24,言葉の足らない男



「離せ‼ 離せってば‼」

「……」

「あんたは誰⁉ 私達に何の用なのさ⁉」


 試しに男の太い腕に爪を立ててみるが、状況は何一つ変わらない。


 反対側に抱えられたウメボシに向かって、ステラは怒鳴り声を上げた。


「ウメボシ‼ しっかりして‼」

「あふん……極楽浄土が見えたぞ……」

「そんなこと言ってないで逃げて‼」

「無駄だ。叫んでも誰も来ないし、この狐もツボを突いてある。暫く動けまい」


 悔しいかな。男の言う通りだった。

 骨を抜かれてグニャングニャンになったウメボシは、まるでされるがままの縫いぐるみ。

 一体どんなテクニシャンだ。


 ステラはそのモヒカン頭を睨め付けた。


 正直に言うと、ステラの体術と魔法を使えばこんな拘束くらい擦り抜けられる。

 けれど、どうしてもそれが出来ない理由があった。


「教えるだけ教えて。私をどこに連れて行くの?」

「…………」

「ねぇってば‼」


 なんと口数の少ない男だろうか。

 ステラはその男の肩を軽く殴った。


 その手に当たるのは鎧。そう、イライザやゲパルと同じ、王国騎士団の鎧だ。


 ステラ無闇矢鱈と抵抗できない理由は、これにある。

 旅行中とは言え、ドルネアート国の公務員であるステラが他国の王国騎士団と揉め事を起こすわけにはいかなかった。


 これはドルネアート国を出国する直前の出来事。

 さぁ思い出してみよう。






「ステラ、よく聞いてくれ」

「なんですか?」


 アルローデン警察署の一角。ステラの手には一枚の紙があった。

 それは警察官であれば義務づけられている届け出だ。


 警察官は、休日に市外や国外に行くときは必ず上司に届け出を提出するのだ。

 それは、いざ招集がかかったとき、何処に居るのか所属長に把握しておいてもらうためだ。


 セレスタンに旅行に行くため、ステラも自ずとその届け出が必要となる。

 そんな大切な書類を提出する間際に、ボードンは凄みを効かせてステラの書類を睨み付けていた。

 因みにその顔は、先日大好きな弁当のおかずをフレディに盗み食いされた時の顔と、全く同じである。


「優秀で強く賢いお前のことだ、よーくわかっていると思うが、」

「いやぁ、それほどでも!」

「署長、変に前置きすると話が進みませんよ」

「お巡りさん、お願ェしますだ、どうか見逃して下せぇ……!」


 一人の中年男性を引き摺るようにして、ジェラルドが二人の後ろを通っていった。

 ステラの記憶が正しければ、奴は空き巣常習犯。


 ようやく捕まったのか、よかったよかった。


「ゴホンッ! いいかステラ! お前がこのアルローデン警察署に入社してから半年が経とうとしている!」

「はい!」

「その間にお前は色んな功績を挙げたと共に、色んな問題も起こしている!」

「そんなに大きな問題「アルローデン商社に単独潜入した挙げ句、建物の上階を爆発させたのはどこの誰だ?」…………そういえばそんなこともあったような」


 黙るしかなかろうて。

 直近にやらかした問題は、結果としてリタ達を助けて犯人逮捕に繋がったので不問となった。めっちゃ怒られたが。


「今回は親御さんも一緒に行くんだな? なら大丈夫だと思うが……。

 頼むから大人しく観光だけして帰って来い! 絶対揉め事起こすなよ!」

「わかっていますよ!」

「もし何かあったら……わかっているな?」

「お、おっす」


 これはヤバい。


 次何かしたら、とりあえずペナルティだ。





 と、いう風に念には念をこれでもかと言うほど押され、ドルネアートから遙々ここまでやって来たのだ。

 いくらボードンとの約束を守ろうとも、無言でこんなことされるのは気分が良いものではない。


「…………」

「せめて降ろしてくれない? さっきからお腹が圧迫されて苦しいんだけど」

「黙っていろ」

「あ?」

「舌を噛むぞ」


 次の瞬間、内臓が口から転がり出るとろこだった。


 何故なら、ステラを担いだまま男が急に走り出したからだ。


「ぎゃぁぁぁあぁぁあッ‼」

「チッ」


 舌打ちをしたいのはステラの方である。


 この男、地面に降りたら絶対に殴る。

 はためくマントを握り、ステラは固く心に誓った。






「着いたぞ」

「し、死ぬ……」

「むぉぉお……これはキツいぞぉ……」


 先ほど食べたばかりのサンドイッチが出てきそうだ。


 降ろされた地面に這いつくばり、同じく転がるウメボシを自分の身体の下に隠した。

 ここから鉄槌の裁きを下す時間である。


 文句を舌の上に準備して顔を上げると、顔の横に何やら筒らしき物が差し出されていた。


「ヨッ!」

「ゲパルさん!」

「あーァ、折角の美人がこんな顔色ジャ、お天道様も泣いちまうゾ。早くこれを飲メ」


 遠慮なく差し出された筒を受け取ると、一口含んでみせる。

 流れてくるのは、イライザの部屋にあったのと同じ柑橘水。

 王国騎士団の御用達なのだろうか。


 手に少量移すと、まだへばっているウメボシの口元にも寄せる。


「ありがとうございます、まさしく命の水です」

「どういたしましテ」

「出会い頭に何ですけど、ゲパルさんに隊長としてのお仕事があるみたいですよ」

「うン?」

「そうだ! しばきあげてやれい、小僧‼」


 ステラとウメボシが吠えるその先に居るのは、ここまで連れてきた張本人のソフトモヒカンただ一人。

 ここに王国騎士団、それも隊長!

 実に素晴らしい人選だ、郷に入っては郷に従え。こちらのルール上で逮捕して貰う分には、ボードン達の耳にも入らないだろう。


「あの人、私達の事を急に浚ってきたんです!」

「何も説明しなかったんですカ?」

「話すと長くなるだろう」

「だからいつも言ってるじゃないですカ。団長は言葉が足りないんですヨ」

「終わりよければ全てよしだ」

「ダン・チョーさん?」

「ヤ、名前じゃなくでだナ」


 ン。と、ゲパルはソフトモヒカンに向かって、掌を示してステラに紹介する。


「あの人は、セレスタン王国騎士団団長のジーベックド・ガルガダン。俺達の上司だナ」

「はぁ……⁉」


 団長?

 ダン・チョーさんじゃなくて?


「お、王国騎士団団長が筆頭になって人攫いって! どんな国ですか⁉」

「攫ったわけじゃない」

「落ち着いてくれヨ、ステラ。団長にも理由があるんダ」

「聞いたら行けばわかる、の一点張りですよ」

「団長ォ……」


 ほら見ろ。

 というか、不審者かと思ってめちゃくちゃタメ口だったぞ。


 握っていた拳を何とかして解くが、入った力はなかなか抜けない。


「すまない。よく言葉足らずだと言われる」

「いや、まぁ、はい……」

「んデ? なんでステラを演習場に連れてきたんでス?」

「連れて来いとの命だ。それに」

「な、なんですか」


 職業柄、こういった厳つい人種と対面することも多い。むしろ上司が筆頭である。

 しかしこの団長、口数が少ない故に何を考えているかわからない。


 思わずゲパルに一歩近付いた。


「俺もスピカ様の眼を持つをお方と話したかったからだ」

「話したいならちゃんと自己紹介してから話したらしじゃないですか!」

「未婚の女性と二人っきりで話すわけにはいかないだろう」

「出タ。団長の変に律儀なとこロ」

「だからといって、問答無用の連行は無いですよ……」


 ステラの言葉は、誰にも拾ってもらえずに下に座り込むウメボシに落ちていった。


 柑橘水の入った筒の蓋を閉めると、肩に重みを感じる。確認するまでも無く、犯人はゲパルの腕だ。


「ネ、本当にスピカ様の眼でショ」

「あぁ。美しい瞳だ」

「そういうことを酒場の女にも言ってやったラ、一人や二人くらい引っかかるんですヨ」

「思った人にしか俺は言わない」

「あの、私はもう行ってもいいですかね?」


 命令だとか、来ればわかるとか。

 時間はあると行っても有限なのだ。


 グロッキーなウメボシを抱え上げようと屈んだ時だった。




「おぉ、連れてきてくれたのか」


 つい先日聞いたばかりの、しゃがれた声が少し遠くから聞こえた。

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