51,双獣の戦士 1



 純白のドレスに身を包んだステラは、美しいと讃える以外どうしようもない。

 会場の多くの男が彼女に魅入り、また同性ですら息を飲む。


 少し残念な箇所があるとするならば、その能面のような動きの無い顔だろうか。

 加えて背後に控える鬼の形相のニーナとイライザ、そしてウメボシがステラの美しさを阻んでいる。


 きっとこの決闘が終わった後、彼女たちはゲパルに非を鳴らすだろう。


「ステラ、改めて礼を言ウ。この決闘を受けてくれてありがとウ!」


 だが今は、愛しき花嫁を持ちうる全てで歓迎する時だ。

 ステラに向かって、恍惚の表情で両腕を広げて見せた。


 祝福する人、感動する人、はたまた嫉妬する人。色んな感情の入り交じった声が闘技場に飛び交っている。


「私、昨日のアレがプロポーズだなんて知りませんでした」

「それはすまなイ。だがそうでもしないト、あんたは俺を受け入れてくれないだろウ」

「確信犯ですか」


 右手に持ったトンファーを一回転させ、ヒュンッ……と風を切る。


「ゲパルさん、これは一種の詐欺です」


 神妙な面持ちで、ステラはその彩られた唇を歪ませる。


「詐欺、カ。確かに騙し討ちだナ」

「ええ。本来の結婚詐欺は金銭問題の絡むことを総称して言いますので、今回の件はまた別の罪に問われるでしょう。

 しかし然るべき機関に行けば、取り合ってくれます」

「それはドルネアートでの話だろウ。ここはセレスタンだ。

 余所は余所、うちはうちって言う言葉を知っているカ

?」

「それは我が儘を言う子供を窘める母親の常套句です‼」


 お互い距離を縮めていく内に、ゲパルは違和感を感じ取った。


「俺が用意したネックレスはどうしタ?」

「あのでっかい石が付いていたやつですか? このチョーカー以外付ける気は無いので断りました」

「そレ、他の男から貰ったチョーカーじゃないだろうナ」

「だったらどうしますか?」

「この決闘が終わった後、没収ダ」


 なんという自分勝手な男だ。


 ステラは込み上がる怒りを抑えて、グッと顎を上にあげた。


「私は! 誰になんと言われようと! このチョーカーだけは絶対に外しません!」

「言っていられるのも今の内ダ。決闘が終わればあんたの人生は俺のもノ。愛する夫の願いなら聞き入れるべきと思うがナ」

「なんで勝手に私の人生を決めているんですか⁉

 私の人生は私が決める! 結婚する人だって、私が自分で決めます!」

「ふうン。そのチョーカーを貰った男カ」

「う、うるさいですっ! とにかく、こんなところで勝手に結婚なんて絶対お断りです!」


 どんなに高価な宝石だろうと、純度の高い金だろうと、このチョーカーの前では何の価値も無い。

 レオナルドがステラのためにとくれた、世界で一つだけの宝物。


 因みにこの会話は観覧席に居るレオナルドにもバッチリ聞こえていたりする。

 ゲパルに噛み付くのに必死でステラは、彼が気付いていないが、ほんのり頬を染めたレオナルドはステラから視線を外さない。


 自分が熱烈な公開告白をしていると気付かないステラは、再びトンファーを構えた。


「別にいいサ、心は後からゆっくり落としてやル。まずは身体からダ」

「言い方が変態臭いですよ」


 双方が睨み合い、見えないはずの火花が飛び散って見える。


 ゲパルの足元で尻尾を揺らしていたタマが、グルル……と喉を鳴らす。


「ゲパル様、もう初めても良いのハ」

「そうだナ。お前も久しぶりだかラ、早く戦いたいよナ」


 ゲパルが審判に目配せすると、王国騎士団の一人が空に向かって花火を打ち上げた。


「これより‼ ゲパル・シュナイダーとステラ・ウィンクの魂を賭けた決闘を開始する!

 双方前へ‼」


 淡々と勧められる展開ではあるが、ステラはゲパルの発言に違和感を感じて取り残されている。


「今からは私達の戦いじゃないんですか? タマが出てくる意味がわかりません」

「昨日言っただろウ。俺ハ、双獣の戦士ダ」


 そういえばそんなこと言っていた気がする。

 後で見せてやるとか何とか言っていたが、結局うやむやになった件の一つだ。

 その双獣の戦士とやらを、今から見せてくれるというのだろうか。


 持っていたトンファーを握りしめると、後ろから非難囂々の声が飛んできた。


「ゲパル‼ 大人げないぞ‼」

「そうダ‼ 只でさえ騙し討ちでステラさんを拐かしたというのニ‼」

「反省して小生に肉を捧げろ‼」

「(一匹違うのが混ざってる)」


 誰だ、どさくさに紛れて肉を要求したポンポコ狐は。


 どんな罵声を浴びせられようが、ゲパルは依然として自信に溢れた顔を崩さない。


「昨日も少し話したガ、双獣の戦士とは使い魔と特別な契約をした人間に与えられる称号。

 使い魔に認められその技を習得した者ハ、各国の長より正式な称号を貰イ、それ相応の地位や名誉が与えられル」

「使い魔に認められた技、ですか」


 チラリと後ろの毛玉を見た。




「この世で最も美しク、気高い魔法ダ。妻となるあんたに捧げよウ」





 刹那、ゲパルとタマの姿が見えなくなった。

 こんな良い天気にあり得ない、濃い霧が二人を包んだのだ。


 まるで耳元で囁かれたかのように、呪文が鼓膜を震わせる。





「ヴィスティア・リンク(獣の誓い)」




「っ⁉」



 ビュオッ……‼



 霧が暴風で吹き飛ばされ、ステラは両腕で己を庇った。



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