54,双獣の戦士 4
「(や、やりすぎたかな……?)」
砂煙が舞う地上を、上空からステラは内心ハラハラしながら見下ろしていた。
罪悪感がくすぶる中、こんな罠にはめるような結婚なんて誰も幸せにならないと言い聞かせる自分がいる。
正論だ、絶対に。
観覧席から降ってくる驚嘆の色が前面に見える歓声が、モフモフの耳を貫く。
ステラは立ち尽くすイライザとニーナへ向かって頭を下げた。
「じゃあこれで私の勝ちですかね?」
「えっト……」
「っ! ステラ譲! まだです!」
視界の端で、何かが動いた。
「カルト・フロー‼ (氷華)」
ステラの指が動くのと同時に、ゲパルが呪文を唱えた。
太陽の強い光で反射して輝く〝それ〟は、一直線にステラへ向かって飛んでくる。
高回転を伴った、小さな華だ。
殺傷能力が上がっており、掠めれば簡単に皮膚が裂けるだろう。
両手の人差し指をクロスして、こちらも呪文を唱える。
「ウィリディ・パラ‼ (深緑の戒め)」
ブワッ……と、植物の蔓が指から出現した。
まるで漁業の網のように絡まった蔓は、襲いかかる氷の華を絡めとり、飲み込む。
「遠距離からもダメカ」
「ダメですよ。だから「じゃあもっと頑張らないとナ」聞いて下さい‼」
ステラも各方面から猪だの単純だの言われているが、こいつも大概である。
一方通行過ぎるやりとりに、脱力感すら感じる。
ゲパルも足元に、白い冷気が出現した。
「今度は何ですか……」
「あまり時間を掛けたくなイ。俺は明日も仕事だかラ、今日だけはちょっとでもあんたの側にいたイ」
「いやいやいやいや、こっちとらさっさと終わらして用事すませたいんですよ。何自分が勝つこと前提で話を進めているんですか」
暴走だ、暴走している。
もう一言二言文句を言ってやろうとしたところで気が付いた。
彼を取り巻く冷気が、濃くなってきている。
「この魔法は魔力を大量に使うから嫌だったんだガ、しょうがないよナ」
「そのまま魔力使い果たして倒れて下さい」
「一昔前に流行ったツンデレってやつカ? 俺的にはあんまりだと思っていたガ、あんたなら悪くなイ」
「(は、話が通じない……)」
若干引き気味になりつつある。
そんなステラにかまうこと無く、ゲパルは手に冷気をかき集めた。
「その裏返した愛情表現は後でたっぷり受け止めてやるヨ。
――――ランディ・ゼプルス(自己同像)」
急に寒くなった。
そう思ったのは、ほんの数秒だった。
ゲパルが呪文を唱えた後、闘技場が冷気に包まれる。
今度は一体何をするつもりかと尻尾を揺らし、次の瞬間には己の目を疑った。
「大きな氷……?」
――気を付けろ。
頭の中でウメボシの警告が響いた。
「タマと融合していル、魔力が増量している時じゃ無いと使えない技の一つダ。
あんたを手に入れるためなラ、喜んで披露しよウ」
やがて包まれていた冷気は薄れ、その氷は正体を露わにした。
普通の人間よりも五倍はある、大きな氷の人形。
それだけでない、その人形はゲパルの形を成していた。
「氷の自分……ですか」
「もう一人の俺ダ。力も分け与えていテ、戦力倍増ダ」
さてどうしたものか。
本人よりも大きく、しかも大剣もサイズが違うだけで造りも同じ。
折角ゲパル本人から距離が取れたというのに、意味が無くなってしまった。
ステラは眼に魔力を込めた。
「(……わぁ、刃に掠めただけで尻尾が凍っている……)」
最悪な未来が、頭を駆け巡った。
そして自分の身体の奥深くに潜むウメボシにブチ切れられている。
思わず尻尾を引っ込めた。
「どうしタ? 流石に怖くなったカ?」
「まさか! 寒くて身震いしただけです!」
「すまなイ、早く終わらせて暖かい火に当たろうナ」
「火なんて……」
天色の柔らかな眼差しが蘇った。
どうしても手に入れたい、優しい炎。
氷の大剣を構える人形を睨み付けていると、その向こうの観覧席が視界に入った。
「…………え」
思わず得物から視線を外し、その人物を二度見した。
そこにいたのは、つい先程連想した人物。
来ているはずが無いと思っていたレオナルドが、最前列で柵から身を乗り出していたのだ。
視力の良いステラには見えた。
彼が、自分の名前を呼んでいる。
「目を反らすなヨ‼」
氷の人形が大剣を振り上げた。
その向こうで、レオナルドがもう一回名前を叫んでいる。
ステラの拳に、炎が宿った。
「私は、」
ゲパルの嫁になるわけにいかない。
その向こうで、心配そうな顔でこちらを見つめるレオナルドがやけにはっきり見える。
「手に入れたい場所がある‼」
仕事も恋も、両方。
欲張り? なんとでも言ってくれ。
燃えさかる拳を握りしめると、ステラは人形の大剣を泳ぐように交わして額の上に浮かび上がった。
「グランメテオ・フレイム‼ (炎の拳)」
炎の鉄拳が、人形の額に入った。
「嘘だロッ⁉」
氷の割れるキャラキャラとした音が、木霊した。
人形に触れた手は凍ること無く、暖かな炎が守ってくれる。
パァンッ…………
太陽の光に氷が反射して、ステラを讃えるように輝く。
「そんナ……俺の技ガ……」
「言いましたよね」
「ガッ⁉」
強い衝撃が腹に入り、ゲパルは大きく後ろに吹っ飛んだ。
いててテ……と顔を上げると、ヒュッと息を飲んだ。
「私の人生は私が決める。結婚する人だって、私が自分で決めます」
喉元に突き付けられた尻尾は柔らかいが、電気を帯びていた。
勝利の女神は、ステラに微笑んだのだった。
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