36,目覚めた瞳は体力おばけ
レオナルドより長い睫毛が上がり、その下から現れたのは待ち焦がれた瞳。
同じ色合いが部屋に折り重なるが、その双眸に宿る意思こそレオナルドが惚れた、たった一つの光。
現れた美しい色に、レオナルドは優しく声をかけた。
「大丈夫か?」
「ここは……?」
「セレスタン王族の部屋だ。ガザン翁がお前の魔力を鎮めて下さった」
ステラの暖かな手を取り、まだ眠たそうに微睡む瞳に語りかける。
ゆらゆらと腕を揺らし、その瞼が再び閉じようとするのをなんとか阻止する。
ガザンは手早く、ステラの胸からクロノスの枝を取り下げショーケースへと戻った。
「起きられるか」
「ん~……あれ……」
レオナルドの手を借りて身体を起こしてみる。
すると違和感に気が付いた。
「身体が軽い」
「軽い? 逆に疲れたんじゃないのか?」
「や、肩凝りが取れたというか、憑き物が取れたというか……今ならレオナルドをおんぶしてシャトルランの最高記録を出せると思う」
「そうか、止めておけ」
冷静な判断である。
ステラは大きく伸びをして、ふと視線を下げた。
揺れる三つ編み、垂れるしょぼしょぼの目にちょび髭。クロノスの枝を戻し終えたガザンが戻ってきていたのだ。
一拍固まると、即刻台から飛び降りる。
「ガザン様! 高いところから失礼しました!」
「なーにを今更畏まっておるんじゃ。殴り合った仲じゃろう」
「もう終わりましたから!」
それはそれ、これはこれ。
レオナルドの横で、物差しを突っ込まれたように背筋を伸ばす。
「お嬢ちゃんが眠っておる間にちょこっとツボを押さえておいたぞい」
「ツボ?」
「なぁに、ちょこっとお疲れのようじゃったからな。魔力の巡りを良くするツボじゃ。
それに切り傷頭痛腹痛腱鞘炎不眠痔なんでもござれのツボじゃぞ」
「そんな万能なツボがあるんですか⁉」
「お前痔だったのか」
「そういう所だけピックアップしてくるよね、本当にいつもいつも」
しかし今の謳い文句、何処かで聞いたような。
暗闇に視界が慣れてきて、グルッと部屋を見渡した。
時間差でレオナルドの言葉が蘇ってくる。
「えー……先程レオナルドが言っていた王族の部屋というのは……?」
「ん? ようは儂らの思い出部屋じゃ。
こっちには家系図なんかもあるぞい。それから日記や、誰かの黒歴史的ポエムがあったかのう」
「絶対入ったらダメなやつ‼」
まるで光の速さだ。
ステラは大きく後ろに飛び退くと、あっという間に部屋の入り口へ戻っていった。
「レオナルド戻っておいで! 国家機密が眠っているかもよ!」
「そんな重要な物、眠っとらんわい。
あるとすれば……エドガーの幼い頃の絵姿とかあるかもしれんな」
「ちょっと気になりますけど! バレると絶対に怒られるからいいです!」
この後お説教が待っているというのに、怒らせる要因を増やしてどうする。
「ふむ、パワーアップしたくらい元気そうじゃのう」
「元が体力おばけなので。
それにしてもありがとうございます、全てガザン翁のお陰です」
「儂は何もしておらんよ。全てはクロノスの枝のお陰じゃ」
何やら小声で話している王族達を再び急かそうとしたところで、奥のショーケースに気が付いた。
「(なんだろう、あれ……)」
それは、先ほどステラの魔力を吸って生命を吹き返したクロノスの枝。
生きる喜びを全身で表しているように、ステラの瞳に映る。
けれどなんとなく見てはいけない気がして、さっと視線を反らした。
「さぁ、戻るぞ。エドガーが待っている」
「うぇ~……やだよ……。怒られたくない……!」
「本気でも戻る気かのう? お前さん達は素直じゃな」
ここにいけない大人の代表が一人。
首を傾げるステラの横で、レオナルドは大きくた溜め息を吐いた。
「怒られると分かっておるのに、何故わざわざ戻るんじゃ? ここはとんずらするのが一番じゃろうに」
「後で余計に怒られますよ。今回ばかりはエドガーも頭に来ていたようですし」
「大丈夫じゃ大丈夫じゃ、何とかなるわい。こういうのは時効を狙っていくんじゃ」
軽やかに手すりに立ったガザンは、風を受けて軽やかな衣装と三つ編みを泳がせた。
セレスタンの空は何処までも続き、ほのかに香る潮風と花の香りに自然と顔が上がる。
「じゃあの、お二人さん。また近いうちに会おうぞ」
「ちょっ……‼」
止める間もなかった。
重力を操り、その小さな背中は手摺りの下へと舞い降りた。
ステラが顔を出して覗き込んだ時には、建物の壁を蹴って軽やかに市街へ繰り出して行った後だった。
「ガザン様、行っちゃった……」
「エドガーの血圧が上がるな」
結局、対決の白黒をつけることも出来ず。そして戦いを挑まれた明確な理由も不明のまま。一体何だったんだ。
身体を手摺りから引っ込めると、レオナルドと目があった。
あ、まずここから怒られるんだ。
「ステラ」
「ごめん。私も用事があるん「待て」」
脱出失敗。
やるならガザンが走り去った直後に行動を起こすべきだったのだ。
ステラの起こす行動を読んでいたレオナルドは、ステラの手首をガッチリ掴まえていた。
ああ、今から何時間拘束されるのだろうか?
「お説教は手短にお願いします心から反省しています地面を叩き割ってスミマセンデシタ」
「別にそれは……まぁ別の方向から怒られると思うが……。俺が言いたいのはそっちの話じゃ無くてだな」
「はい」
真剣な目だ。
燈月草探しから帰ってきて告白をされた、あの日を思いを出させる目。
急激に体温が上がるのを感じ、ステラはレオナルドから目を逸してしまった。
「アリシアとは何の関係もない」
数秒間沈黙が落ちる。
そのフレーズ、どこかで聞いたことある。
どこだったか……。
「あ」
「どうかしたか?」
「それ、浮気男扱う常套句ってレティ先輩が言ってた」
「お前は警察で何を学んでいるんだ」
「あと〝俺にはお前だけだ〟とか〝信じられないのか?〟が続くとより濃厚になる説!」
「落ち着け、一旦話し合おう」
どうやらレオナルドの知らないところでとんだ教育が施されていたようだ。
下手に発言すると全て爆弾になりかねない。
なんならヒルおじさんに報告でもされてみろ。地の果てまで追いかけてくるぞ。
「レオナルド……」
「待て、違うんだ!」
「良いと思うよ、フェリシス様? 綺麗な方だもんね」
「誤解だ。それに今回は護衛という任務で……」
「(……レオナルドが慌ててるの、なんか新鮮かも)」
ちょっとした悪戯心だった。
いつもはこちらが転がされているのだ、偶にはやり返したって罰は当たらないだろう。
もう一言くらいチクッと言ってやろうかと、言葉を準備しているとフッと影が指した。
太陽が雲に隠れたのだろうか。
何気なく横を見てみると、己の目を疑った。
「………………え?」
黒色斑点のでかい猫が、手摺りに座っていた。
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