30,歓迎会 6


「ふむ……。対重力魔法で儂の力を軽減しつつ、自ら後ろに飛んだか。器用なもんじゃい」


 大の字に倒れ込んだステラは薄く目を開き、奥歯を噛み締めた。


「(技を盗まれた……)」


 それも自分が一番得意とする技を、あんないとも容易く。

 こみ上げる感情は一点の曇りも無い悔しさだった。


 そんなステラの様子を見ながら、ガザンは指跡の残る手首を摩る。

 折れてはいないようだが、相当強く握られたのだろう。


「(意識はまだあるか。大した精神力じゃな)」


 ボディーに拳が決まる前、咄嗟に掴まれた手首が熱い。

 対重力魔法で対抗しながら、ガザンが怪我をしないように気遣ったのだ。


 ガザンは大きく息を吸い込むと、天に吠えた。


「褒めて遣わそう‼ お嬢ちゃんは強い‼」


 その老体からは信じられないほど力強さだ。

 地面に転がるステラは思わず首を動かし、薄く唇が開く。


「ガザン様⁉」

「まさか……」


 どよめきが起こるが、異国民であるステラとウメボシにとってみれば、なんのこっちゃだ。


 上半身を起こして、肘についた砂を払う。




「オジジはどうしたのだ? 急にボケたか?」

「おいおイ、これはちょっとした歴史の瞬間だゾ」

「む……?」




「度胸、闘争心、根性‼ 荒削りの部分はあるが、この強さはセレスタン王国騎士団とも肩を並べる強さ‼ この地を治める王族として、この強き赤い光に導かれた事を感謝しよう‼」


 太陽の光が強くなった気がする。


 ステラは、思わず目を細めた。


「(え、なに? これ何の時間?)」


 周りに説明を求めようとするが、どうもそんな空気じゃ無い。

 遠くにいるウメボシと目が合ったが、可愛らしく首を傾げられるだけだった。


「生まれや育ちの血は違えど、その身体に流れるは正しく強者の国、セレスタン‼ スピカ姫の血を引く者の一人として、この若き星を祝福する‼」


 どよめきが歓声に変わった。


 低く太い周波は空気を震わし、思わず肩をすくめる。

 正直に言おう、うるせぇ。


「団長‼ ステラが認められましたヨ‼」

「あぁ……これはめでたい日だ……‼」

「説明せい‼ オジジは何を言っておるのだ⁉」

「今はガザン様は、前国王として宣言されたのだ」

「なにをっ……あはんっ……いやっ……ふぉぉぉおおお……ッ⁉」


 ジーベックがウメボシの頭に手を置くと、一瞬で骨抜きになる。

 テクニシャンな指裁きで数秒撫でられると、すっかり威勢を無くしてガザンの腕の中で液体化していた。


「お前も使い魔として誉れに思え」

「じい様に認められたと言う事は、将来が約束されたって事なんだゾー。

 ドルネアートからセレスタンに引っ越してくれば、王族みたいな生活が送れル!

 ステラが望めバ、王国騎士団に入って隊長格以上の地位を貰うことも可能ダ。

 何ならこの国の貴族と結婚だってできるゾ!」

「結婚だと……⁉ ステラがそんなもの望むか……っ⁉」

「まぁあの娘さんが望むかどうかは別として、権利を与えられた。

 あとは好きにすればいい」


 少なくとも、この戦いによってステラの将来の選択肢が増えたのだ。


 しかし。

 今の説明を聞いたのはあくまでウメボシだけ。

 詳細を聞かされていないステラには、ただ謎に褒めちぎられていると取るしか出来ない。


 訝しげに形の良い眉をひそめた。


「前国王のガザン様に認められて光栄です。

 このことを私の恩人たちに伝えれば、きっと喜んでくれるでしょう」

「じゃろうな! 儂は超偉いからの!」


 ステラは金砕棒を握り直して立ち上がった。

 頬に付いた泥を拭い、目の前の敵から視線を反らさない。


 まだ彼女の目の中には、闘志の炎が燃えていた。


 もちろん、ガザンがそれを見逃す筈がない。


「その勇気を讃え、儂の手で引導を渡そう」

「引導? まだ私が負けるって決まったわけじゃないですよ」


 金砕棒の切っ先を、ガザンに向けた。


 そう、未来はいくらでも変えることができる。

 その実力の差はわかっていても、認められても、最後の最後まで喰らい付くのみ。


「それでこそ儂の見込んだお嬢ちゃんじゃ。

 ……して、その金砕棒をいい加減手放す気になったじゃろ?」


 一瞬、金砕棒を握る手に力が入った。


「使い慣れておらん武器を急に実践で試すと、危ないじゃろうて。それに勝てるモンも勝てんぞい」

「じゃあ返しますよ」

「ほ? 急に素直になったの」


 持っていた金砕棒を逆手に持ち替えた。


 悔しいが、ガザンの言うことは当たっている。


 慣れないリーチに距離感覚が掴めず、攻撃は掠りも掠りもしなかった。

 宝の持ち腐れ、ではなく、ステラにとっては無用の長物だ。



 ステラは金砕棒を担ぐと、大きく空に飛び上がった。


「只で返してくれるとは思っておらんだが……」


 ガザンの頬に一筋の汗が流れた。


 上空に居座るステラの腕へ、急速に魔力が集まっていく。


「ガザン様の技‼ 私も貰いますね‼」


 今度はこちらの番。


 見よう見まねだけれど、同じ重力使いとして大体の仕組みはわかっている。

 急激にかかる筋肉への負荷に、身体が軋んだ。


 余程筋肉が付いていないと、身体を壊してしまいそうだ。こんな技を、あの小さな老体がやってみせたと言うのか。




「待つのだステラ‼」


 誰が止めるよりも先に、ウメボシが叫んだ。

 身体を締め付けていたゲパルの腕を振り解き、地面に降りる。



「お主はっ……‼」

「シングラーレ‼ (鉄槍)」





 ご存知だろうか。


 ステラは基本、運動神経が良い。


 走るのも体の柔軟さも握力も、高飛びうさぎ跳びエトセトラ……。


 身体測定をすれば満遍なく成績が良い。



 だが、苦手科目があった。


「お主は……‼





 ノーコンなのだぞっ‼」




 この日、セレスタンで小さな地震が起こった。



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