38,女の敵は女なのさ


 ステラは掴まれた手を離そうとするが、離れない。

 何故ならレオナルドが握り返したからだ。


「(離してよ!)」

「今日の護衛は俺が担当じゃ無いだろう。カルバン副団長はどうした?」

「彼ならエドガー様に只管頭を下げていましてよ」


 ステラはサッと顔を背けた。

 あぁ、お説教だけで済むだろうか。


 ツイ……とフェリシスが視線を下げた。

 その先にあるのは、結ばれているレオナルドとステラの手。


「まぁ、ステラさん。おはようございます、いらっしゃったのですね」

「おはようございます……」


 おまけ扱いか。


 今度こそレオナルドの手を振り払い、身体を後ろに下げる。

 やけに静かだと思っていたら、ゲパルはステラ達の後ろで頭を垂れていたのだ。


 他国の王族に無礼を働いてはならない。

 自国の王族の居住区に侵入したり、戦いを嗾けたりするが彼の中で一線を引く部分というのはあるらしい。


 なんとなく、ステラも浅く頭を下げた。


「ステラさん。先程のガザン様との戦い、わたくしも拝見しましたわ」


 先程までステラの腕を掴んでいた腕は、蛇のように細くてしなやかなフェリシスの白い腕に絡め取られた。

 

 レオナルドの肩に頭を預け、そのアーモンド型の眼を細める。


「お褒めいただきありがとうございます」

「ええ、わたくし感動しましたもの。まさか我が国の住人でガザン様と戦おうとする勇敢な女性がいらっしゃっただなんて。

 ……ああ、でも」


 言葉を句切り、フェリシスはその身体をレオナルドに寄せた。


 公爵令嬢、それも護衛対象を無下に扱うわけにもいかず、レオナルドは唇を閉ざしたまま。


「ステラさんは我がドルネアートの人間ではありませんものね」

「フェリシス」


 それは、ステラの容姿を指してのことだった。


 固い声で、レオナルドがフェリシスの声を制す。


「ステラはドルネアートの人間だ」

「あら、それにしては好戦的ですわ。我が国の女性は淑やかさこそ美しさ。

 ステラさんとドルネアートはあまりにもかけ離れておりますもの」

「出身も育ちもドルネアートだ。好戦的なのは個人の性格であって、半分流れているセレスタンの血じゃない」

「俺はセレスタンの女に見えたけド」

「ゲ、ゲパルさん……」


 なんで話をややこしくする。


 今まで後ろで声を発することなく控えていたゲパル。

 飽きたのか、いつの間にか頭を上げていた。


「魔法もセレスタン発祥の重力だシ、じい様に立ち向かう無謀さや危うさはセレスタンの戦士だっタ。俺は誇りに思えたがナ。それにその容姿だってそうダ」

「何度でも言う、ステラはドルネアートの人間だ」


 当の本人は置いてきぼり状態だ。


「そうはおっしゃいますけれども、ステラさんは楽しそうにガザン様と対峙されていましたわ。

 それにゲパル様とそうやって並んで見ると、まるで仲睦まじい恋人のようですもの」

「オ。そう見えまス?」

「いやいや……ちょ、やめてくださいよ!」


 ゲパルに肩を組まれ、これでは恋人と言うより飲み仲間だ。


 居たたまれない空気で窒息しそう。

 だが誰もこの空気をぶち壊すことはできない。そう、レオナルドでさえ。


「さ、レオ様。わたくし今日は行きたいお店がありますの。付き合って下さいませ」

「だから護衛はカルバン副団長だと言っているだろう」


 少々苛立った声だ。

 彼もこの空気に耐えられないようで、何処か浮き足が立っている。


 浮気なんてしていない。

 が、レオナルドとステラはお互いの気持ちを知っているだけに、異性とこうやって触れ合う場面を見られるのは気まずいのだ。


「わたくしはレオ様と一緒に行きたいのです。わたくしの護衛として来国しているのなら、わたくしの我が儘を聞いて下さってもよろしいんじゃなくて?」

「……」


 待遇こそは王族扱いだが、名目上は王国騎士団として。

 保護対象のフェリシスに願いは聞き入れなければならない。


 一層強く絡まった細い腕を、黙って受け入れた。


「ではわたくし達はこれで。あなた方もデートを楽しんでらしたら?」

「お気遣いどうモ」

「行くなら早く行くぞ」


 去り際に一瞬だけ、天色の瞳が視線が絡まった。


「(なにさ……)」


 ステラの様子を探るような、気遣うような視線。

 その真意を読み取ることは出来ない。


 次に瞬きを終えた頃には、既にレオナルドの視界から外されていた。

 フェリシスをエスコートして、ステラとゲパルに背中を見せる。


「ご機嫌よう」


 フェリシスはステラにだけわかるよう、その口の端を上げた。

 明らかな敵意だ。


 ステラの顔が、スンッ……と真顔になった。




「行っちまったナ」

「じゃあ私達もエドガー師範のところに行きましょう」

「そんな顔でカ?」

「どんな顔しています?」

「ンー……例えるなラ、連続空き巣犯を目前に取り逃がした時みたいナ?」

「人はそれを鬼の形相って言うんですよ」


 他人様の前でどんな顔をしているんだ。


 ステラは自分の頬を両手で挟んでみる。

 成る程、随分厳つい顔をしていそうだ。


 悶々としている彼女の前に、赤と橙が混ざった夕日色のおさげが現れた。

 説明するまでもなく、ゲパルだ。


「そんな顔すんなっテ。折角の美人が台無しダ」

「口が上手いですね」

「よく言われるワ。

 そうさナァ……そんなブ……不機嫌な顔でエドガー様に会いに行くのもなんだシ」

「素直にブスって言えばいいんですよ」

「女にそんな言葉は使えねェヨ。

 よシ。じゃあ特別ダ、今から俺が街を案内してやるヨ!」

「はぁ……?」


 この男は人の話を聞いていたのだろうか?

 エドガーとカルバンにお説教されに行くと散々言っていたのに、今から街に行くだって?


「ダメですよ、師範達が待っているんだから」

「後で俺も一緒に怒られてやるヨ」

「そういう問題じゃなくてですねっギャー⁉」

「行くゾー」


 なんと強引な男だ。


 ステラが様々な種類の怒りを抑え、後ろを振り返ると視界がグルンッ! と回転した。

 いくら体調が良くなったとはいえ、一日に何回も担がれるのは勘弁願いたい。


 頭が理解したときには、既に遅し。



 ゲパルに担がれたステラは、手摺りから落ちる浮遊感に絶叫を上げるしかなかった。


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