56,相棒の気持ち
パチリ。
ステラはベッドの中で目を開いた。
「(お腹すいた……)」
キュルルル……と、なんとも頼りなくか細い腹の音がフカフカなベッドの中へ吸収されていく。
寝返りを打ってみると、隣のベッドにはイライザの気配。しっかりと熟睡しているようだ。
そして足元のペット用ベッドの中には、ウメボシがポンポンになった腹を丸出しにして寝ている。野生はどこへ行った?
ステラは音を立てずに、ベッドから抜け出すとカーディガンを羽織った。
「(ちょっとだけならいいよね)」
なるべく物音を立てぬよう、そっと扉を開けるとイライザの部屋から廊下に滑り出た。
あの乱闘の後、ステラ達は大変な目にあったのだ。
******
「……お腹すいたぁ…………」
エドガーはずっこけ、レオナルドは豆鉄砲を喰らったハトみたいな顔をしている。
だがステラとウメボシはそんなことに構っている暇はない。
なんなのだ、この異様な空腹感は。
力を使いすぎたのであれば魔力を消耗するはず。なのになぜお腹?
「むおおぉ……もうダメだ……尊き小生が痩せてしまう……!」
「おい、ウメボシ!」
こちらも意識はあるようだが、緊張感のかけらもない。
レオナルドは落ちているウメボシを揺するが、ただ身体が揺れるだけだ。
「あの魔法使うのは大量の魔力が必要なのだ……。
ありとあらゆるエネルギーを燃やすため、小生のパンパンに詰まったプリティーな腹ですら引っ込んでしまうのだ……あ、旨そうな肉が……」
「ウメボシが幻覚を見てるぅ……」
なんと哀れなことか。
艶々だった毛並みはボサボサになってしまい、栄養が搾り取られている。
双獣の誓いがどれほどの魔力を消耗するか、ありありと物語っていた。
「九つの魔法だったか? それなら納得がいく」
「何が納得だ! それより早く小生達に飯を持ってこんか! こうしている間にも、この尊い存在がこの世からどんどん少なくなっているのだぞ!」
「さ、さんせい……」
尊いかどうかはさておき、そろそろ眩暈がしてきたのでウメボシに同意する以外選択肢は無い。
「レオ、宮殿に連れて行ってあげて。僕から食事を出すように伝えておくから」
「わかった」
そこからは早かった。
ウエディングドレスのまま足早に宮殿の厨房へ連れ込まれ、使用人がフル活動で大量の食事を用意してくれたのだ。
ここまで身に染みる食事がこの世にあったのか?
ステラとウメボシは半泣きになって目の前のご馳走にかぶりついた。
「むおおぉお! 食べておるのにもう腹が減るぅぅう‼」
「おかわりください‼」
今ならフードファイターにでも勝てる。
それくらいの勢いで、大量に用意されていた食事は彼らの腹の中へ消えていった。
その様子を見守るカルバンとエドガーは、口元が引き攣っている。
「なにも食事は逃げないんだから、もう少しゆっくり食べなよ」
「だめです! 止めた瞬間からエネルギーが消費されていきます!」
「そうなのだ! 食べ続けなければ我々の命の危機だぞ!」
そこまでか。
エドガーは、ソースやら調味料を顔に付けて凄むウメボシに「ごめん……」と押され気味に返す。
「お前らなぁー……。
ちゃんと国に報告していれば、もっとちゃんとした訓練が受けられてだなー。
魔力の押さえ方だって専門家が教えてくれたんだー」
「だから! 知らなかったんですってば!」
「お、おぉー……だったな、じゃあしょうがないよなー……」
今度はステラがキレた。目が怖い。
腹にたまらないカルバンの説教より目の前の食事だ。
パンに持っていかれた水分を戻すために、コップの中の水を流し込む。
「先生、そこの塩を取って下さい!」
「ケチャップがないぞ!」
「しかも顎で使いやがってよー!」
なんて口では言いつつ、かいがいしく食事の世話をするカルバン。
エドガーに至ってはウメボシが誤って食べないようにと、オニオンを端に避けていた。
「本当はもっと叱ってやらないとダメなんだがなぁー。お前も被害者だし、今回はこれくらいにしといてやるかー」
「これ美味しい! もう一皿お願いします!」
「聞いてますぅー!⁉」
慈悲深いカルバンの言葉は、虚しい独り言と化した。
まだまだこれからだと、食べるスピードを上げる一人と一匹を、元・教師二人は生暖かい目で見守るしかなかった。
「あのなー、ステラー。俺は明日からこの国にないからなー。もうこれ以上問題を起こすなよー」
「大丈夫ですよ、ステラもこの国に居るのはあと数日です。ここからは僕がずっと見張っていますから」
「本当にお世話かけますー」
仲いいなぁ。
ふとステラは皿から顔を上げた。
「(そういえば、)」
アルローデン魔法学校での卒業式を思い出した。
『お元気そうで何よりです』
『エドガー先生もお変わりないようでー』
『ちょっとカルバン先生! 押さないでくださいよ!』
『お前ばっかりエドガー先生と喋ってずるいぞー!』
あれは久しぶりに会ったエドガーとの再会を懐かしんでいる時だった。
まるで二人の間に割って入るような強引な態度、そして嫉妬。
「(そうだ、なんで忘れていたんだ!)」
あの時気づいたじゃないか、カルバンはエドガーのことが好きだったのだと。
しかし待て。
「(ん? カルバン先生とイライザさんって付き合っていたんだよね……?)」
つまり?
カルバンはイライザは別れてしまって、今はエドガーが好き?
イライザとエドガーはライバル……⁉
「カルバン先生とエドガー師範とイライザさん! もしかして三角関係⁉」
「まだそのわけのわからん設定はお前の中で生きてんのかー⁉」
「ステラ、とりあえずその記憶を消すんだ。僕達は君の思っているような関係じゃないよ」
「違うんですか⁉」
「違うっつーのー!」
これ以上口を開かれると、あることないこと噂されてしまう。
そう判断したカルバンは、近くにあったパンをステラの口に突っ込むことでこの話題を強制終了させたのだった。
「むぐっ……!
そ、それでカルバン先生はもう帰るんですか? じゃあレオナルドと……フェリシス様? も帰国するんですか?」
「いやー、俺だけだー」
「ふうん、先生も忙しいんですね」
「そうなんだぞー。俺は売れっ子だからなー」
なんだ、その遠い目は。
ステラはこの目を知っている。
よく夜間のパトロールで見る、会社勤めの人達が仕事を終わらせて帰路に付く、社会戦士の目だ。
「……怒らないかー?」
「怒る余裕なんてないですよ! こんなにお腹減ってるのに……おかわり!」
「小生もおかわりだ!」
出された食事が机の上に滞在する時間は、瞬きの間。
積みあがってパーテーションのようになっていた食器が下げられ、久しぶりにウメボシの姿が見えた。
「お前、この国に来るちょっと前にアルローデン商社で強盗犯捕まえただろー?」
「あぁ、リタが人質に捕られた……」
「そーそー。その強盗犯を捕まえていたんだなぁー……。
逃げられてしまったらしいなー」
ステラの持っていたスプーンが、へし折れた。
******
「(ありえない。どんな管理してんの⁉)」
怒りで思わず足音が大きくなった。
こんなこと我が儘を言い倒して警察に閉じ込めておくべきだった。
美味しいところはいつも王国騎士団。けど、結果がこれではもう信用なんてできない。
国に帰り次第、絶対に自分の手で再度捕まえてやる。
それから早く双獣の戦士になったことを報告して、求人を増やして……。
やることは多い。
憤りを感じながら、ズカズカと廊下を歩いていると宮殿につながる中路に出た。
「向こうにパンでもないかな……」
あれだけ食べたと言うのに、まだまだ物足りない。
ウメボシはいつもこんなにお腹が空いていたのだろうか。なら今後の食事量を改めるべきか?
しかし双獣の誓いは相棒の個性を反映すると言っていたが、こんな所まで反映してもらっなくても結構だ。
夜にセレスタンの街へ行くことは固く禁じられているので、宮殿内でどうにかするしかない。
ステラはぺったんこになったお腹をさすりながら、ふらふら宮殿内を探索することにした。
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