55,双獣の戦士 5
「ゲパル、お前の負けじゃ」
「じい様……」
電気を帯びた尻尾の真横に、小さな人影が観覧席から降ってきた。
ステラは特に驚くこともなく、ゲパルから視線を外さない。
「お嬢ちゃん、勝敗は決まった。その尻尾を降ろしてやっておくれ」
「本当にこれで終わりですか? 三回勝負とかじゃないですよね?」
「誓ってこれで終わりじゃ。 この結婚の最終決定権はお嬢ちゃんに移った。儂が保証する、だから解放してやっとくれ」
帯びていた電気が弱まった。
前国王のガザンにそう言われては、仕方あるまい。
ステラは渋々その尻尾を降ろした。
「やっぱりお嬢ちゃんは凄いのー! まさか双獣の戦士じゃったとは! 流石の儂も気づかなんだぞ」
「ウメボシからも非常事態の時以外、この技は見せない方がいいと言い聞かされていました。 なのでに鬼ごっこや昨日の喧嘩で使うわけにはいかなかった」
「今回の人生が左右される戦いに使用したのは正しい判断じゃ」
尻尾から発生していた電気に、ふっと吐息を掛けた。 僅かに残っていた電気は収まり、美しい毛並みが蘇る。
この技、あまり多用するとこの尻尾だけ枝毛が発生しそうだ。
「これゲパル、しっかり立たんか」
「ヤ……色々ビックリしちまっテ……」
「全く! イライザから聞いたぞい、お嬢ちゃんを騙してこの場に引きずり出したんじゃってな」
「そうなんです、騙されたんです! だからしょっぴいていいですか?」
「それは勘弁しておくれ。セレスタンの大切な鉄砲玉じゃ」
ダメか。
ステラは不機嫌そうに耳をピクピクと動かした。
その仕草がまたウメボシに似ていること似ていること。
スン、と一つ鼻を動かした。
知っている匂いだ。ゲパルの向こうから走ってくる。
「ステラ! 大丈夫かい、怪我は⁉」
「師範!」
入場通路から走ってきたのは、エドガーだった。
「魂を掛けた決闘なんて……! ステラがゲパルと結婚するなんて、可笑しいと思った!」
「聞いてください! 私、この男に私ハメられたんですよ!」
「全部聞いてるよ」
「イテッ!」
エドガーの拳骨がゲパルの頭に落ちた。
状況が状況なので同情の余地は一切ない。むしろざまあみやがれ、である。
エドガーはステラに向き合うと、ふんわり笑って頭を撫でた。
リタがこの場にいないことを口惜しく思う。
「ウメボシを上手に取り込んでるね。沢山練習したのかな?」
「はい! 燈月草を探している時にウメボシが教えてくれたんです! けどこの術は私が、というよりウメボシの匙加減で……。なのでうまく融合できているのであれば、それはウメボシのおかげです!」
「うんうん、その魔法は相棒との絆が要だからね。
……ところで。 この技を習得した事はちゃんと国に報告しているよね?」
「いっ⁉」
急に指圧が頭にかかった。
何故一つの魔法を習得するのになぜ国報告が必要なのだろうか。
なんとかエドガーの指から逃れて、素直な回答を返す。
「とっ、特に国には何も報告していないですっ!」
「はぁ……」
「なんでそんなため息つくんですか!」
「ほ! お嬢ちゃん、お前さん案外悪いことする子じゃな」
「悪⁉ 私なんかやってます⁉」
正義を掲げる清く正しい警察官だというのに、それに反していたというのか。
これって警察不祥事? 懲戒免職? 引越し屋さんルートまっしぐら⁉
目の前がグルグルしてきたところで、頬っぺたをブニュッと掴まれた。
「知らなかったのならしょうがない、のかな。
双獣の戦士は極めて少ない。それはわかっているよね?」
「は、ひ」
「ゲパルもさっき言っていたけど、余程使い魔と魔力の相性が良くなければこの術は成立しない。
一度この力を手にすれば、常人からかけ離れた力を手にすることが出来る。
強大な力は争いを起こしやすい。
そこで各国が双獣の戦士を管理する必要があるんだ。習得したものはすぐに報告しなければならない。立派な国家戦力になるからね。
双獣の戦士は、有事の際にその力を捧げ国民のために刃降るんだ」
「国民のため……つまり婦警さん⁉」
「ん? うん……そうだね……?」
「お嬢ちゃん、ポジティブじゃのー」
「よく言われます!」
なんだなんだ、そういうことかそれなら早く申請するべきだった!
ステラは瞳を希望で煌めかせた。
「もしドルネアートの警察から双獣の戦士が出たって噂になれば! 世間から注目されますかね⁉」
「されると思うよ。町中の新聞記者がこぞって集まって、インタビュー会見だ。
ちゃんとカンペを用意しないとね」
「意外じゃのう、案外目立ちたがり屋なんじゃな」
「私じゃなくて」
さっきの不機嫌は何処へ行った、と問いたくなるほど清々しく眩しい笑顔だ。
ゲパルが思わず見惚れるのも仕方がなかった。
「もしこのタイミングで警察が目立てば、来年の新卒採用試験が盛り上がるかもしれないじゃないですか! そしたらきっと、沢山の人材が集まります! 王国騎士団だけじゃなくて、警察にも仕事が回ってくるようになると思うんです!」
幼気である。
観覧席のカルバンが指で目頭を押さえた。
「帰ったら絶対報告します!」
「そうしてね。ルカに言えば直ぐに登録してくれるよ」
「……」
「露骨に嫌そうな顔をするよね……」
立派な婦警さんになるためだ、我慢せねば。
それに今ならゲパルにしてやられた騙し討ちを許せるような気がしてきた。
視界の端でゲパルがよろめくのが見えた。
「ウッ……」
「ほら、早く魔法を解きなよ。じゃないと魔力を消耗しすぎて倒れるよ」
「はイ……」
「お嬢ちゃんもそろそろ解いた方がよさそうじゃの」「はーい」
今まで何回かこの術を試したことがあったが、今回は過去最高に上手く馴染んでいる気がする。
その証拠に疲労感は一切なく、なんならもう一回戦いけるだろう。
まぁ戦う相手がいないので、これにて終了だ。
シュゥゥ……と音を立て、辺りが霧に包まれる。
先に姿を現したのは、無事にタマと分離できたゲパルだった。
「俺としたことガ……力を使い過ぎちまったゼ」
「まだまだお前さんもコントロールが甘いのう。さっさと部屋に戻って休むんじゃな」
「はイ……」
ガザンに支えられながら、なんとか立ち上がる。
次に霧が晴れるのは、おのずとステラだ。
誰もがピンピンとした姿を想像していただろう。
だがその予想は、大きく裏切られた。
ゲパルのその視線の先には、白いドレスを纏ったステラが倒れていたのだ。
「どうしたんだ⁉」
「……ぅー…………ッ」
意識はあるようだが、エドガーの呼びかけにもまともに反応しない。
その横ではウメボシが口から舌を出して伸びていた。
「ステラッ‼」
誰よりも切羽詰まった声で、観客席から誰かが降ってきた。
レオナルドだ。
エドガーを押しのけると、ステラを抱え上げて顔にかかった髪を払う。
「しっかりしろ‼ 俺がわかるか⁉」
「レオ! そんなに揺すったら……!」
「…………ぉ…」
何か喋ろうとしている。 慌てて口を噤むと、小さく動く唇に耳を寄せた。
「……お、……。
……お腹すいたぁ…………」
あのエドガーが、ずっこけた。
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