29,歓迎会 5



『いいか、ステラ。重力っていうのは魔法の中でもぶっちぎりに扱いが難しい魔法だ』


 遙か昔。

 それはステラが婦警さんになりたいと言い出した頃の話だ。


 当時から懐いていたヒルおじさんにそのことを話すと、彼は快く重力魔法のことを教えてくれた。因みにナックルを貰ったのもほぼ同じタイミングだったと思う。


『婦警さんになるなら魔法も勉強も出来なきゃダメだ。

 お前の魔法属性は重力。少しのさじ加減で直ぐに怪我人が出てしまう。それに欠点だって沢山あるから、それを補うために己を鍛えなければダメだ』

『おじさんみたいに筋肉モリモリになったらいいの?』

『ステラー? 最低限でいいのよぉ、可愛いあなたがこんなゴリラになるなんて、先生耐えられない!』

『ハイジ嬢、その、ゴリラとは俺のことだろうか……?』

『はぁ? あなた以外に誰がいるっていうのよ。一回魔法研究所で調べて貰ったら? あなたとゴリラの成分がどれだけ一致しているか』


 思い返せば、その頃からヒルおじさんとハイジ先生は仲が悪かった。

 

 キョトンと大人を見上げる小さなステラの頭に、ヒルおじさんが優しく手を置いた。


『まぁ俺の成分とゴリラの成分のパーセンテージは置いといて。 

 重力は色んな魔法に有効だ。火を消すことが出来る、水を叩き落とすことが出来る。岩だって割れるし、大地をも裂ける』

『無敵だね! 弱点は無いの?』

『あるさ』


 よっこらせ。と掛け声を付けて、ステラとの目線に合わせ屈む。

 ずっと大好きで憧れ追いかけてきた琥珀色の瞳が、ステラを優しく映し出していた。


『重力の弱点は重力だ』

『えー? 自分も重力なのに?』

『そうだ。もし相手が重力なら、自分の方が強くなきゃ負けてしまうからな。ガチンコの殴り合いは力で制すんだ』

『ちょっと。私の可愛いステラにあんまり野蛮なことを教えないでよ?』

『や、野蛮……』

『じゃあどうしたら勝てるの?』

『それはな……』




 迫り来る金砕棒に指をさした。


 あの時教えて貰ったのは、同等の力を持った者との殴り合いで有利になる魔法。


 空気を切り裂き、一直線に向かってくるのは怒濤の鉄だ。

 己に迫る金砕棒に向けて指を鳴らすと、ステラは呪文を唱えた。


「リーガルジョン‼ (重力解除)」


 ステラにぶつかる一歩手前だった。


 シュンッと音を立て、その鉄身に纏っていたガザンの魔法が消えた。

 運動エネルギーを無くした金砕棒は、大きな音を立てて地面に叩きつけられる。


「対重力魔法か……」

「このナックルを授けてくれた人が、一番最初に教えてくれた技です。

 相手の重力に支配されるな、お前は自由だ、と」

「良き師じゃ」




「止めたのか……⁉」


 ジーベックドが信じられないものを見るように、愕然とステラたちを見守る。

 その横ではウメボシがワナワナと震えていた。


「ステラよ‼ 心配かけさせるでないわっ‼」

「スゲェ……」

「何がスゲェ……だ‼ 今すぐ止めるぞ‼」

「さっきも言っただロ。戦いの言祝ぎはどちらかが降参と言うまで終わらなイ」

「そんなルール! 紙にでもくるんで川に捨ててしまえ‼」


 外野が騒ぎ立てる中、ステラは近くに落っこちた金砕棒を指で突いた。


 年季が入っており、細かい傷があるといえどメンテナンスは怠っていない。随分と使い込まれているようだ。

 砕いてやる、と意気込んだものこれは今のステラの拳では砕けないだろう。


 触れた指から魔力を流し込むと、金砕棒の重さを軽減した。


「よっこいしょっと」

「おぉ、すまんのう。返しておくれ」

「返すわけないじゃないですか」

「ほ?」


 ニタリ。


 歯を見せて笑うその顔は、希に見るアンチヒーロースマイル。

 首をかしげるガザンに、ステラは声高らかに宣言した。


「これ。今から私が使いますね!」


 単純横領罪。


 嫌と言うほど頭に叩き込んだ罪名が浮かんだ。

 王族、それも全国王の持ち物に手出しをするなど以ての外。

 だが今はきっと許されるだろう。なんせこの国のルールに則った戦いの最中なのだから。


 ステラの宣言後に一拍おいて、周りから反響が返ってきた。

 その中でも焦っているのはガザン本人だ。


「お嬢ちゃん待っとくれ! それはいかん、返しておくれ!」

「嫌ですよ! 返したら私が不利になるじゃないですか」

「不利もなんもないわい! 慣れていないお嬢ちゃんがそんな金砕棒を振り回したら、死人が出るわい!」

「うまくやりますよ! ……うわっ……とっと……」

「ほれ見ろ! 言わんこっちゃない!」


 この金砕棒、案外使い勝手が難しそうだ。

 普段使っている武器とは全く違うサイズの武器は、重力の扱いに慣れない。

 その上リーチの長さまで感覚を掴むのに一苦労しそうだ。


 しかしこれが味方となれば、さぞかし心強いだろう。


「なんだか弱い者虐めをしてるみたいな気分ですね」

「そうじゃろう。正義感の強いお嬢ちゃんには心苦しいじゃろう、だから返しておくれ」

「断固拒否します」


 軽く金砕棒を|振り回し、具合を確かめる。


「(……調度品、壊さないように気を付けないと)」


 まだご尊顔を拝見していない国王に「初めまして。お宅の柱へし折りました。サーセン」等ふざけた初対面になることだけは避けたい。


 扱いには慎重にならなければ。


「ぬぅ……意地悪なお嬢ちゃんじゃ。

 しょうがあるまい。この老いぼれた拳一つで戦うしかないのう」

「降参したって言ったら返してあげますよ」

「断固拒否するぞい」

「お互い埒があきませんね」


 金砕棒で軽く肩を叩いた。




「ゲパル隊長、あの子何者なんですか?

 向こうの国に我が国の騎士がいるなんて、聞いたこともありません」

「あの子はドルネアートの騎士じゃねぇゾ。警察官だとサ」

「一警察官がガザン様と対等にやり合うなんて……!」

「ふんっ! あの女はここにいる誰よりも強い女だ! 恐れおののきむせび泣け‼」

「あと何持ってるんですか」

「子豚」

「貴様っ‼ 小生の何処をどう見たら子豚に見えるというのだ不届き者っ‼」


 なんか仲良くなってるし。


 いつの間にか遠くに撤退している王国騎士団が、ステラ達を遠巻きに観察している。

 褒められているような褒められていないような。とりあえず警察の方が下に見られているということを今確信した。

 今日この時よりを持って、そのイメージを是非とも変えてもらおうじゃないか。


 フンッ! と鼻を鳴らして金砕棒を王国騎士団達も見せつけた。

 野太い歓声が降り注ぎ、優越感に浸る。


「しかしお嬢ちゃん、お前さんのことを想って言っておくが、逆に不利じゃぞ?」

「その手には乗りませんよ」

「……まぁいいわい、ちょっとの間貸してやろう」

「慈悲深いお心なことで」


 ステラとガザンが走り出したのはほぼ同時だ

 金砕棒をまるで剣のように持ち、ステラは大きく振りかぶる。


「とりゃぁぁああッ‼」

「なんとヘッポコ。太刀が甘いわい」


 無事、空振りにて終了。


 元より剣術の心得もないステラが、急に金砕棒みたいな上級の代物を扱うなんてほぼほぼ不可能。


 闇雲に金棒振り回すステラの太刀筋を、ガザンは赤子の手を捻るかのように交わし続ける。


 夢中の二人は気付いていない。

 王国騎士団達の顔色が、だんだん青ざめているということに。




「団長、金砕棒があの銅像に当たったらどうしまス?」

「とりあえずここにいる奴ら全員連帯責任だ」

「次のボーナスカットで済みますかネ」

「減給も覚悟しておいた方がいいな」

「マジですカ」




「ちょこまか逃げないでください!」

「逃げるに決まっておろうが、当たったら即病院送りじゃ」


 一振り大きく金砕棒を振り抜いたが、ガザンが消えた。

 何処に?


 ステラの視界の下に、三つ編みが揺れた。身体の下に潜り込んだのだ。


「しまった、」

「お嬢ちゃんの技、貰うぞい」


 ガザンが拳が握られるのとステラの手が動いたのは、同時だった。


「グラン・メテオ‼ (流れ星)」

「リーガルジョン‼ (重力解除)」




 宙を舞ったのは長い赤い髪だった。

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