22,後悔はしないで 2
「こっちです。足元に気をつけてください」
「ありがとうございます」
段差があるところで、イライザがステラに差し伸べた。
同性だと言うのにドキドキしてしまう。イケメン女子代表か。
これは同性からもさぞかし人気が高いだろう。
一歩宮殿から外に出ると、ステラ達の横を見慣れた鎧が横切った。
ドルネアート国の王国騎士団達だ。
「レオナルド達以外にも来ていたんですね」
「一部隊が護衛として来国したみたいですよ。
……で、ステラ嬢はレオナルド皇子と何かあったんですか?」
「な、なんでわかったんですか?」
「なんでって……態度があからさま過ぎて、誰でもわかりますよ」
「うっ……何かあったっていうか……」
告白された後、のらりくらりと躱しています。とは言えない。
言葉に困っているとイライザが心配そうにステラの顔を覗き込んだ。
「もしかして喧嘩でもしているんですか?」
「喧嘩じゃないんです。ただ私が一方的に避けているだけです!」
早く返事をしないといけないと思っていたのだが、今日の今日で自信が少し薄れてしまった。
原因はわかっている。フェリシスの存在だ。
瞼の裏にはお似合いの二人がはっきりと焼き付いている。
ステラは、幼い頃こそ自己肯定感が低かった。
大人になるにつれ、夢とともに、その自己肯定感が上向きになっていった。
人間としては、素晴らしく、正しく成長できたただろう。
だが女としての魅力が今一掴めていないのが、仇となってしまった。
「エドガー様からお二人の間からは少しだけ聞いています。なんでも学生時代は、お互い良いライバルだったと。卒業試験でも随分と評価されていたと小耳に挟みました」
「大袈裟ですよ! 私とレオナルドは、そこまで親密な……」
関係じゃありません。正直者のステラは、自分の気持ちに嘘をつけなかった。
イライザはそのことを見抜いているのだろう、その薄い唇に笑みが浮かんでいた。
「お二人がどういう関係か、私は存じ上げません。
けど、一つだけ言えることがあります。
ステラ嬢がレオナルド皇子に対して抱いている気持ちが、たとえ友情であっても愛情であっても、意固地になって今のままを貫くのはお勧めしませんよ」
「重みのある言葉ですね」
「経験者ですので」
「全く笑ませんよ」
「ここは笑って欲しいです」
笑えるか。
暑いけれど、カラッとした空気のお陰で嫌な暑さじゃない。
南国の風を浴びながら歩くと、蒼い屋根の建物が見えてきた。例に漏れず、その壁は雪のように白い。
「……これは一人言ですが」
「はい?」
「素直に慣れる内は、素直になって置いた方が良いです。
後悔しないでください」
「だから重いですって」
「経験者ですので」
またそれか。
ほんのちょっぴり人生の先輩によるあるがたいお言葉を脳みそに刻み込んでいると、イライザの脚が止まった。
ステラが見つけた、蒼い屋根の建物だ。
道の脇に看板が出ており、本日のお勧めメニューが書かれている。
昼も過ぎていると言うのに、大勢の人で賑わっていた。
「ここです」
「結構人が入っていますね」
「今日は休日ですからね。時間を外してゆっくりしようとする人が多いのかもしれません」
磨き上げられた硝子の向こうを観察すると、あることに気付いた。
女性同士の客もいるようだが、どうもカップルが多いようだ。
なるほど、デートにもピッタリな店ということか。
入店するイライザの背中にくっついて足を踏み入れた。
「どれもおいしいんですよ。何ならシェアしましょうか」
「いいですね。どれにしようかな」
ページを捲っていくと、思った以上に食事のメニューが豊富だ。
後半ページには甘い系のパンケーキが、大きくポップなイラスト付きでカラフルに描かれている。
生クリームを追加できたり、フルーツの変更やソースの種類。
選択肢は無限だ。
「(……レオナルド、喜ぶかな……)」
あまり周りに認知されていない、レオナルドの甘党の一面を思い出す。
この非公開情報を、あの令嬢は知っているのだろうか。
イライザとの会話の流れで、頭の中にレオナルドがこびりついている。
慣れた様子で注文をするイライザに視線を移すと、あることに気付いた。
「(うわ、皆イライザさんを見てる……!)」
気付いているのかいないのか、涼しげな顔で淡々と注文を熟していく。
そんなイライザに、周りの男達は熱い視線を送っていた。
ドルネアートであれば、そんなことが起こると彼女のほうはブチ切れる。
だが流石美しさと比喩する国。女性の方までイライザに釘付けだ。
メニューを読むフリをして、ステラもイライザの顔観察する。
強さ抜きにしても、ド級の美人。スタイルもよければ性格も良くて、優しいと来た。
神は万物を与えたか?
「ステラ嬢? 聞いていましたか?」
「聞いていませんでした」
「素直ですね。何か気になる事でも?」
「本物の美人だなと思って。カルバン先生にはもったいない……あ」
言っちまった。
心の呟きが滑るように口から転がり出た。
「す、すいません!」
「いいんですよ。カルバンはステラ嬢の担任だったらしいじゃないですか。気になるのも当たり前です」
「そんな事は、あります」
「本当に正直ですね。
ほら、パンケーキが来ましたよ」
タイミングを見計らったかのように、大量の生クリームが乗せたパンケーキが二つ運ばれてきた。
近くで見ると迫力が桁違いだ。生クリームの山は夢の固まりといってもいい。
ステラとイライザの間でちょっとしたパーテーションになる。
「早く食べましょう。クリームが溶けてしまいますよ」
「すごい、食べきれるかな……」
「見た目より軽いので大丈夫ですよ」
「どれどれ。……ほんとだ! くどくない!」
おいしいものは全部食べ尽くしたのかと思っていたが、そうでもなかった。このパンケーキも是非母に食べて欲しかった。
一切れ口に運ぶと、素直な感想が転がり出た。
この一週間で、母が回りきれなかったところを把握しておこう。
そしてまた母この国に連れてきてあげるんだ。
ステラはふわふわのパンケーキに、再びナイフを入れた。
「それで、カルバンと私のことが気になるんでしたっけ?」
「ちょ、ちょっとだけですよ」
この事実を知れば、気になるのはステラだけでは無いはずだ。
頭の中に思い浮かぶ顔は、旧友たちの面々である。
きっと彼らがステラの置かれた状況を知ったら「絶対情報をつかんでこい」ミッションを与えられるだろう。
「何も面白い事はありませんよ。
数年前にセレスタンとドルネアートで交流大会があったんです」
「なんですか、そのめちゃくちゃ面白そうな大会は」
分厚いケーキを切る手を止め、甘美なる言葉に食らい付く。
参加したい、今すぐに。
ステラの熱い要望は、音にしなくてもイライザへ十分伝わっていた。
「数年に一度行われるんです。また数年内に開催されますよ」
「来年くらいに企画されないですかね……じゃなくて。もしかしてそこでカルバン先生と?」
「お察しの通りです。そこでステラ嬢の上司であるジェラルドさんやブランカさん達とも出会いました。
そして、カルバンとも……」
イライザの顔が陰った。
あ、ダメだ。
ここから先はイライザだけの世界。
ステラが踏み込んではいけない、大切な領域。
「イライザさん!」
「んぶっ⁉」
右手に持ったフォークには、生クリームのたっぷり乗っかったパンケーキ。
それはイライザの唇を汚しても尚、甘い香りを放つ。
「これ、凄い美味しいです!」
「え、えぇ、私も好きです」
「メニュー見てたらテイクアウトもあるそうです!」
半ば強引にイライザの口へパンケーキを押し込むと、ステラは次の一口を切り分けた。
「いっぱい買って、部屋で愚痴聞きます!
生徒だった私なら、きっとイライザさんに共感出来ることが多いと思うんです!」
男と女のことなんて、無限に答えがあるし無限に形の数がある。
色々学んだ、ステラなりの答えだ。
興味本位で人様の色恋沙汰に首を突っ込むもんじゃ無い。
「いいんですか? 夜超えますよ?」
「どれだけ溜まってるんですか」
尚更ガス抜きが必要じゃないか。
パンケーキに乗った生クリームのように、時間はまだたっぷりある。
暫くお世話になる同居人にこの夜を捧げると、ステラは胸に誓った。
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