58,好きな具は把握している



 サンドイッチを机に置くと、ステラはレオナルドの背中をもう一度眺めた。

 自分とは全然違う、がっしりとした男らしい背中。


 何故か気恥ずかしくなり、サンドイッチに手を付けた。


「あ、美味しい」

「ステラの好きな卵サンドにしたからな」


 すっかり好みまで把握されている。


 実はセレスタンの味付けは濃い物が多く、そろそろドルネアートの味付けが恋しくなってきた頃だった。

 そこに大好きな卵サンド。効果抜群だ。


 前に座ったレオナルドにも皿を回すが、突き返された。

 どうやらこれはステラの物としてくれるらしい。


「紅茶が必要だな。茶葉は……」

「紅茶は私が淹れるよ」


 一切れ食べ終え、椅子を立った。

 食事中に席を立つのは行儀悪いことだ。しかしこれ以上レオナルドばかりに厨房へ立たせるのも気が引けた。


「紅茶淹れるのはステラの方が上手だな。よく香りが立っていた」

「故郷の村でさ、お母さんの従姉妹が……ハイジ先生っていうんだけどね。

 学校の臨時教師をしていたんだよね。その人が紅茶に五月蠅くてさ、ダンスもそうだったけどスパルタだったよ」

「ハイジ先生、か」

「うん。そのお陰で美味しい紅茶が飲めるから、感謝してる」


 全く、素晴らしい大人に育てて貰ったものだ。


 ステラは入ったばかりの紅茶をレオナルドの前に置いた。

 サンドイッチとよく合い、これ以上無い至福だ。


「鍋で豆乳シチューを煮込んでいるが、入るか?」

「余裕でいける」

「作り手としては嬉しいが……まぁたまにはこういう日があってもいいか」

「イレギュラーだからしょうがないって」


 ステラはサンドイッチを持つと、口の端についたソース親指で拭った。


「話が変わるけど、強盗犯のことはルカ皇太子から連絡が来たんだね」

「鬱陶しいくらいにな」

「ハハハ……」


 嫌味も追加してやろうと思ったが、そのうんざりした顔に嫌味も顔を引っ込めた。

 セレスタンに旅立つ前にも聞いた、ルカのクソデカレオナルド愛は強烈にステラの中に残っていた。


 行き過ぎた愛が故、ステラを巻き込んでとんでもないことになったのはご存知の通り。


「ルカ皇太子と分かり合えては、」

「いない」

「ですよねー……」


 暴走にも近いあの執着心は、時が落ち着かせてくれるのを待つしかないのだろうか。

 レオナルドが不憫にも見えてくる。


「……あの人は、皇太子として立派な方だ」

「(お?)」


 サンドイッチをひと口囓ると、小さく低い声がステラの鼓膜を震わせた。


「兄上は昔から秀才で、何をしても良以外の成績を取ったことがない。贔屓目なしで何処に出ても恥ずかしくない、次期王としてふさわしい方だ」

「その立派なお方の唯一の欠点が、ブラコン」

「はぁ……」


 参ったように頭を抱え、机に肘を付いた。

 なんと声を掛けるべきか。


「す、すごい兄弟だね。レオナルドだって成績抜群に良かったし、強いし魔法のセンスもいいし、あとダンスもうまくて……その上料理もできる。

 よっ! ハイスペック兄弟‼」


 ステラなりの、精一杯の慰めだった。

 しかし大して効果があるようにも見えず、レオナルドがとうとう沈んだ。


「嫌われるよりはいいんじゃん」

「そう言うがな、幼い頃から大変だったんだぞ。

 今日はどこで何をしていたか、どんな教師とどんな授業ってどんな会話をしたか。友人に変な奴はいないか、朝昼晩は何を食べたか、乗馬に行こうものならついてくる、街に出ようものならこれでもかと護衛をつける。俺がどこかの令嬢と話すものならいつどこで出会い何の話をし何を感じたか。

 全部聞いてきいてくるんだ」

「そら家出たくなるわ」


 聞いているだけで耳を塞ぎたくなる。

 愛というのは重すぎるのも考え物なのだ。


「周りは何も言わなかったの?」

「何度も止めたさ。

 特に母上も気に掛けて下さっていた。だが警告を超越して俺に執着する物だから、諦めに入っていてな……魔法学校に入るまでは地獄だった」

「ご愁傷様……」


 あれが毎日……想像するだけでレオナルドの苦労が偲ばれる。


「じゃあ学校で寮に入れて良かったね。許可が降りたときはホッとしたんじゃない?」

「ああ、安心した。

 兄上のせいにするつもりはないが、俺も性格に難があった。

 皇子であるが故、それなりに周りから期待が寄せられていた。昔から重圧を感じながらも、常に上に行かなければならないという意識はあった。

 だからアルローデン魔法学校の入学式で、ステラに酷いことを言ってしまったんだ」

「今思い出すと可愛かったよ。なんか……小生意気な猫みたいで」

「あれは悪かったと思っている。完全に八つ当たりだった」


 窓から見える星明かりが、レオナルドを縁取って照らす。

 珍しくレオナルドがしょげている。


「今日はどうしたのさ、レオナルドらしくもない」

「……少し、今日のは堪えた」


 ハッと顔を上げると。いつの間にかレオナルドが頭を上げてこちらを見ていた。

 蝋燭の火の向こうから、ステラを見つめている。


 思わずサンドイッチを飲み込んでしまった。


「ステラにウエディングドレスを着せるのは、俺だけだと思っていたから」

「ゴフッ‼」


 噎せた。


「大丈夫か?」

「な、何言って……⁉」


 咳き込むステラに水を渡すと、レオナルドは椅子から立ち上がった。

 そこで身構えてしまうのは、しょうがない。


「そろそろいいな」

「な、なにが⁉」

「鍋。圧力を解いてくれ」


 自由か。


 ステラは咳払いをすると、指を鳴らして圧力を解いてやるのだった。



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