25,歓迎会 1



 それは、ステラにとってあまりにも衝撃的な出会いを果たした人物の声だ。


 軽口を叩き合っていたジーベックドとゲパルが、地面に跪く。


 その先にいるのは小さな人影。つい先日ステラと全力の上かけっこを披露した挙げ句、ひったくりという何とも悪い印象を植え付けてくれたガザンだった。


 今日もその三つ編みは重力に逆らい、風にそよいでいる。


「おはよう、お嬢ちゃん。しばらくイライザの部屋に泊まるらしいの?」

「おはようございます。

 エドガー皇太子から許可をいただきましたので、しばらくこちらでお世話になります」

「そうかいそうかい。あぁ、お嬢ちゃんはそんなことせんでもええぞい」


 はつらつと笑うその顔は、昨日に対する詫びの色など一切浮かんでいない。

 ステラもゲパルにならってガザンに跪くが、軽く制される。


「それより急にすまんかったのう、儂の我が儘を聞いてくれたんじゃな」

「我が儘?」

「ん? お嬢ちゃんをここに連れてきて欲しいとジーベックドに頼んだんじゃが」

「あ、そうだったんですか……」


 ある人と言うのは、この人のことだったのか。


 ウメボシが大きく体を震わせると、その鼻に深い皺を刻んで牙を剥き出す。


「オジジめ! 一体我々に何の用だ! このような無礼を働くなと、理由によってはその三つ編み噛み千切ってやる‼」

「すまんな子豚ちゃん。後で飴をやるからの」

「誰が子豚だ‼」

「まだ昨日のこと根に持っていたんだ」


 美しい毛並みを逆立てて、余計に丸みを帯びる。

 その姿は、正しくこぶ……ゲフンゲフン。


「ウメボシ、落ち着いて……。それでガザン様。私に何の用でしょうか?」

「おぉ、本題から逸れてしまっては元も子もないの。ちょっとお嬢ちゃんに用があるんじゃよ」


 頭二つ分くらい、ステラの方身長が高い。

 ガザンはステラを見上げると、にっこりその顔に横皺を作った。


「ちょっと儂と喧嘩をしてくれんかの?」

「はぁ……?」


 呆気にとられた声を出したのは、ステラだけではない。

 ゲパルも同じようにその鋭い目を見開き、ジーベックドに関しては固まっている。


「あ、その顔。儂のことをただの年寄りと思っておるな?

 じゃがまだまだ現役じゃもん! あんたには負けんぞ」

「で、ですが……」


 いくら現役と言い張ろうが、ステラの方が年齢的にも有利だ。

 女性の身とは言え、毎日筋トレを熟しつつ犯人を追いかけるための体力作りも欠かしていない。

 平の騎士よりも、遙かに力は上回っている。


 なので昨日のような追いかけっこならまだしも、殴り合いとなれば話は別になってくるのだ。

 守るべき対象の老人に拳を向けるなど、ステラには難しいことなのだ。


「こう見えてわしも毎日鍛錬を怠っておらんぞい」

「ダメです! まず前国王様に殴りかかるなんて以ての外ですし、第一怪我したらどうするんですか!」

「お願いじゃ、年寄りの頼みだと思ってな?」

「じい様、やめとけっテ」

「ゲパルさん……‼」


 助け舟を出したのはゲパルだった。

 勝ち気な眉が下がっていることから、本気で心配しているのだと窺える。


 よかった、まともな人がここにいた。


 そう安心したのだが。


「じい様とサシでやり合おうなんて、ステラが負けるに決まってるだロ。そんな負けが見えた試合させるのは可哀想だゾ」

「烏滸がましいようですが、私からも進言を。決まった結果が見えているというのに、女性のプライドを折るのはよろしくありません」

「何を言う! このお嬢ちゃんは強いぞ~!

 儂の拳なら十秒くらい耐えられるわい!」


 どうやら修正箇所が必要なようだ。ゲパル達が心配していたのは、ガザンじゃない。

 ステラの安否をの方だ。


 メラッ……


 ステラの瞳の奥に、闘志の炎が宿る。


「じゃがお前達の言う通りじゃな。嫁入り前の娘さんに傷付ける訳にはいかんか。呼び出してすまんかった、もう行ってよいぞ」

「私、父親がいないんです」


 つまらなさそうに背を向けるガザンへ、ステラは声を上げた。


 その手に装着されているのは、ナックル。

 幼い頃からの、自慢の相棒。


「だけど、父親みたいな人がいるんです。その人もセレスタンの血を引いていて、同じ重力魔法を使います」

「ほう」


 小さな音を立て、ナックルはステラの手に握られる。

 指の締め付けがほどよく、今日もステラの指によく馴染んでいる。


「重力魔法の師である彼は言いました。


 売られた喧嘩は買え、と」

「良い心がけじゃ」


 ドルネアート国だろうがセレスタン国だろうが、ステラの煽り耐性は不動のゼロだ。


 指を鳴らし、首を軽く回す姿はドルネアート国ですれば輩扱い。

 しかしその仕草は、この国でこそ勇者の証になる。

 まさしくセレスタンの女だ。


 ゲパルが口笛を吹いた。


「やっぱ良い女ですネ」

「お前はこれ以上女性問題を起こすな。つい先日も国王からお叱りを受けていただろう」

「ハハッ! 昨日じい様にも釘を刺されましたけド」


 ガザンを睨み降ろすステラを、ゲパルはうっとりと眺める。


「こういう感情って、本能ですよネ」


 戦いの火蓋が、切って落とされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る