49,相見えるまで 3



「ふふふ……。今日はとても良い天気ですわね。門出の日にぴったりですわ」


 賑わう即席の観覧席で、目映いプラチナブロンドの髪を緩く編み込んだフェリシスが、優雅に扇でその首元を扇いだ。

 頭上に豪奢な傘が差されており、金の華奢な飾りが風に揺れている。


 フェリシスの横にドッカリと座り、口を固く結んだ男はその言葉に反応しない。


 傘が少し揺れ、男の目元が露わになった。


 天色の瞳が鋭く光り、闘技場を睨み落としている。

 そんな彼を見て、フェリシスは面白そうにアイシャドウが乗った目を歪ませた。


「どうされましたの? 何か不満がありまして?

 レオ様」


 その軽やかな問いかけに、レオナルドは厳しい目を反らさず小さく口を開いた。


「……余計な事を……」

「余計な事だなんて。ただお似合いの二人だからと思ったからですわ。

 それにゲパル様はこの国でも有名なお方。わたくしが後押しをしなくとも、きっとこの結末に落ち着くでしょう」


 レオナルドは苛立ち気に脚を組み替えた。



「よー、お二人さんー」

「あら、カルバン副団長。ご機嫌よう」

「おはようございますっとー。間邪魔するぞー」


 何やら大きなカップを抱えたカルバンが、レオナルドの後ろに立っていた。

 彼は少しだけ空いた二人の間に割って入ると、レオナルドを左にスライドさせる。


「なーんでご機嫌斜めなんだー?」

「近いです」


 口元に白い食べカスを付け、レオナルドの横顔を覗き込む。

 カルバンは三つ程形の不揃いな小さい物をカップから取り出し、自分の口に放り込んだ。


「何食べているんですか」

「ポップコーンってお菓子だー。乾燥したトウモロコシの粒を大量の油で炒ると、こうやって弾けるんだぞー。お前も食ってみるかー?」

「まぁ、初めて知りましたわ」

「フェリシス様もお一つどうぞー」


 残念ながら、今のレオナルドに観光を楽しむ余裕は無い。


 また脚を組み替えて、頬杖を着いた。


「(ステラ……)」


 後ろの女性も、さっき通った男性とも僅かに色味が違う赤色。

 忘れたくても忘れられない赤色が、瞼の裏に焼き印のように刻み込まれていた。


 今日、今からここでそのステラとセレスタン国の王国騎士団隊長、ゲパルが魂を賭けた決闘を行う。


「軽い食感ですのね。ドルネアートには無い食べ物ですわ!」

「セレスタンではポピュラーなんですよー。もっとドルネアートにも広まって欲しいですよねー。

 自分は明日帰国するんでー、今のうちに食べとこうと思いましてー」

「そういえば新しい任務だとか? 今日までだなんて残念ですわ」

「本当ですよー。この後も出来るだけ屋台を回って食い倒れしてきますねー」


 元教え子の人生が掛かった戦いが始まろうとしているのに、何故この男は暢気にお菓子なんか食えるのだろうか。


 レオナルドは飛び出そうになった溜め息を飲み込んだ。


「(なんでこんなことになったんだ……)」


 つい今朝のことを思い出す。




 ******




 今日は日が昇ると同時に目が覚めた。

 簡単に身支度を済ませて宿泊している部屋から一歩出ると、なにやら宮殿が騒がしい。

 一人、女使用人を捕まえてみると、とんでもない回答が返ってきたのだ。


「随分と騒がしいが、どうかしたのか?」

「そ、それが……どうやらゲパル様が魂を賭けた決闘を申し込んだらしいのです!」

「ゲパルが?」


 昨日の素振りでは一切そんな様子は見受けられなかった。

 すると、とんでもない追加攻撃がレオナルドを襲った。


「相手はこの国の女性ではないようで、あのスピカ様の瞳を持った女性だとか!」


 頭を思いっ切り殴られた感覚だ。

 一瞬目の前の女性が何を言っているか理解出来ず、何度も頭の中で言葉がリフレインする。


「スピカ様の眼を持つ旅客……? それは本当なのか?」

「は、はい……。今女性の方も準備に取りかかっている頃でしょう」

「ゲパルは何処だ⁉ エドガーは……いや、国王にこのことを話したか⁉」

「ヒィッ⁉」


 猛獣のような剣幕に、女使用人は顔を青く染める。


「も、申し訳ありません……私めでは把握しておたず……」

「そ、そうか……すまない」


 怯えた顔を見て、ハッと我に返った。

 今すべきことは、目の前の彼女を責めることでは無い。


「レオ様、おはようございます」

「……フェリシスか」


 一糸の乱れも許さないプラチナブロンドの髪が、朝陽を受けて眩しい。

 思わず目を細めたレオナルドを、フェリシスは穏やかな眼差しで見つめる。


「どうかなさいました? あまり顔色が優れないようですわ」

「何でも無い。国王に用がある」

「国王様なら朝からお客様がいらっしゃるとお聞きしておりますわ」

「こんな早朝に?」

「ええ、なんでも遠い国からの客人だとか」


 女使用人はいつの間にか居なくなっていた。


 動揺を隠しきれないレオナルドに、フェリシスはヒールの音を響かせて歩み寄る。


「部屋で少しゆっくりされてはいかがでしょうか? やはり体調がよろしくないのでは?」

「かまうな」

「そういうわけには参りません。聞きましたでしょう? あと少しでゲパル様とステラさんの決闘が始まりますわ。

 我が国の者がセレスタン国の王国騎士団と結婚、となれば国と国を結ぶ有益なこと。なんと喜ばしいことでしょう!」

「まさか……この騒ぎはお前が……⁉」

「あら、人聞きの悪いことを仰らないでくださいな。わたくしはただ国を想ってのこと。

 一刻でも早くこの吉報を双国に伝え、より一層絆を深めればと思った次第ですわ」


 あと少しでフェリシスの指が固い身体に触れようとしたが、それは許さなかった。


 フェリシスから身を引いたレオナルドは、怒気を孕んだ声でその精巧な造りの顔を詰る。


「誰がここまでの騒ぎを望んだ? それにステラが魂の決闘の意味を把握しているとは考えにくい。これは不当な結婚だ、セレスタン王も許さない!」

「一国民の婚姻に国王の許可が必要とでも?」


 セレスタン王、つまりヒルおじさん。

 彼はステラを出来る限りセレスタンから遠ざけ、慈しみ育んだ。

 特産物も観光名所も何も教えず、ただ興味のある魔法や自然について彼女が満足するまで知識を与え続けた。


 結果、田舎山猿怪力娘が出来上がってしまったわけだが、結果的にヒルおじさん達が望むようにセレスタンと関わり無くここまで生きてきた。


 そんな彼女が、魂の決闘などと言う古い仕来りを知るはずが無い。


「ゲパルは王国騎士団の隊長。伴侶となる女性はそれなりの地位がなければいけないだろう」

「彼は地方の部族出身。それにステラさんは強い女性ですもの。

 この国の独特の感性である強さと美しさが比例して、彼の目に止まったのですわ」


 今度こそフェリシスの腕は、逞しい腕を絡め取った。

 ほんの僅かに、レオナルドは顔を歪める。


「フェリシス、何度も言ったが俺達は婚約者じゃ無い」


 そんな現実を音にして尚、フェリシスはたおやかな笑みを崩さぬままレオナルドの側に寄り添った。




 ******




 そして今に至る。


「おー。もうすぐ入場だってよー」

「…………」

「おーい、レオナルドー」


 まともに口を開こうとしないレオナルドの首を、カルバンは半ば強引に引き寄せた。


「そんな仏頂面下げて座ってるんならー、朝一で割って入ったらよかっただろー?」

「戦いに水を差すようなことをすれば、俺の頭がかち割られますよ」

「違いねェなー!」


 分かっているなら黙っていろ。


 レオナルドはカルバンを一瞥すると、再び闘技場を睨み下ろす。


「ステラが負けたら結婚かー。まさか先を越されるとはなー」

「そんなことさせませんよ」

「なんてー?」


 フェリシスに聞こえぬよう、声のトーンを下げた。


「万が一ステラが負けようものなら、そのままあいつを連れて国外に駆け落ちします」

「(俺の教え子ってなんでこんなぶっ飛んだ奴らばっかなんかなー……)」


 突如、会場が歓声に溢れた。

  


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