50,相見えるまで 4
「僕さ、ここ数日間ずっと血圧が高いんだよね」
「まだお若いのニ?」
「元凶の一人が随分とすっとぼけているね」
所変わってここは新郎控え室。
中に居るのは、白を基調とした服を纏ったゲパルと、エドガー。
王国騎士団の鎧と違い、少しカッチリしたジャケットには金と赤の刺繍で、永遠を意味するカンナリリーが小さく施されている。
腰には朱色の巻きドレープ。ゆったりとした股下にゆとりのあるパンツは、何時でも何処でも戦えるだろう。
腰穿きのようなゆったりとしたシルエットで、ステラが見たら「そっちがいい! 交換して下さい‼」と、叫ぶに違いない。
「大体、魂を賭けた決闘なんて古の儀式、よく思いついたね? 今時こんな古風な習わしをやろうなんて人、中々いないよ。僕ですら久しく聞いたっていうのに」
「何をおっしゃいますカ。相手はスピカ様の眼を持った女ですヨ。古来の慣わしに従って迎えた方がいいに決まっていまス」
「色が似ているだけだ」
「本当にそう思っていますカ?」
花嫁姿のステラ程ではないが、ゲパルの編み込まれた長い髪にも少し花が差し込まれている。
それも、お揃いの小さな白い花。
落ちないように再度調節していると、鏡越しにエドガーと目が合う。
「エドガー様はステラと昔から何度も手を合わせていますよネ? 似ているのは色だけでしたカ?」
「何が言いたい」
「あの女、おそらく未来が見えていまス」
エドガーの目が一瞬細められたのを、ゲパルは見逃さなかった。
だがそれもほんの一瞬。
すぐに元の表情で、髪型を調節するゲパルを見やる。
「何を根拠に言っているかわからないだ、本物のスピカの眼だと言いたいのかな?」
「だってそうでしょウ、初めて見たじい様との追いかけっこの時から可笑しいと思っていましタ。
昨日の中庭での戦いもじい様の攻撃の軌道が分かっていたみたいに避けていましたシ、クラーケンが海から這い上がってくるのモ、まるで何かを予知していたかのようでしタ」
「彼女はただ野生の勘が鋭いだけだよ」
「あれを野生の勘という括り終わらすにハ、あまりにも無理がありまス」
「だから未来が見えていると?
ゲパル、それは君の思い込みだよ」
「本当はエドガー様も気付いていたのでハ?」
「ゲパル。ステラの眼はスピカの眼じゃない」
まるでこの話を強制終了させるかのように、エドガーは煙管の煙を吐いた。
これ以上ステラの眼について追求すれば、恐らくこの部屋に閉じ込められるだろう。
大人しく、ここは身を引くという判断を取るべきだ。
引き際を見定めたゲパルは、鞘に収まった大剣を担いだ。
足元で寝ていた使い魔のタマが大きく一つ欠伸をする。
「大体お前は行動が急すぎる。ステラはこの戦いの意味を知らないに決まっているじゃないか」
「だからですヨ。知ってしまったら絶対に受け入れてもらえなイ。知る前に承諾を貰えバ、こっちのもんでス」
「今頃カンカンに怒っているよ。そうやって無理矢理事を進めても、心まで手に入らない」
「そこら辺は徐々に懐柔していけばいいんでス」
「単純そうに見えるけど、そんな簡単な子じゃないよ」
僅かな期間だったが、師として見てきたステラは猪のように真っ直ぐで純粋な少女。
だが会うたびに何処かが成長し、前の幼い面影が薄れている。
就職して社会に揉まれ、彼女の考え方もキャパの広さも変わってきているのだ。
「どうなることやら。こっちの問題もまだ片付いていないのに、強引だね」
「ホタルの件ですカ? 今日が終わったラ、ちゃん俺も捜査に加わりますヨ」
「言ったね」
自国の解決していない問題に頭を抱えているこのタイミングで、まさかの部下の結婚発言。
普通であれば、両手を上げ喜ぶところだが、タイミングの悪さと相手のチョイス。
そろそろストレスで眠れなくなるのではないだろうかと、エドガーは煙管をふかしながらぼんやり考える。
すると、突如扉が叩かれた。
タマが腰を上げ、扉に近付く。
「花嫁様の準備が整いました」
「じゃあ行きますかネ」
「ゲパル。言っておくけど、この戦いはフェアじゃない。
ステラの訴えによっては無効になる可能性だってあるんだからね」
「国王様にお願いすれば何とかなりますヨ」
闘技場に続く道を案内されながら、エドガーはまだゲパルを諫める言葉を続ける。
「そんなに俺がステラと結婚するのが嫌ですカ? じゃあ出会った時に唾付けておくべきでしたネ」
「僕が? ステラと?」
エドガーにしては珍しく素っ頓狂な声だ。
次に何がゲパルが言い出す前に、エドガーは首を横に振った。
「まさか。僕とステラは結婚できない」
「なんでですカ? 昨日じい様に認められていましたシ、すぐにとっ捕まえて側室にするっていう手もありましたヨ」
「あり得ない。だって……」
何かを言いかけたときだった。
慌ただしい足音が、二人に近付いてくる。
「エドガー様‼ ゲパル様‼」
「どうかしたのカ?」
「大変です! 国王様が今すぐにこの決闘を中止するようにと……!」
すぐそこの入り口では、割れんばかりの歓声が花嫁と花婿を祝福している。
ターバンと頭に巻いた使用人の横を、ゲパルは聞こえなかったかのように通り過ぎる。
「ゲパル、聞こえていたよね? 中止だって」
「そりゃ無理でス」
明るい出口。
花弁が舞い、今日という日を全員が祝福している。
「用意されたステージに上がってこソ、セレスタンの戦士。
それに見て下さいヨ」
エドガーがゲパルの背中から闘技場を覗き込んだ。
そして思わず息を飲む。
「あんないい女がトンファーを持って待っていル。ここで出て行かない男はいませんヨ」
ゲパルの熱い視線の先には、白いドレスに身を包んだ美しい女が、太陽の下で輝いていた。
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