53,双獣の戦士 3
「きゃーッ‼」
「なんなんだ⁉」
「お母さーん‼」
観覧席では、予期せぬ爆音に観客達がパニックに陥っていた。
ステラとゲパルの行く末を見守り、あわよくば双獣の戦士を一目拝めるだろうかという好奇心を持つ者も多いだろう。
まさか花嫁が爆風を起こすなど夢にも思うまい。
カルバンは持っていたポップコーンの紙カップを地面に置き、フェリシスを庇うように一歩前に出る。
「レオナルドー。非難の準備が必要かもしれないぞー」
「その必要はありませんよ」
多くの民衆がどよめく中、レオナルドだけは眉一つ動かさずステラから視線を外さなかった。
やがて霧は晴れ、その中から〝何か〟が姿を現した。
「やはりそうか……」
熱を孕んだ声だ。
その小さな熱を聞き漏らさなかったフェリシスは、小さく唇を噛み締める。
レオナルドは無意識のうちに、柵を握りしめた。
「ステラ嬢‼ 大丈夫ですか⁉」
「ステラさんが爆発しタ……⁉」
闘技場では審判を含め、イライザとニーナが霧の中を必死に見極めようとしていた。
なんせ肝心の花嫁が爆発したのだ。慌てるのは当然だ。
一方で花婿のゲパルは、駆け寄ることなくその霧の中を睨め付けている。
そのシャープな顎に、汗が伝った。
「まさかとは思うガ……」
ザ……
霧の中から足音が聞こえる。
一歩一歩、確かに大地を踏めしめる音だ。
やがてその正体は、姿を現す。
「まさかまさかダ。
あんたも俺と同じ双獣の戦士だったんだナ。
…………ステラ」
「私も、驚きましたよ」
現れたのは、ステラの姿だった
しかし、普段の姿とは随分様子が違う。
頭からは赤いふさふさとした耳が生え、僅かな音に反応してピクピク動いている。
口元には犬歯が見え隠れし、爪は鋭く尖っている。
何より一番目を引くのは、そのスリットの下から生えている巨大な赤い九本の尻尾だろう。
爆風のせいで結わえ上げられた髪が解け、長い髪が尻尾と共に残った風に吹かれる。
神秘的と讃えるか、人の領域を超えた技と恐れおののくか。
あまりにも現実からかけ離れた姿に、観覧席の野次馬達も黙るしかなかった。
「まさかこの技が公的なものだとは知りませんでした。
てっきりウメボシだけが使えるものかと……」
「よほど魔力の相性が良くないと成立しない魔法ダ。どちらかの魔力が強けれバ、そちらに自我を取り込まれかねなイ」
「なら私とウメボシは相性がよかったんですね」
「そういうことダ」
ステラはフワッと宙に浮くと、尻尾を椅子代わりに腰掛け、脚を組んだ。
この技は相棒の個性と取り込むという。どうやら普段のウメボシの態度のでかさまで反映されているようだ。
その妖艶な姿に、ゲパルは生唾を飲み込む。
「ますます欲しくなっタ。あんたはやっぱりいい女ダ」
「そりゃどうも」
「能力は? 九尾の姿は見たガ、あの狐が魔法を使っていた所は見ていなかっタ」
「この姿の能力は……」
頭にカンペのような文字が浮かんだ。
声に出してその字をなぞってみる。
「行く手を灯す炎魔法、大地を流れる水魔法、強固たる岩魔法、季節を運ぶ風魔法、命を芽吹く植物魔法、天空の矛の雷魔法、全てを惑わす幻影魔法、哀れみ深き医療魔法、支配と襲来の重力魔法。
どうだ畏敬の念を感じたか、三つ編み小僧……ヒッ……ウメボシが頭の中に居る……⁉」
怖いわ。
頭を左右に振るが、ウメボシの高笑いがグルグル回ってくる。
夢に出てきたらどうするつもりだ、このポンポコ狐!
「と、とにかく!
ウメボシは九つの属性の魔法が使えます! つまり今の私も九つの属性が使えて、ゲパルさんの氷魔法に有利な魔法を組み合わせて使うことだって出来ます」
「チートだナ」
「どうでしょう? 私自身が使い慣れていないので、意外と穴だらけかもしれませんよ?」
「謙遜するナ。
それでも俺はあんたを手に入れる。 絶対にナ‼」
ゲパルが大きく飛び後上がった。
タマの能力が付与された脚力は、人からかけ離れたジャンプ力だ。
あっという間に距離を詰め、浮かぶステラの目の前に現れる。
「オラァッ‼」
自分の体よりも大きな大剣を、ステラに向かって勢い良く振り下ろした。
本当に妻にしようとしているのだろうか。
微かな疑問を抱きつつ、ステラは人差し指を振った。
「この尻尾、ただ暖かいだけじゃないんです」
「グッ……‼」
鈍い音がして、ゲパルの大剣の勢いは尻尾に吸収された。
その艶やかな毛並みで刀身を受け流したのだ。
流石、普段から良い物を食べているウメボシの毛並みである。
「クソッ‼」
「ウメボシの尻尾は意外と万能なんですよ」
中指を親指に引っかけ、弾く。デコピンだ。
ただし、指の先はデコではないが。
ステラの指に合わせ、尻尾勢い良く伸びた。
「すいません。
私だって絶対に負けられないんです」
尾の先はゲパルの腹に食い込むと、躊躇無く地面へ彼を叩き落としたのだった。
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