39,栄光はいらない
「ほイッ。到着ダ」
「む、無謀すぎる……」
折角良くなったステラの顔色が、再び悪くなった。
ゲパルの肩からずり落ちるようにして、地面の足の裏を付ける。
膝は笑っており、よろけてしまうのは仕方が無い。
「何を驚いているんダ? あんたも散々高いところをガサン様と飛び回っていただろウ」
「あれはちゃんと重力を魔法でコントロールしていたから!
例え着地を失敗したとしても大丈夫なように、ちゃんと調節しているんです‼」
重力使いとして当然である。
どんなに運動神経が良かろうと、魔法を使わず壁を伝って移動するなんて危険極まりない。
それを、こんな大人二人分の体重を、直に膝へ負荷掛けるだなんて!
「もしかして普段からこんなことしているんですか? いつか間接を壊しますよ⁉」
「そんな柔な造りしてねェヨ」
「そういう油断から怪我はやって来るんですからね!
大体関節は一度壊したら中々元に戻らないんですよ! もっと自分の身体を……な、なんですか」
若干お説教臭くなってしまったが、婦警さんとしての性だ。
ゲパルに怪我の恐ろしさを延々と述べていると、黙りこくった鋭い眼光が自分を捕らえているのに気が付いた。
喧嘩売られているのか?
「あんタ……。国王とエドガー様を掛け合わせたような奴だナ」
「そう言って誤魔化そうとしてます? ダメですよ、惑わされませんから‼」
「別に誤魔化すつもりは無いけどサ。
やけに元気で真面目なとコ? お二人の良いところを掛け合わせたような性格ダ、と思ってだけダ」
「……婦警さんにぴったりな性格?」
「おウ。そうだナ」
ステラのご機嫌バロメーターが急上昇した。
「そ、そうですか? まぁそう言われればそんな気もしないですけど?」
「同じ国の人間として嬉しいゼ」
「あ、それなんですけど」
ニヨニヨしていた顔が、キュッと引き締まった。
即座に掌をゲパルに見せ、声を遮る。
「私、ドルネアートの人間なんで」
「その髪の色デ?」
まるで探るように、ゲパルは片眉を上げてステラを見下ろす。
「全てレオナルドが代弁してくれた通りです。
生まれも育ちもドルネアート。母の血に従って、あの地で育ちました。
この好戦的な性格も、婦警さんという夢を掲げたからこそ成形されたんだと思います」
「そうは言うガ、じい様と戦う姿は誰がどう見てもセレスタンの女だゾ」
決定的な言葉に、ステラはニッコリ笑って答えた。
「ガザン様にも申し上げました通り、私の父親代わりの人がセレスタン出身の人間です。
私にセレスタンの女としての面影があるというのなら、その人が私に教えてくれた仕草や負けん気の強さが反映しているんでしょう。
その人の教えが私の中に刻まれている証拠として、ありがたく受け取ります」
セレスタン側の人間だろうと言われて、悪い気はしない。
なんなら心が温かくなってくらいだ。
今夜にでもこの事をヒルおじさんに報告しようか。もちろん、宮殿内の土地を叩き割ったということは伏せておく。
「ふーン……。ま、あんたがそう言うならそうなんだろうナ。
けどじい様から認められたんダ、折角なんだから母親も連れてセレスタンに移住すればいいのニ」
「認められた? そうでしたっけ?」
「ほラ、ガチンコやっていた時ダ」
「あぁ、そういえば……」
やけに褒められたなとは思っていたが。
「ガザン様直々に私の強さを認められたのは嬉しかったですが、それがなんで移住に繋がるんですか? それだけでなにか良いことがあるんですか?」
「そういヤ、あんたには話していなかったナ」
ゲパルは全てを伝えた。
ガザンが叫んだ、王族に認められた意味を。
ここに移住すれば、ガザンの言葉に守られて王族のような暮らしが出来る。
望めば貴族と結婚も出来る、なんならいい位置の仕事にだって就ける。
「あんたはこの国で将来が約束されたんダ。
エドガー様の正室は難しいかもしれないガ、側女くらいなら今すぐになれル。
なんなら爵位だって貰えるゾ」
誰もが羨んで止まない明るい未来だ。
その未来を用意されたステラは――――
「あっ‼ イタチ‼」
「聞いていたカ?」
どうやら興味が無いらしい。
真剣な顔で説明するゲパルを尻目に、ステラは足元にやって来ひょろ長いイタチに夢中だ。
「だって、こっちに移住する気ないですもん」
「そう言うナ。あんたにとっても悪い話じゃ無いだロ」
「仕事だってありますし、こっちに来たら友達にも会えないじゃないですか」
「仕事は籍だけ置いテ、気が向いた時に行けばいイ。友達は平民カ? ならじい様に頼んで友達もこっちに移住させてもらエ」
「確実に嫌われますよ」
恋人のオリバーと引き離されれば、リタは泣いてステラに往復ビンタをくれるだろう。
ステラと同じように夢を追いかけるエルミラを呼び寄せたら、ひたすら足の裏に魚の目が出来る魔法を掛けられそうだ。
絶対勘弁願いたい。
「栄光を取るよリ、友を取るカ。後悔しないのカ?」
「しませんよ!
その認められたっていうのは、つまり〝気に入ったから我が儘をなんでも聞いてやる〟ってことですよね?」
「簡単に言えばナ」
「じゃあ、また何か考えておきますよ。今は特に欲しいものもありませんし」
「そんな軽い物じゃないんがだナ……」
ステラは足元のイタチを抱っこして、その顔を覗き込んだ。
眼の周りが黒く、見慣れない姿はセレスタン特有の種族だろうか。
そんな考えを見抜いたように、ゲパルが横からイタチの頭を撫でながら教えてくれた。
「そいつはイタチじゃなくてミーアキャット。
ジーベックド団長のペットの一匹ダ」
「うわっ、立った⁉」
ミーアキャットはステラの腕から脱出すると、ピョコンと可愛らしく二本足で立ち潤んだ瞳で彼らを見上げた。
これは庇護欲を掻き立てられる。
「団長はあの顔に見合わず可愛い動物が大好きでナ。特にこの王国騎士団でも扱いには長けていル」
「それでウメボシをあんな骨抜きに……」
「そういうことダ。動物からも好かれる体質みたいデ、団長専用の中庭もあるゾ。そこで動物達を飼っていル」
心当たりがある。
今朝がた忍び込んだ中庭を思い出した。
あそこには小動物が沢山住んでいるようだった。そして現れたジーベックドにも、なんの恐怖や警戒を持たず、動物たちも肩に乗っていた。
うん、あの中庭だ。
「ほラ、庭に帰んナ」
「あ」
ゲパルが頭を撫でると、小さな泣き声を上げて何処かに行ってしまった。
ちょっと残念。
「俺達も早く行こうゼ。日が暮れたら危ないからナ」
「そうですね! 早く師範に謝らないと「俺のお勧めは向こうの市街ダ」ちょっと、」
もうやだ。
ステラが拒否する暇も無く、また肩に担がれた。
今日だけで何回担がれたらいいのだろうか。
ステラの罵倒を音楽のように聞き流しながら、ゲパルは豊かな大地を蹴り上げた。
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