42,解読不可の手紙
長い長い廊下を歩いていく。
飾られたショーケースには、海の物が延々と飾られている。
とある貴族が使っていたと言われる、豪華な珊瑚の髪飾り。
実用品とは程遠い、宝飾まみれのモリ。
海の底から上げられた海賊の宝石箱……。
全てラナと見て一通り騒いだ後だ。
だが何度見ても、美しいものは美しい。
子供のように目を輝かせてショーケースを覗く母の横顔を思い出し、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「何か面白いものでも見つけたカ?」
「い、いいえっ! それで何処に向かっているんですか?」
「ン? もーちょい先ダ」
思い出し笑いして変な奴と思われては困る。
口元を引き締め、案内してくれる博物館の学芸員と逸れないように距離を縮めた。
博物館の奥の奥の更にその奥。
入口から随分歩いた先に辿り着いたのは、大きな白い扉だった。
「ここでございます」
「久しぶりに来たナ」
「なんですか、ここは」
「もうちょっとでわかル。そっちは邪魔になるかラ、こっちへ来イ」
「わっとっと……」
ゲパルに腕を引かれ、ちょっとよろめく。
恨めしげに睨み上げるも、流される始末。
気を取り直し、その厳つい扉を見上げた。
えらく厳重だ。
学芸員がポケットから鍵を取り出すと、差し込むべき穴に差し込む。
「解錠するのにも時間かかるもんナ」
「ははは……仕方ありません、大切な部屋ですので」
幾重にも施錠された鍵の上に、複雑な封印魔法がかかっているようだ。
それほど重要なものが、この部屋にあるのか。
仕上げと言わんばかりの解錠呪文を詠唱する学芸員の後ろで、ステラは来た道を振り返っていた。
「(こんなところまで続いていたんだ)」
三人で通ってきた道は、確かラナと来た時は通行止めになっていたと記憶している。
これが、ゲパルと一緒じゃないと入れない場所なのか?
ガチャン……
「開きました」
「ありがとナ。ステラ、もういいゾー」
「はーい」
やっとか。
待ち受けるゲパルの横を通って開かれた扉を潜る。
そこは、なんの変哲もない部屋だった。
「(……でも、なんだろう)」
この空気が懐かしくも思える。
壁に飾られた手書きの手紙や、小物がショーケースの中に飾られている。
博物館というより、誰かの私物置き場とも見えるが。
ステラは自分より頭一個大きなゲパルを見上げた。
「ここに展示されているのは?」
「ここは生前、スピカ様が使用していた物ダ」
「………………え」
今、なんかとんでもないことが聞こえた気がするんだが。
固まるステラを他所に、学芸員はうっとりと小物を眺め、ゲパルは誇らしげに胸を張る。
ステラが聞いた話では、スピカが生きていたのは何百年も前だそうじゃないか。
その私物が、まだ残っている?
宝飾品ならまだあり得るが、こんな手紙まで?
「う、うそだ……」
「嘘ではありません。スピカ様がこの世から去られた日、残された物全てに保護魔法をかけたのです」
「保護魔法だけでこんな状態が保てるんですか⁉」
「年に一度、毎年欠かすことなく歴代の国王様が直々に保護魔法をかけてくださっています。
純度の高い魔力でかけられた保護魔法は、それだけ効力も大きい」
「年に一回の保護魔法……結構な頻度のメンテナンスですね」
余談だが、保護魔法を使うのは大量の魔力を消費する。
ステラも使うことは出来るが、あまり好んで使う事は無い。
だがこの部屋全体には、それだけの価値があるのだ。
興味深げに、部屋の中を歩きまわる。
「ナ? 吃驚しただロ?」
「めちゃんこ吃驚しました」
こればかりは素直に認めざるを得ない。
「スピカ様の私物が保管されていると、知っているのも一部の人間だけダ。
俺も酒が入ったじい様から聞いて知っタ。入場許可もその時貰ったんだガ、俺以外にも何人か入れるゾ」
「それでゲパルさんが一緒じゃないと入れなかったんですね。
けどいいんですか? 関係無い私にこんなところ教えて……」
「関係無イ? それは違うだロ、ステラはじい様に認められタ。誰だってあんたなら入れるべきだと言うに決まっていル」
いいんだろうか。まぁステラとしても、入れてもらえるのなら情報収集に有利になる。
ふと壁にかかっている、手紙らしきものを見上げた。
昔の文字だろうか? 子供が書いた落書きのような……。
「あれって滅んだ文字ですか?」
「それが不明なのです。我々も長年研究をしておりますが、あの文字がどこの国で使われ、いつの時代に発展していったのか不明なのです」
「じゃあ解読は出来ていないんですね」
「残念ながら……。スピカ様が書いたと言う説が濃厚ですが、誰に向けて書いた手紙なのか分かりません」
「ふーん」
暗号みたいな形の文字が並べられている。
というか、これが手紙なら公表していいのだろうか?
これがもしもその時使われていた文字で、現代の人に解読されていたらプライバシーの侵害では?
内容が誰かに当てたラブレターなら、スピカは天国で赤っ恥だろう。少なくともステラがスピカの立場なら、この部屋を破壊しに魂だけでも舞い戻ってくるだろう。
「外にもスピカ様の私物は残っているガ、殆ど宮殿だナ。入るには国王の許可がいル。
今日はこっちの方が手っ取り早いかと思っテ、連れてきたんダ」
「ありがとうございます。
なんとなくスピカ様の雰囲気がわかったような気がせんでもないような」
「どっちダ、そレ。
……ア、これはスピカ様が使っていた櫛ダ。一級品のサンゴから加工されていテ……」
あんたは学芸員かと言いたいほど詳しい。
ゲパルの説明を聞くふりしながら、ショーウインドーの視線をスライドさせていく。
ハンカチ、指輪、ペン……。
観光客なら喜んで観察するだろうが、生憎ステラの目的は違う。
視力検査とかそういうの記録ないかな。
「スピカ様の髪は綺麗なストレートデ……って聞いているカ?」
「聞いてます聞いてます!」
「ははン……もしかしテ」
「な、なんですか」
げ。よそ事考えているのがバレた。
村に居た頃も授業中によそ事を考えていたら、ハイジ先生に怒られたなぁ。
そんなにわかりやすいのかと、自分で自分が心配になる。
「スピカ様の鈴を探してるのカ?」
「…………なんですって?」
予想外の単語に、リアクションが遅れる。
眼と全く関係ない、ステラが求めているものとは全く別だ。
条件反射で首を傾げると、ゲパルも首を傾げた。鏡か。
「違ったカ? クロノスの木の絵本に出てくる、あの厄災を払った鈴ダ」
「あぁ、あの鈴!」
確か王様が持っていた剣は、レオナルドの実家にあるとか言っていた。
あの時、鈴は行方不明になったと言っていたが、なんだ。この国にあるのか。
「多いんだよナァ、〝スピカ様の鈴はあるのか?〟って聞いてくる奴!」
「絵本に出てくる伝説のものですからね。一目見たい気持ちは、よぉくわかります」
学芸員とゲパルが一緒になって、腕を組み頭を上下に振る。
なんだろう、このオタクが一体となってにわかにマウントを取るような感じ。
「噂では、宮殿の中にあるという話ですがね」
「俺も見せてもらったことなイ。じい様や国王に聞いても、いつもはぐらかされるシ」
「じゃあ見たことがあるかもしれないのは……」
「前国王、現国王、エドガー様……王族の方々でしょうね」
「師範にお願いしたらちょこっとだけでも見せて貰えませんかね?」
「エドガー様が一番難関だロ」
「初対面の国王様より、師範の方が頼みやすいに決まっているじゃないですか」
眼と関係あるかどうかはさておき、少々興味はある。
そこにあるものは、結局ステラが知りたい眼について何も触れておらず。
只管ゲパルと学芸員からスピカがどれほど偉大か、たっぷり聞かされるのだった。
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