26.歓迎会 2


「ほっほっほ! こんなマジバトルは何時ぶりかのう。最近は声を掛けても、誰も相手をしてくれんのじゃよ」

「前国王に刃を向けるなんて、国民には恐れ多いんでしょう」

「かもしれんの。ほれほれジーベックド! 早う開始の合図をせんか!」

「で、ですが……」

「私達はいつでも準備できています!」


 ここにボードンやジェラルドが居なくて良かったと、拳を合わせながら頭の片隅で思う。

 こんなことがバレれば始末書だけでは済まないだろう。もしかすると減給、自宅待機、左遷……だけで済むと良いなぁ。


 だが、女(主にステラ)には引けない戦いがある。


「早うせんとエドガー達に見つかってしまうじゃろ!」

「……あと数分でエドガー様が鍛錬にいらっしゃいます。バレることは確実ですが」

「心配せんで大丈夫じゃ。一分で終わらすわい」

「あらあらガザン様ー、随分と気弱な発言ですねー。そんな数秒で私に負ける気なんですかぁー?」

「見よ、お嬢ちゃんも儂の挑発にノリノリじゃ!」


 前国王だろうがなんだろうが、関係ねェ。

 負けん気の強さが、ステラを獣のように駆り立てるのだ。


 いつの間にか騎士達が周りを取り囲み、違法闘技場のような熱気に包まれている。


「団長が合図しないなラ、俺がやりまス!」

「おい!」


 面白がっているのは、ガザンだけでない。

 ゲパルが二人の間に躍り出ると、その手を天高く掲げた。


「セレスタンの蒼穹に坐しまス太陽の元、刃を交わすハ二人の戦士。シュナイダー家の名に置いテ、ここに末を見届けると宣言すル!」


 湧き上がる歓声に包まれ、演習場がヒートアップする。

 この熱気、嫌いじゃない。


「なぁに、そんな固くならんで大丈夫じゃよ」


 三人がかりで大きな箱を抱えた騎士が、ガザンの元にやってきた。

 砂埃を巻き上げ、その箱は着陸を果たす。


「その箱は?」

「儂の武器じゃ」


 蝶番がこじ開けられる鈍い音が、ステラの耳にまで届く。

 ガザンの身体より大きなその箱に、一体何が収まっているというのだろうか。


 息を飲んでその登場を待っていると、現れたその姿に言葉を失った。


「な、なんですか、そのでっかい棒は……」

「ただの金砕棒じゃ。まぁ少々年季は入っておるがの」


 その場にいるジーベックドよりでかい。

 ガザンが一回しすると、空気を切る音が低く唸る。


 考えなくてもわかる。

 あれは掠めただけでもヤバい。



「流石ガザン様だ! あんな重たい金砕棒を軽々と振り回しておられる!」

「あんな武器、我々ではとてもじゃないが扱えない!」

「お歳を重ねても尚素晴らしい……!」



「……随分と手馴れていますね」

「だから言っておるじゃろ、毎日鍛錬しておると」


 疑っていたつもりはないが、あんなバカでかい金砕棒を振り回していることに現実味が感じられない。

 無数の棘は鋭く尖っており、もし頭にでも当たったらと思うとゾッとする。


「この国の勝負に細かい決まりは無い。ただ自分より優れているかどうかを認めるだけじゃ」

「つまり降参と言うまで戦いは続くと」

「言ってしまえばそうじゃな」


 例え毎日鍛錬していたとしても、老人があんな鉄の塊を待てるはずがない。

 そう、あれは重力魔法で重さを軽減しているのだ。


 頭ではわかっていても、いざ目の前にすると少し腰が引ける。


「でハ、双方準備はよろしいカ?」

「無論じゃ」

「ばっちこいですよ」


 その金砕棒、粉々にしてやる。


 ゲパルの腕が振り落とされた直後、二人は大きく後ろに飛び退いた。


「ふむ、まずは距離を取って相手の出方を伺う。未知の武器を持った相手を警戒することは大切じゃな。

 案外冷静なようじゃ」

「今から戦う相手に褒められても複雑なんですけどね」


 ステラの構えたナックルを見ると、ガザンは金砕棒を肩に担いだ。


「トンファーは使わんのか? イライザから聞いておるぞ、エドガーがイライザの実家から取り寄せたトンファーを愛用しておるらしいの。そちらの方が防御も優れておるじゃろう?」

「私も最初はトンファーを使おうと思っていました」


 腰を低く落としナックルを握り締める。

 幼い頃から、ヒルおじさんに叩き込まれた基本の姿勢。

もう身体に染み込んでいて、この先老婆になっても忘れることは無いだろう。


「今日はナックルで戦いたいんです」

「そうか、止めはせんぞい」


 なんとなく。

 本当になんとなくだ。


 ガザンと対峙した瞬間に、何故かヒルおじさんの顔がよぎったのだ。


 何故だろう? 背丈も全く違うというのに、纏う空気が何処か似ている。


「ちんたらしておると本当にエドガーが来てしまうわい。こっちから行くぞい!」

「え」


消えた。そう思った。



 次の瞬間、眼が熱くなる。


「(――やば、)」


 考えるよりも先に、身体が動いていた。


 ステラが咄嗟に頭を下げると、ブオンッ! と大きな音が風と共に頭上を駆け抜ける。


 僅差で理解する。

 巨大な金砕棒が、さっきまでステラの頭があった場所を横切ったのだ。


「危なッ⁉」

「すばらしい身のこなしじゃ」


 このじいさん、本気で殺す気か。

 眼が教えてくれなければ、今頃向こうの壁まで吹っ飛んでいただろう。というか、多分死んでいた。


「なんと危険な!」

「すゲェ、あのじい様の攻撃を避ける人間は限られているゾ」

「悠長なこと言ってる場合か! 離せ三つ編み小僧、小生は加勢するぞ!」

「サシの殴り合いにそれは野暮ってもんだロ」


 心配する相棒の声が遠くで聞こえるが、制止の役目はゲパルが担ってくれるようだ。ありがたい。そんな余裕はステラに微塵もない。


「心配すんなっテ。じい様も殺しはしないサ」

「お前はさっきの攻撃を見ていたか⁉」

「あれは避けられるってわかっていたかラ、敢えての攻撃ダ」


 今にも飛び出しそうなウメボシを、ゲパルが抑え込んだ。

 動物虐待ギリギリである。


 ステラは、地面を転がると、再びガザンから距離を取った。


「(えっぐ……! 金砕棒が湖面にめり込んでる……!)」


 水分の少ない地面に、金砕棒が付きたてられた。

 自然と出来たひび割れが、金砕棒が本物の鉄だと言うことを教えてくれる。 


「逃げ回ってばかりじゃ何も進まんぞい!」

「わかっていますよ!」


 再び体制を整えるが、隙が一切見えない。

 手が白くなるくらい、ナックルに力を込める。


「私だって、負けられないんだから……!」


 この国に来るまで色んな人に出会い、沢山の負けを知り、血肉として吸収してきた。

 ましてや重力対決に関しては、ヒルおじさんと何回何十回何百回と重ねている。


 今まで学んだことを、ここで生かす。


 そして己の強さを、ここで証明しよう。


「歯ぁ食いしばって下さい!」


 ステラは大きく地面を蹴った。

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