃ」
ノックもなしにドアが開かれた。
国王の部屋に無断でこんな行為が許される人物は、この国で一人しかいない。
レオナルドは反射的に頭を下げた。
「父上、いかがでしたか?」
「いかがもイカ刺しもないわい。なんなんじゃ、あの赤いガラスの破片は!」
前セレスタン国王のガザンが、ちょび髭を撫でながら出入り口の前に現れたのだ。
元々しわが寄っていた顔に、更に深いしわが刻まれる。
「ギレットが落としていったものです。なにかわかったのですか?」
「まだ詳しい解析は済んでおらんが、もしかするととんでもないものかもしれんぞ」
「と、いいますと」
「……あれは魔法がかかったガラスというより、呪いじゃ」
呪い、という不吉な単語に、今度はレオナルドが鼻に皺を寄せる。
そんな言葉を聞いたのはいつぶりだろうか。
もしかすると幼いころ家庭教師に聞いた昔のお伽噺以来かもしれない。
「そんな物、この世にあるのですか?」
「ある……というより存在はしておったらしいぞい。レオ坊も聞きかじったことはあるじゃろうて」
「あるにはあります。しかし太古の物だと思っていました」
「さよう。あの赤いガラスの破片には、現代に存在しない筈の呪いがかかっている可能性が大きいのじゃ」
やれやれとため息をつき、レオナルドのカップを奪い去った。
躊躇無く珈琲飲み干す姿を何ともいえない表情で見守るのはもちろんレオナルドだ。
「父上、私も生まれてこの方呪いというものを見たことがありません。しかし現に現れた。
その呪いというものは、いつの時代に何処の国で伝承されていた物なのでしょうか」
「……これを言ってしまうとあまりよろしくないんじゃがのぉ。
あの破片にかかっているものが本当に呪いだとしたら、それは何千年も前に滅びたもの。
そして当時使っていた術者は……」
「失礼します」
喋るペースが落ちたガザンの声を遮るように、エドガーが小さな袋を持ってドアを叩いた。
「おじいさま、こちらを」
「おお、どうじゃった?」
「おじいさまの言う通り、これは魔法ではなく呪いであると。鑑定士から報告が上がりました」
「嫌な予感ほど当たってしまうもんじゃな」
エドガーから受け取った小袋を、ソッと机に置く。
セレスタン王とレオナルドは何も言わず、その小袋を見つめる。
「呪いの種類自体多い物ではない。だが解呪するのに手間がかかる物も多く、中には解呪ができない物もある。
そして呪いの歴史が最も深いのは、ネブライじゃ」
「やはりか」
誰よりも早く小袋に手を伸ばしたのはセレスタン王だった。
「ギレットの銀髪は混血によって現れることもあるが、多くはネブライに見られる色だ。
先ほど奴は国際的に指名手配された。あの魔法を見る限り、今までの誘拐事件もあの男が絡んでいると見て違いない」
「そして度々口にしていた〝ご主人様〟という単語じゃな。そのギレットとか言う男がネブライからの回し者であれば、色々まずいのう。
この破片の細かな解析と、捕らえた男を尋問するのが早そうじゃな」
「人形のこともありますな。ステラが目を覚ましたら話を聞きますが、なんでもあの人形はは元人間だと。
事実かどうかわかりませんが、その可能性が捨てられない限り無碍にはできない」
山のように積み上がった問題。
頭を抱えるガザンとセレスタン王の前に、一枚の紙が差し出された。
「そんな中、ネブライから書簡が届きました」
もうその名前は腹一杯なのだが。
父であるセレスタン王の意味ありげな視線をよそに、一枚の羊皮紙を差し出した。
「次から次へと厄介ごとが舞い込んでくるのぉ。どれ、ヒルベルトに読ませよう。
エドガーは悪いが、このガラスの破片を鑑識に戻してくれんか?」
「承知しました」
たかが一枚の羊皮紙。
重さなどあってないような物だろう。
だが、エドガーからガザンの手に渡った紙は、とても重くのしかかるようだった。
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