35,クロノスの枝 3
「気づいていたのなら、なぜステラにあんなことをしたのですか?」
ガザンとステラのファーストコンタクトは、レオナルドの耳にも入っていた。
ステラを孫と分かっているなら、余りにも強烈な出会い頭。
それも印象は最悪だろうに。
レオナルドの持つ疑問は至極当然のことであった。
「だってヒルベルトが全然合わせてくれんのじゃもん。我が孫がどれだけ強く逞しくなったか、気になったんじゃもん。
しっかし酷いと思わんかの? いくらお嬢ちゃんを守るためとはいえ、十七年間も実の孫と合わせても貰えんかったんじゃぞ!」
「セレスタン王の考えることに非は無いと思えますが……」
「燈月草を探しに行った最中に、この子の故郷でヒルベルトと合ったんじゃろ? 全て聞いておる。
お前さんがお嬢ちゃんを追いかけて国を空けたことも、王族から籍を抜こうとしておることも、お嬢ちゃんが森の奥で出会った銀髪の男のこともな。
なんでもお嬢ちゃんはヒルベルトと母親に心配かけるのは嫌じゃから、黙っているようにお前さんに頼み込んだと聞いておるぞ」
「事実です」
この軽いノリと思えば、急に声のトーンを落としてくる。
この老人は、レオナルド達が思っているより遙かに事情を把握しているのだ。
そしてヒルおじさんにこの事件の一連を密告した犯人は、レオナルドだ。
ステラの身を案じる彼に、ステラのことで〝ステラに何か変わったことがあれば、直ぐに報告するように〟と、手紙でも散々念を押されている。
今回のことを報告しなくて何を報告するというのだ。
尚、ステラは
「レオナルドがヒルおじさんと手紙を交わすこと無いと思うけど……。
もし機会があっても、不審者に湖へ突き落とされたなんて言わないで! お母さんにも!
絶対心配かけるから! 今度クレープ奢るから‼ お願い‼」
「奢ってはいらないが、今度人気の旅芸人一座が来るらしいから付き合ってくれ」
「え、超見たい」
と、帰りの箒の上でうまく丸め込まれていた。
あの時は笑っていたが、息の出来ない世界に放り込まれてさぞかし怖い思いをさせただろう。
捕まえられなかった鈍色の残像を思い返し、自責の念が溢れてくる。
「申し訳ありません、俺があの場にいながら、犯人を捕まえることが出来なかった」
「お前さんが気に病むことは無いじゃろうて。
水面下で該当する男を捜査させておるが、まだ碌な報告が上がってこん」
「こちらの国でも捜査を進めていたのですか?」
「当然じゃ。スピカの眼を持つ者が狙われたんじゃ。
もし犯人がお嬢ちゃんの眼の能力に気付き、何らかの目的でこの世から揉み消そうとしておるんなら、我らが末裔が黙っておるわけにはいかん」
祖先の遺物を守る為。ステラを守る為。
多くの意味を抱えるその言葉は、ずっしりとレオナルドの胸に乗っかった。
「お嬢ちゃんを襲った犯人の調査は儂らに任せておけい。
お前さん達はオゼンヴィルド家の調査で大忙しなんじゃろ?」
「それは兄上が指揮を取って進めて……」
そこまで言いかけ、ハッと顔を上げた。
オゼンヴィルド家を襲った犯人は、ステラの眼の事を知っていた可能がある。
そして今回もステラの命が狙われた。
嫌なピースがゆっくりと組み合わさっていく。
「気付いたか? お嬢ちゃんは愉快犯に突き落とされたわけじゃないんじゃ。
確固たる悪意を持った同一人物に、狙われておる」
身の毛がよだった。
だとしたら、またステラは狙われる?
オゼンヴィルド家や湖では偶然自分が近くにいたので、なんとか間に入ることが出来た。
もし、次があれば?
その時、自分が側に居られなかったら?
嫌な想像が次々と頭を駆け巡る。
「これこれ、また怖い顔になっておるぞ!」
コツン。
現実に引き戻され、ハッと顔を上げた。
額に走った、小さな痛み。
ガザンに小突かれたのだ。
「申し訳ありません」
「全く……お前さんのような若造がそんな難しい顔をしておったら、将来ハゲるぞい」
「ハ……はは……」
「な、なんじゃい」
そういえば、いつだったかステラにも将来ハゲると陰口を叩かれていた。
思い返せば、いつだって思い出の中にステラの姿があった。
その顔を、絶対に手放さない。
レオナルドは額を摩った。
「もし犯人がわかったら、直ぐ俺にも連絡をお願いします」
「嫌じゃよ、絶対ボコボコにするじゃろう」
「当然ですよ」
「ほれ見い」
ガザンの隣に立ち、ゆっくり呼吸を繰り返すステラを観察する。
薄らとかいていた汗も引き、すっかり落ち着いている。
「クロノスの枝は、一体何をしたんですか?」
「暴走しておったお嬢ちゃんの魔力を吸っただけじゃ」
ステラの胸の上に置かれたクロノスの枝は、絶え間なく淡い光を放ち続ける。
枯れていたのが嘘のようだ。あるべき姿に戻った枝は、ステラに寄り添い煌めく。
「クロノスの枝とお嬢ちゃんの魔力が共鳴しておる。
本体の木に異常が起こったことで、お嬢ちゃんにも影響が出ておったんじゃな。
じゃが、このチョーカーによって押さえられておったんじゃろう。それで外すまで気付かなかったんじゃ」
聞き間違えだろうか。
今ガザンはチョーカーを示したか?
レオナルドがステラにプレゼントした、この偶然にもスピカの眼と同じ色合いをした石のチョーカーを?
首に付けられたチョーカーの石が、光を反射して輝いていた。
「何故お嬢ちゃんの首にこの石が填まっておるのか敬意は知らんが、救われたのう。このチョーカーが無ければ、世界中にこの眼が知れ渡っておったわい。
いつからお嬢ちゃんの首にあったんじゃ? レオ坊は知っておるか?」
「それは、」
知っているも何も、それはレオナルドが去年のクロノス・カーニバルでプレゼントしたものだ。
ルカの変わりに商人達をねぎらい、挨拶を交わす最中に商人から譲り受けた石を加工し、チョーカーとして渡した。
「このチョーカーは、俺がステラに去年送りました」
「はぁ? お前さんが?」
ガザンは素っ頓狂な声を上げ、ステラからレオナルドへ視線をスライドさせた。
「ちょうど去年のクロノス・カーニバルが終わった頃です。
大地を渡り歩く商人から譲り受けました。クロノスの木の近くの大地から取れた。名も無い鉱石と聞いています」
「なんということじゃ……」
何が言いたいのだ。ガザンの言いたいことが読み取れず、困惑する。
驚いたように目を見開いていたガザンだったが、そのシワシワな頬が徐々に吊り上がる。
そして狭い部屋に、しゃがれた笑い声が木霊した。
「そうかそうか! レオ坊がお嬢ちゃんにこの石をやったのか!
いやはや、運命とは奇特なものじゃ!」
「俺はただこいつの瞳の色に似てると思っただけで……」
「そりゃそうじゃ! なんたってこの石は、クロノスの木の魔力が結晶化したものじゃからのう!」
一瞬で思考停止した。
新種の鉱石かと思っていたが、まさかクロノスの木の魔力が結晶化していただなんて。
こんな事があり得るのか?
固まるレオナルドを尻目に、ガザンはより一層笑みを深める。
「この魔力の結晶は運命に導かれ、様々な道を通ってあるべき場所に辿り着いたのじゃ。
儂も見るのは初めてじゃが、書物にはしかと書かれておるんじゃ」
棚から持ってきたのは、一つの巻物だった。
かなり年季が入っており、羊皮紙が茶色く変色している。
「お嬢ちゃんの首に輝いておる石は、翠煌石という。
翡翠の中に込められた蒼い星は、中でも高度の魔力じゃ」
「これは……何百年もの前の文献ですか?」
「うむ。はるか昔にこの土地で偶に取れた鉱石じゃったが、近年では全く取れず忘れ去られておった。
スピカ姫がクロノスの木に姿を変えた日から鉱石も姿を消したと書かれておるが、事実かどうかはわからんのじゃ」
「スピカ姫が木になった説ですね。あくまで仮説として、幼い頃に聞いています」
「おそらく事実じゃろうな。スピカ姫が何らかの問題でクロノスの木になり、世界を救った。
そしてこの時代にセレスタン王族の血を引く姫として生まれたお嬢ちゃんが、スピカの眼を持って生まれた。
何かが起こるかもしれん」
「一体何が起こるのでしょう」
「わからん。儂はスピカの眼を持っておらんからな。
あるいはお嬢ちゃんに聞いてみればわかるやもしれんがの」
何という酷な事を言うのだ。
その時、ステラのけぶるような睫毛が震えた。
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