77.終焉の足音



「クソッ‼ 油断した‼」


 レオナルドの苦々しい後悔が、地面に吸い込まれた。


「まさか腕を切り落とされてもまだ動けたとはなぁ。身体を改造していると言っていたが、筋肉増強剤レベルではないな。

 あれも禁術の類いと見て間違いないだろう」


 ヒルおじさんは地面にしゃがみ込むと、つい先ほどまでギレットが立っていた場所をしげしげと見つめる。

 紫の光も何も無く、何処にでもある土に戻っていた。


「ふむ、魔法陣どころか魔力も綺麗に消えているな。立つ鳥跡を濁さず、というやつだな」

「なぜそこまで冷静にいられるのですか」


 多少の落ち着きを取り戻したレオナルドだが、言葉の節々に棘が見られる。

 そんな彼に、ヒルおじさんは眉を下げて笑った。


「冷静なもんか、内心腸が煮えくり返っているよ。

 確かに犯人こそ取り逃がしたが、手がかりとしては十分に取れたじゃないか。はら、見たまえよ」


 レオナルドに見えるよう、その大きな掌を広げて月明かりの下に差し出した。

 その上には小さな赤いガラスの破片のような物が乗っかっている。


「それは……あの男が禁術を使うときに食べたものですか?」

「ああ。ギレット、と言ったか? あまり食事マナーはよろしくないようだな。

 おかげでこうして重要な手がかりはゲットできたわけだが。

 あともう一つ、大きな収穫がある」


 太い指が森に向かって人差し指を向けた。

 そして一つの呪文を唱える。


「ジー・ヒート(万有の糸)」


 その指から現れたのは、一本の糸。

 ステラが使う捕縛魔法とはまた違う、赤色の糸だ。

 それはずっと深い森の中に続いている。


「それっ」


 軽いかけ声とともに、糸は勢いよく手繰り寄せられる。


「その魔法は……」

「君がステラのチョーカーにかけた追跡魔法とよく似たものだよ。

 この糸の先と逃走した二人組の片割れを結びつけておいたんだ」


 ということは。


 シュルシュルと音を立てて、糸が素直に引き寄せられる。


「お、来たな」


 ガサガサと大きな音を立て、〝それ〟はこちらに近づいてくる。

 剣を構えるレオナルドとは対照的に、ヒルおじさんは微笑みを称えたまま深い森の先を見つめている。




 ガサッ‼




「ぐあっ‼」

「先ほどぶりだな」


 まるでマグロの一本釣りである。

 その男は、小屋でギレットと一緒になってステラを虐め抜いた男だった。

 無様に仰向けで地面に転がり、眼を白黒させている。


「幸いそこまで遠くに逃げていなかったからな。俺の魔法が届く範囲でよかった。

 ギレットといったか? その男のことくらいなら何か知っているだろう。それから〝ご主人様〟という人物もな。

 拘束して連れて行こう」

「承知いたしました」


 ピィィィイイ…………


 暴れられると厄介だ。

 手際よくレオナルドが男を縛り上げていると、頭上に数羽の鳥が飛び交う。


「新手か⁉」

「いいや、安心していいぞ。


 おーい‼ こっちだー‼」


 人魂のように数多の炎がチラホラ見える。

 顔を顰めていたレオナルドだが、それは直ぐに杞憂だと悟る。


 人魂のように見えたのは松明だ。

 その炎の下に照らされる集団を目視し、剣を納めた。


「国王‼ ご無事ですか⁉」

「なんとかな」


 セレスタンの名の下にこの地を守る、セレスタン王国騎士団が到着した。







「一件落着……とはいかんな。しかし長い夜が終わったようだぞ」

「……」

「何をふてくされておるのだ」


 未だに鎖で縛られたままのステラは、ウメボシの広い背中の上で浅く息を繰り返していた。


「ねえ、ウメボシはヒルおじさんのこと知っていたよね?」

「む……」

「初めて私の実家に帰ったとき、イグニスと知り合いだったもんね」


 まるで昨日のように思い出す。


 アルローデン魔法学校の授業の一環でウメボシの召喚に成功し、意気揚々と実家に連れ帰ったこと。


「あの村のことも知ってたんだよね? ウツギのトンネンルの秘密。だから確実に通り抜けられるように、私の首に巻き付いた」

「……」

「それからイグニスと会って……強制的に黙らされた」


 つまりイグニスはヒルおじさんがセレスタン王だということを知っていた。知った上でウメボシを口封じしたのだ。

 

 何故あの時強く追求しなかったのだろうか。

 もしあの時何かわかっていれば、今こんなに傷付かなかったのに。


 全ては過ぎた過去の話。

 終わった時間は巻き返せないとわかっているのに、たらればの想像がグルグルと頭を回る。


「確かに小生はヒル殿の正体を知っておった。イグニスが数年前、セレスタン王と契約を交わしたという噂は聞き及んでいたからな」

「じゃあ私とヒルおじさんの関係は?」

「……血の繋がりがあるものは魔力も似通う。その匂いは魔獣の小生達の方が嗅覚も鋭い。

 可能性はゼロでないと思っていた。だがあくまで小生の憶測に過ぎん。

 仮定の説を安易に口にするものではなかろう。

 それともステラはヒル殿との確信的な繋がりを見つけたのか?」

「……わかんない」


 ステラはアバラに響かないよう、ゆっくり息を吐き出した。


「信じられない情報を、信じられない人から聞いた。今まで信じていた人たちを信じられなくなった」

「ステラ……」


 フサフサの尻尾が、ステラの頬を撫でる。


「小生はステラの見方だ。九尾である小生を召喚したお主は、仕えるに値する」

「ウメボシを今まで疑ったことはなかったよ」

「ならば小生はこれからもステラの隣に控えよう」

「なら約束して」


 今にも消え入りそうな、あまりにも細く頼りない声。


「憶測で物を喋るのは確かに信頼が薄れる。


 でも、少しでも違和感を感じたら、教えて欲しい」

「確信が無いのに、か?」

「目に見える物ばかりが真実じゃないっていうのは、もう嫌って程身をもって知った。だから誰を信じて何を見定めるのか、これから自分で決めていくよ」


 自分探しの旅は終わっていない。

 だんだん大きくなる足音が、この一連の騒ぎの終わりを連れてきた。

 

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