23,可愛いの真逆
「ということがありました」
「それでそのクマか」
ウメボシに指摘され、目の下を軽く擦った。
体力おばけの称号を持つステラでも夜更かしでこの有様。
イライザは一体どんな顔色でこの部屋を出て行ったのだろうか。
そして、尚怖いのはイライザの酒の強さだ。
夏生まれのステラは、すでに年齢は成人を迎えている。
しかし成人式を皆で迎えるまで、酒には手を出さないと決めているのだ。
だがイライザは胸を張って成人と言える年。酒瓶を片手に語るわ語るわ。
「随分と盛り上がったのだな」
「カルバン先生の悪口に仕事の愚痴にゲパルさんの女癖の悪さとガザン様の悪戯好きと……」
「もうよい、聞かずとも内容の想像など容易いわ」
「み、実りのある内容だったよ⁉」
少なくともステラとイライザにとっては、だ。
わずかの睡眠時間で、それも寝坊せずこんな早朝から体動かせるのは素直に凄いと思えた。
流石王国騎士団、恐るべき体力と精神力である。
「異国の地で友人が出来て良かったではないか」
「それは嬉しい。嬉しいんだけどね? 結局国王様にも会えなかったんだよ」
「なんと。本末転倒ではないか」
「会う努力はしたんだよ」
テイクアウトを部屋に持ち帰ると、イライザは早速と酒瓶の蓋に手を掛けた。
その手を止めたのが、ステラだった。
「待ってください! 国王様にまだ挨拶してないです!」
「あぁ、それなら先ほどゲパルからパピオンレターが来ましたよ」
「なんてですか?」
「今日はドルネアートから来た公爵令嬢をもてなすので、挨拶はできないと。では、ステラ嬢、早速話の続きを」
「……ってな感じで」
「そうだったか。まぁエドガーが泊まって良いと言ったのだ。もうよいのではないか?」
「問題はないだろうけどさ」
サンドイッチの横に置かれていた柑橘水をコップに注ぎ、口の中に流すと奪われた水分が再び蘇った。
「大体国王とは多忙なもの。一観光客が面会しようなど不可能ではないか」
「普通に考えたらそうだよね。でもイライザさんやゲパルさんがあまりにも嬉しそうに話すから、一度会ってみたかったんだよね」
分け隔てなく部下や国民に接する、心優しき王。
太陽の国を収めるその人物はどんな人なのか。他国の、それも立場も何も無い小娘が思うのも烏滸がましいが、ひと目見たかったのだ。
あと数日間の間に、会える機会があることを祈るばかりである。
「今日はどうするのだ?」
「この国に来た大本命! スピカ姫について調べようと思ってる。
とりあえずスピカ姫について詳しい資料がある所が博物館だって。昨日イライザさんから教えてもらってるから、場所はばっちり!」
親孝行が終われば、今度はこの眼だ。
長年苦楽をともにし、最早戦友とも言える。
この眼には悪いが、ステラとてクロノス・カーニバルに参加したい。
その期間中に大人しくしてくれる手がかりを、この旅行中になんとしても突き止めたかった。
ステラ達が寄宿舎の廊下を歩いていると、中庭らしき場所が窓から見えた。
小さな噴水があり、まるで秘密基地のよう。
「あの噴水、ちょっと変わってるね」
「人がモチーフになっているのか? そちらから行けそうだぞ」
「勝手に入ってもいいのかな……」
「あぜ道が出来ておる。立ち入り禁止ではないだろう」
トリップマジックにより、一人と一匹は全てが変わって見えていた。
よく見かける庭なのだか、何故だか無性に興味が湧く。
一歩足を踏み入れると、まるで切り取られた箱庭のようだ。
澄んだ空気と、汚れの無い小鳥の囀り。
ほのかに香る潮の香りで、寝不足の頭が冴えた。
ガサガサッ……
「わ、リスがいる!」
垣根の向こうから、小さな陰が飛び出してきた。
リスはステラ達の姿を見つけると、興味深そうに様子を伺っている。
「丸々としておるわ。さぞかし良いものを食べて暮らしているのだろう」
「待て待て待て待て狩ろうとするな!」
「なっ⁉ この小生が野生のリスを狙うなどっ‼」
「この涎はなんなのさ‼」
「はっ⁉」
末恐ろしや。
ステラよりもはるかに多くサンドイッチを食べたと言うのに、まだ入るらしい。
食べても食べても食べ足りないと言うが、一体どこまで食べることができるのだろうか。
本来の姿が姿なので、もしかすると食事料が足りていなかったのかと一時反省したこともある。
だがウメボシを抱いてその重さで確信した。
全部脂肪になっている。
「食べるわけ無かろう! それにここの動物達は誰かに飼われておるぞ!」
「こんな寄宿舎でぇ?」
「ほれ、リスがステラに寄ってきたぞ!」
確かに。
ステラの足に、チリッと痒みが駆け上がった。
犯人はリスだ。
「わっ! 本当だ、人なつっこい……!」
「ほれ! 小生の言う通りだろう!」
頬に毛皮があたり、擽ったい。
肩に手を寄せると躊躇する様子も無く、小さな命が掌にやって来た。
近くのベンチに腰を掛けると肩に鳥が止まり、ちょっとしたふれあいパークになった。
「まるで楽園だね。絵本の中みたい」
「時間忘れてしまうようだな」
不安も心配も無い、あまりにも平和な空気。寝てしまいそうだ。
一瞬ステラの意識が微睡むと、ふと頭上が暗くなった。
肩の鳥が羽ばたき、リスも手から駆け下りる。
「な、に……?」
当然の疑問である。
太陽が雲に隠れたのだろうか。あんなに晴れていたのに……。
何気なく頭を後ろに向けると、ステラは思考が止まった。
「…………」
「は、へぇっ……⁉」
「何者だッ‼」
ステラが腰を抜かすのも当然だった。
後ろに立っていたのは、ステラが二人縦に寝転んでようやく届くであろう、巨漢だ。
ソフトモヒカンは一糸の乱れなく、片方の目には切り傷が入っていて、閉ざされている。
見上げていると、まるで踏みつぶされる感覚に陥るのは身長差のせいだけじゃない。
一言も言葉を交わしていないが、纏う空気でわかる。
この男は、只者じゃない。
「下がれステラ! ここは小生が‼」
「ウメボシ‼」
ベンチから勇敢に立ち上がったウメボシが、その重そうな身体から想像できないほど軽やかに、飛び上がった。
渾身の一噛みが、その男の手に届こうとしたのだが。
「はふんっ……!」
「…………」
「う、うそ……」
その巨大な身体から想像ができないほど、俊敏な動きだった。
男は襲いかかるウメボシを、まるで包み込むかのような動きで抱き抱えたのだ。
そしてあろうことか、その首元と腹を巧妙な手つきでまさぐっている。
「やめろっ、なふっ……デュフフフフッ‼」
「や、やめてくださいー!」
見るも耐えない、だらけきった顔だった。
ステラ以外の手に蹂躙されるなど、初めてのことである。
何が起こっているのかと理解出来ないまま、とにかくウメボシを救いだそうと試みて手を出した。
それが間違いだったのだ。
「ステラ・ウィンクルだな」
「ぅえ、」
世界が反転した。
セレスタンは逆さまから見ても美しい。
じゃなくて‼
「来てもらおう」
「だ、誰か――」
「叫んでも無駄だ」
絵に描いたような悪役のセリフである。
あっという間にその腕を絡め取られたステラは、ウメボシとの扱いと真逆に米俵よろしく担ぎ上げられた。
これ誘拐犯? 逮捕案件じゃね?
抵抗も空しく、謎の男に連行されるのだった。
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