44,はじめての共同作業 1



 何故ここにニーナが?


 状況が飲み込めず、ステラは厳しかった声を、慌てて緩める。


「どうしたんですか? 師範の護衛はいいんですか?」

「…………」

「あ、あのぉ~……」


 何か言ってくれ。


 無言で歩み寄るニーナに、ステラは不安と戸惑いの感情が交互に押し寄せてくる。

 ゲパルはクツクツと笑い、ステラの肩に腕を乗せた。


「なんだヨ、言いたいことがあるんならさっさと言えっテ」

「…………」

「まさか……」


 ステラの顔が青ざめた。


 どうやらニーナは怒っているようだ。心辺り……だらけだ。

 地面を叩き割った挙げ句、謝りもしないで失踪。その上博物館で観光していた。


 そりゃあ怒る。そしてエドガーにチクられる。

 何時間のお説教だろう、そしてカルバンにケチョンケチョンにされるのだ。


 ステラの心が決まった。


「ゲパルさん」

「ン? どしタ?」

「帰りましょう」

「そんな急いで帰らなくたって大丈夫だっテ」

「ダメです‼ 今すぐ帰って謝り倒しましょう‼」


 ニーナの怒りが伝わっていないのか? 鈍感ちゃんか?


 帰る帰らん謝る謝らんでいいそこは謝まっとけ。


 そんなやり取りを繰り広げていると、ステラは気付いた。

 ニーナの肩が、震えている。


 あ、これはまずい。


「ほら‼ 謝りましょう‼」

「チェッ……」

「………………ませン」

「え?」


 なんだって?

 聞き返す前に、ニーナがギッ! とステラを睨み付けた。


 至近距離であからさまな敵意を向けられると思っていなかった。

 不意打ちに思わずたじろぐ。


「あの「私ハ‼ あなたのことを認めませン‼」」


 ニーナの怒号が、ステラとゲパルの耳朶を打った。


「み、認めない……?」

「落ち着けっテ」

「十分落ち着いていル!」


 人はそれを興奮しているというのだが、今ニーナに余計な事を言うと噛み付かれそうだ。

 因みにステラは、ショックで固まっている。


 そんなステラに対して、ニーナは容赦なく言葉を続ける。


「ガザン様から認められたト、騎士や使用人達が噂しているのは聞きましタ。実力は十分と言うことでしょウ。

 ですガ! あなたはこの国について知らないことが多すぎル‼」


 至極尤もである。

 ステラは米神に汗を垂らし、ゆっくり同意の頷きを返す。


「この国の歴史、立ち振る舞イ、教養! どれもがそこら辺の子供より足りていませン! そんなことでハ、エドガー様の護衛としてとてもじゃありませんガ、祝福できないでス!」

「祝福……はぁ……」

「おイ、お前一人で突っ走ってんゾ」


 そこなのだ。

 ニーナがずっと一人で喋って、ステラ達は聞いているだけ。


 怒られる立場であるが故、何も突っ込むことができないのだが、ニーナの話の要点がいまいち掴めないのだ。


 祝福って何?

 あとサラリとディスられてない?


 そんな様子の二人を置き去りにしたまま、ニーナは大きく息を吸った。


「とにかク! 自分の置かれた現状を理解してくださイ!




 あなたハ、エドガー様と絶対に結婚出来ませン‼」




 その場にいる誰もが呆気に取られた。


 いや、撤回しよう。

 ゲパルだけは笑っている。


「あの、ニーナさん?」

「大体! 学生時代からちょっト目をかけられていたからっテ勘違いされたら困るんですヨ!」

「ニーナさーん……」

「エドガー様もエドガー様でス! いくらスピカ様と同じ色合いの眼だからって、特別扱いしテ!」

「すいませーん……」

「燈月草探しだかなんだか知りませんけド、エドガー様が私の目を潜ってドルネアートに行ったのは善意でス‼ 師としての責任感でス‼」

「えっとぉ……」

「いいですカ! もし本当にエドガー様と結婚したいのなラ「ニーナさん!」」


 握り拳を作り、熱く語るニーナの手首を掴んだ。

 彼女が何を勘違いていたのか、はっきりとわかったのだ。


「な、なんですカ! ここで私ともやりあいますカ⁉」

「あなたは大きな勘違いをしています!」

「そうだゾー」


 折角掴んだ手首も、秒で振り払われてしまった。

 しかし、ステラとてここは譲るわけにいかない。


「私は、エドガー師範と結婚なんてしません!」

「そうでしょウ! やはリ…………エ?」

「だから! 私は! エドガー師範と! 結婚なんて‼ しません‼」


 これでどうだ。


 今度はステラが真正面から言葉をぶつけてやった。


 効果は抜群のようだ、今度はニーナが固まって動かない。


「確かに師範のことは好きですけど、それは敬愛というか……烏滸がましいですけど、兄? みたいな感じの好きです」

「嘘ダ……! だって学生時代も他の生徒から隠れて二人っきりでトンファーの訓練をしていたト!

 そ、それニ卒業式の時だっテ、あんなに嬉しそうに頭を撫でられていテ……!」

「師と仰ぐ人に褒められたら、誰だって嬉しいでしょう!」

「お前、ほんと昔からこういう話になるト、人の話聞かないよナ」


 やれやれと言わんばかりに、ゲパルは額を押さえた。

 その他人事かのようなふるまいに、少々腹立つ。他人事がだが。


「だっテ、エドガー様に悪い虫がついたらと思うト……!」

「お前はいつもエドガー様エドガー様……。そろそろ耳にたこが出来そうダ」

「当たり前だろウ‼ 敬愛する君主だゾ‼」

「の割にハ、故郷からいた頃からずっと同じ事を言ってるけどナ」

「お二人とも同じ故郷なんですか」


 あら、初耳。

 意外な情報に喰らい付いてしまうのも仕方が無い。


 ニーナは不満そうに唇を尖らせた。


「ゲパルとは腐れ縁でス」

「幼い頃二人でこっちに上京したんダ。田舎じゃ稼げないからナ」

「それで訛りが二人とも一緒なんですねー……じゃなくて!」


 これで終わらせてたまるものか。

 二人の出生がわかったところで、エドガーの側室狙い疑惑が払拭されるはず無い。


 もうもう少し濃厚な否定説をニーナに叩きつけてやろうとした時だった。


 瞳が熱を持ったのだ。


「大体エドガー様が誰かを娶りたいなんて話、出たことあるカ? 憶測で動くなヨ」

「けれどモ、そういう話が上がってもいい年ダ!」

「決めるのはお前じゃなくてエドガー様だロ」

「決める権利は無くとモ、見定める義務はあル‼」

「ダメだこリャ……おイ、ステラ?」


 ゲパルがニーナを窘めているが、ステラは別にやることが発生してしまったようだ。


 言い争う二人から離れると、近くの外灯に蹴りを入れてへし折る。


「何をしていル⁉」

「エドガー様に叱られますヨ‼」


 端から見れば、ただの奇行である。が、当の本人は至って真剣だ。


「頭を下げてください‼」

「チョッ……‼」


 流石は王国騎士団隊長。

 ステラの急な要求に、そのずば抜けた動体視力で対応する。


 ゲパルはニーナの頭を抱えると、地面に転がった。


 その直後。ステラは外灯を大きく横にスイング。当たっていたら、頭蓋骨が砕けていただろう。




 ほぼ同じタイミングだった。




 ザパァ……ッ‼




「なんダ⁉」

「チッ……!」


 行儀の良いと言えない舌打ち。ステラは苦々しげに止められた外灯を手から離した。

 残念なことに、渾身のフルスイングは海から這い上がってきた〝何か〟に受け止められたのだ。


 その正体は、触手。ステラが視た未来には、白いグニョグニョした怪物が映っていた。

 見たことの無い、海洋生物。


 その全貌が明らかになり、ニーナは目を見開く。


「クラーケン……‼」


 ステラ達よりも何倍も大きなイカが、受け止めた外灯を海に投げ捨てた。


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