43.突き刺さる視線



「疲れた……」

「俺としてハ、まだまだ語りきれなかったんだがナ」

「ゲパルさん、王国騎士団の隊長さんじゃなくて、学芸員さんに転職したほうがいいんじゃないですか?」

「言っておくけどナ、セレスタンの人間だったら普通ダ。

 例えばここにいるのが俺じゃなくてイライザだったとしてモ、同じくらいの熱量で語られていたゾ」

「敬愛っぷりが半端ないっす」


 博物館の外にあるベンチにもたれかかり、ステラは足をぶらつかせる。

 まぁ、スピカのことを語らせると長い長い。

 ゲパルと学芸員の熱に当てられて、後半の記憶が曖昧だ。


 そうこう言っている内に、そろそろ夕方になってくる。

 ステラの頭の上を、鳥海が群れをなして飛んでいった。


「ねぇ、あの方……」

「ゲパル様よ!」

「ちょっとお声をかけてもいいかしら」

「でも女の人と一緒にいるわ」


 何やら色めきたった声がチラホラ聞こえる。


「本当にゲパルさんは女の人から人気ですね」

「仕方がないだロ。強くていい男が取り合いになるのは世の定めダ」

「自分で言っちゃうんですよね、そういうこと」


 遠巻きでベンチを眺める女性陣に向かって、ゲパルは手を振った。

 サービス精神が高いのはいいことである。


 ステラは興味なさげに、目の前の海を眺める。


「(この眼について、何にもわからなかったなぁ……)」


 置いてあったのは、スピカが愛用していた小物だけ。

 宮殿の方にもっと保管されているというが、ガザンに認められたという肩書があれば見せて貰えるだろうか。


 思わずため息が溢れた。


「あのう、ゲパル様……」

「ン? どうかしたカ?」


 ステラより少し年下だろうか。

 薄い桃色の髪をゆるく二つに結んだうら若き乙女が、ベンチの横までやって来た。


 頬がほんのり赤く染まっているのは、化粧だろう。少なくともステラより化粧の腕は上だ。


「そちらの方は……その……お付き合いされている方ですか?」

「やっぱそう見えル?」


 はて。誰と付き合っているというのか。


 その場にいるのは、ステラとゲパルと乙女の三人。


 ポクポクポク……チーン!


「もしかして幽霊が見える系⁉」

「どう考えても俺とあんただろウ。というかだナ、俺は幽体と付き合う趣味はないゾ……おイ、何処へ行くんダ」

「あ、私ちょっと幽霊とかそういうのあんまり……」

「意外と可愛いところあるじゃないカ。

 幽霊なんてここに居ないかラ、戻ってこいヨ」


 そう、ステラの幽霊嫌いはまだ治っていなかった。


 手招きされてベンチに戻るも、少女を見る目は怪しさを含んでいる。


「お付き合い、されていないんですか?」

「あア。…………今はナ」

「え? 何か仰いましたか?」

「いいヤ。で、どうしタ?」

「その……今少しお時間いただいてもよろしいでしょうか……」

「いいゼ。

 ステラ、ちょっと待っていてくレ」

「ちょっとですよー」


 広場に立っている時計を見上げ、ステラは再びベンチに腰を掛けた。


 ゲパルが席を外している内に、今後の事を考えねば。


「(さて……次は何処へ行こうかな……)」


 そうこう言っている間に、帰国する日が近付いている。

 せめて何かしらヒントを持ち帰らなければ、次回のクロノス・カーニバルに間に合わない。


 少しだけ……と、目を閉じて背もたれに背中を預ける。


「(……なんでお姫様が持っていた眼が私にもあるんだろう)」


 そもそもだ。

 何度か同じ事を考えたが、結局結論は〝わからないから飯食って寝よう〟に着地する。


 眼を開け、セレスタンの空を見上げる。


「やっぱるお父さんを探すしかないかなぁ……」


 最終手段だ。


 ラナから父親について教えて貰えるのは、成人した後。

 じゃあヒルおじさんは?


「(そうじゃん、ヒルおじさんに聞けば……‼)」


 幼い頃、ステラの実の父親を〝クソ野郎〟と称した。

 その口ぶりは、まるで知人のようだった。


 それかハイジ先生はどうだろう? 母の従姉妹ならば、父親の行方を知っているのでは?


 そうだ、そうしよう。

 二人のどちらかに父親の行方を教えて貰おう。


 そしてその父親の家系を調べて、スピカ様とやらの共通点を調べ上げて……もうそれしかない!


「我ながら名案!」


 ステラは勢い良く立ち上がった。


 早速手紙を書かなければ! と、目を輝かせたところで、ゲパルが戻ってきた。


「急にどうしタ」

「ちょっとやりたいことが出来たんです‼

 そっちは終わりましたか?」

「あア、いつものダ」

「いつものとは」

「付き合ってくれっていう熱い告白ダ」


 あ、そういう……。


 ステラの勢いが、ちょこっと萎んだ。


「本当におモテになられて……凄いですね」

「マ、肩書きもあるからナ」

「若くして隊長の座まで上り詰めたから、皆憧れるんですかね」

「ン?

 ……ア、そうカ、あんたは知らないのカ」

「知らないことだらけですいません」


 この国の情報を全て知るまで、何年かかることやら。


「俺は王国騎士団の隊長以外にも肩書きを持っていル。

 双獣の戦士って聞いたことないカ?」

「初耳です。セレスタン特有の称号ですか?」

「ドルネアートにも数人いるゾ。

 双獣の戦士というのはだナ、使い魔と特別な契約をした人間に与えられる称号ダ。

 使い魔に認められ、その力を手にした者のみ讃えられル」

「ただの世間知らず……」


 自分の無知がちょっぴり恥ずかしかった。

 そんな様子のステラの頭をゲパルは軽く叩く。


 玉砕した少女を慰める集団から、悔しさの混じった悲鳴が上がる。


「宮殿に戻ったラ、双獣の戦士と言われる理由を見せてやるヨ」

「楽しみにしています。



 …………その前に、ちょっと気になることが」

「ン?」


 ゲパルの肩を少し横にスライドさせる。

 その先にいるのは、羨望の眼差しを送る少女達。


 しかしステラが睨むのは、また別の場所だ。


「さっきからずっと尾けてるみたいだけど‼ 誰⁉」


 ゲパルと街に出た辺りから、ずっと違和感は感じていたのだ。

 最初は一緒にいる男前のファンかと思っていたが、ずっと同じ視線を感じている、気がする。


 放って置くべきかと思ったが、どうも可笑しい。

 というか、放置しておいて殺傷沙汰にゲパルが巻き込まれたら、寝覚めが悪い。


 ポリス・スピリッツに火が付いたステラは、声を張り上げる。


「観念して出てきなさい! そこに居るのはわかっている‼」


 そう、そこの木の陰に。


 ステラが睨み、威嚇する後ろでゲパルが口笛を吹いた。


「さっすガ。よく気付いたナ」


 そしてゆっくり姿を現したのは……。


「え、あれ……?」

「…………」



 ピンクの髪を揺らした、ニーナだった。

 

   

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