28,歓迎会 4



 太陽を背負い、一人の女が空へ飛び上がった。

 その手には鈍色に光り輝くナックル。


 女――基、ステラはその凶器をあろうことかか弱い老人に振りかざしているのだ。

 端から見ればただのバイオレンス女。


 が、その老人の手には馬鹿でかい金砕棒が握られている。

 前言撤回しよう。老人、いやガザンはか弱くない。


 ステラは、空中でその拳に魔力を集中させた。

 そして唱えるのは得技の一つ。


「グラン・メテオ‼ (流れ星)」



 ガキィンッ‼


 思わず耳を塞ぎたくなるような金属音が、ステラの耳朶を打った。


「カッカッカ! こりゃ随分と重い拳骨じゃな」

「ぐううぅぅうう……っ‼」


 数秒差で、拳から全身に鳥肌が立つ。

 渾身の一撃が止められたのだ。それも、老人の腕一本で。


「馬鹿力‼」

「なんじゃい、同族嫌悪ってやつかのう?」


 金砕棒を蹴り上げ、一回転して後ろに着地すると素早く体制を立て直した。


 流石前国王、そう簡単に攻撃を喰らってはくれない。

 

「ステラよ‼ 良い調子だ! 押せ! 押すのだ‼」

「任せといて‼」


 全身全霊を使って受ける相棒の応援は、とても心強い。

 その応援を塗りつぶすかのように、野太い野次まで飛んでくる始末だ。


「いいぞいいぞォ!」

「お嬢ちゃん! 次の一撃はもっと重いぞ!」

「おい、お前いくら賭ける?」

「え、じゃあ……」

「やめとけやめとけ、金の無駄だ」

「誰ですか‼ 今賭博しようとしてる人! 後私は負けませんから!」


 聞き捨てならんぞ。

 そして唐突な賭博でステラのポリス・スピリッツに火が付いた。


「これこれ、賭け事がばれるとエドガーに叱られるぞい」

「怒るのは国王様では無くて?」

「む? 息子は意外と寛大じゃぞ。孫のエドガーは反面教師にしておるのか厳しくてのう……最近ではすっかり常識人じゃ」

「常識……あぁ、そうですね……(護衛を撒いて他国に行く人って常識人なのかな)」


 つい最近同じようなことを考えたぞ。


 飄々とするガザンの三つ編みが風にそよいで気持ちよさそうだ。何一つダメージを負っていない様子を歯軋りして観察する。


「で? お嬢ちゃんからの攻撃はお終いかのう?」

「さっきのは小手調べです、よっ!」


 大地を蹴り、一気にガザンとの距離を詰めた。

 自らに体重を軽くし、引力をかける魔法の複合技だ。


「(早いのう)」


 ステラの視線の先はガザンの脚。

 一層地面に沈むステラに対して、軽い身体のガザンは軽くジャンプしてみせた。


「どわっ‼」

「馬鹿正直じゃな」


 足払いを掛けて転ばせようとした魂胆は丸わかりのようだ。

 綺麗に空ぶったまま「ぶへぇ‼」と、派手に横へずっこける。


「いたたたた……!」

「ほれほれ、よそ見をしておるとペッチャンコになるぞい」

「誰がペッチャンコになるもんかっ!」


 地面に陰が落ちた。あ、これあかんやつ。


 未来を視るより本能が勝った。

 腕で地面を押し、反動を付けて身体を右に反転させる。


 ブンッ‼


 地面ギリギリに金砕棒が突き立てられた。本能が働かなければ、今頃顔面に穴が空いていたに違いない。

 ありがとう、故郷の自然よ。

 あの緑に囲まれていなかったら、この勘は育たなかっただろう。


「お、これも避けおったか」

「こんっ……のぉっ‼」


 やられっぱなしなのが歯がゆい。

 地面に付いた手に力を込めた。


 拳だけがステラの武器じゃ無い。


 ガザンに背中を向けたまま、そのしなやかな足を思いっきり振り上げた。


「む」


 パシッ! と小気味よい音を立てて足はガザンの掌に収まる。蠍蹴りは失敗。

 しかしこれで終わらない。


 ガザンが自分の足をしっかり持っているのを確認すると、ステラはニタリと笑った。

 そして呪文を叫ぶ。


「エリクシル‼ (引力)」

「くっついてしまったわい! ……む、お嬢ちゃん。もしかして……」


 蹴りを止められ、中途半端な格好のままガザンを自分に張り付けたのだ。

 身動きを取れないのは両者同じ。


 違和感を感じ取ったガザンが、疑うような視線をステラにぶつけるが、変わらず不穏な笑みを讃えている。

 そしてあろうことかその足を――――




「でぇぇええぇえぇいっ‼」

「ぎょぇぇぇええええっ‼」



 思いっ切り振り抜いた。



 ドォ……ン……と土埃を巻き上げ、その小さな陰は金砕棒と共に遠くの壁に打ち付けられた。



「ガザン様ー‼」

「あの前国王が吹っ飛ばされた……‼」

「こんなことが……!」



「ナックルばっかりに気を取られていちゃダメですよ!」


 騒然とする現場で一人、ステラは髪を後ろにはらった。

 馴染みのいい赤が、セレスタンの太陽に輝く。


「あっぱれ! これでお主の勝利が確定したも同然だ!」

「……ううん、まだだよ]


 どよめく騎士を横に、ジーベックドとゲパルは眉一つ動かさずに立ちこめる砂埃を見上げていた。

 抱えられたウメボシは暴れるが、解放される様子が見られない。


「ステラの言う通りダ。まだ終わっていなイ」

「何を言っておる! あんな派手に吹っ飛んで……もしかすると死んだのではないか?」

「じい様がこんな軽い衝撃で死ぬものカ」

「ゲパルさんの言う通り。まだそっちでいい子にしてて」


 ステラは拳を構えると、再び腰を下ろした。

 どちらかが降参と言うまで戦いは続くのだ。


 砂煙からシルエットが起き上がるのが見えた。しかしそれは瞬きの間。

 次に見たときは金砕棒が砂煙を振り払っていた。


「ペッペッ! なんというお嬢ちゃんじゃ! こんな老体に酷いのう」

「ずいぶんと素敵な服になりましたね」


 身に着けていた装飾品はボロボロ。靴も服も煤けている。

 三つ編みからはアホ毛が飛び出しており、ちょび髭も乱れていた。


 そう、ボードンの「お前次問題起こしたら覚悟しておけよ」という忠告はステラの中で星となったのだ。


「中々策士じゃな。あの蹴り、ワザと儂に止めさせたな?」

「バレました?」

「受け止めて何か可笑しいと思ったんじゃ。踏ん張りが効かなかったからの。

 儂を引き付けた直後に金砕棒ごと重力を支配したんじゃな」

「時にはフェイトを掛けるのも一つの策と教えられましたので」


 睨み合う二人を取り囲む野次馬に、熱が戻り始めた。

 が、鎮火するように低い声が彼らを諫める。


「ガザン様、お戯れはもうお止め下さい」

「何を言うかジーベックド! ここからが楽しいんじゃぞ!」

「そうです! ようやく身体が温まってきたところなのに!」

「しかし、このままではエドガーにお叱りを受けてしまいます」

「「うっ……」」


 皇太子のカードを切られた途端、好戦的な二人が狼狽えた。

 優しい人間ほど、怒ると怖い。


 よく耳にする世の理を咀嚼していると、ガザンが金砕棒を振り上げた。

 

「ではバレる前にさっさと決着を付けてしまおうかの」

「賛成です!」


 金砕棒を担ぎなおすと、ガザンはまた宙に浮いた。

 見てくれはボロボロだというのに、身体的にはダメージを負っていないらしい。


「楽しいのお。猪のように突っ込んでくる若者と対峙するのは心地よい」

「私もこんなに楽しいのは久しぶりです!」


 この高揚感は、初めてトンファーを握った時や、ヒルおじさんと対峙している時と似ている。

 血が騒ぐというのは、こういうことなのだろう。


 急激に高まる魔力。ガザンの手から金砕棒に伝わっていくのがわかる。

 何をするつもりだろうか。


 眼の中の蒼い星を煌めかせ、未来を覗いた。


「やっば!」


 あのじいさん、アホほど魔力を練りこんだ金砕棒を投げつける気だ。

 それも剛速球。


 避ける?

 いいや、後に人が沢山いる。今避けたら彼らから死人が出る。


 反撃する?

 いいや、跳ね返してもまた同じことの繰り返しが待っているだろう。


 ならばやる事は一つだ。


 ステラは大きく足を開き、構えた。


「ゲッ! あの技ハ!」

「いかん! 総員撤収!」

「じい様ー! やりすぎダー! おいステラ、お前も逃げロ!」

「お気遣いなく! 私よりウメボシを連れて下がってください!」

「お前ッ……!」

「ステラッ! 離せ三つ編み小僧!」


 絶対逃げない、逃げたくない。


 ガザンはその巨大な金砕棒を、やり投げのように構えた。


「シングラーレ‼ (鉄槍)」


 なんというじいさんだ。普通の人間なら肩の関節が外れているぞ。

 それでもやってみせるのは、重力魔法で筋肉を強化しているからだろう。


 老人とは思わせないキレのある動きで、金砕棒をステラにぶんなげた。


「ステラーッ‼」


 ウメボシの悲痛な声が、木霊した。




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