21,後悔はしないで 1
セレスタンの朝は意外と涼しい。
ヒルおじさんに予約してもらったホテルと殆どランクは変わらないであろう、高級ベッドの上でステラは大きく伸びをした。
清々しく爽やかな最高の朝だ。
部屋履きを履いてベッドのキャノピーを開けると、そこには誰もいない。
家主のイライザは今日は仕事だ。
机の上には布がかかったバスケットと、一枚の紙が置いてある。
「(おはようございます。私は朝一で鍛錬があるので、起こさずに出て行きます。
朝ごはんを置いておくので、もしよろしければ食べてください……こんな時間から仕事なんだ)」
壁の時計は、まだ早朝と言える時間。
何時からイライザは出て行ったのだろうか。
かかっていた布を外すと下から出てきたのは、卵や新鮮な野菜が挟まれたサンドイッチ。
朝から軽く食べられる、ありがたいメニューだ。
指を鳴らして呪文を唱え、ウメボシを呼び出す。
「おはよう。朝ご飯だよ」
「サンドイッチか。腹ごなしにはちょうどいいな」
「腹ごなしじゃなくて、朝ご飯だってば」
こんな小さな身体で、よくもまぁそこまで食べようとするものだ。
といっても、本来の姿があの大きな九尾の狐なので、もしかするとそっちに変化したときのためのエネルギーに……いや、やめておこう、この考察は身にならない。
サンドイッチを二切れウメボシの前に置いて、新鮮なレタスが挟まれたサンドイッチを己の口の中に押し込んだ。
「昨日はどうだったのだ? イライザと二人で街を回ったのだろう?」
「それが気になることがあってさー」
二つある椅子の一つに深く腰をかけたステラは、寝癖を手で直しながら昨日のことを話し始めた。
******
ステラを部屋に案内し私服に着替えたイライザは、直ぐに浴室から戻ってきた。
ホットパンツにチューブトップという、なんともセレスタンらしい格好だ。
鍛えられて、しなやかに付いた筋肉が美しい。
そして何より気になるのは、そのホットパンツの後ろに隠された二つの短い武器。
「イライザさんの腰にあるのって……」
「ああ、これはダガーですよ」
「ダガーって、刃渡りが凄い短い剣ですよね? いつも持ってる、あの長い剣は装備しないんですか?」
「勤務中は規定に決められた刃渡り内の武器えお装着しています。
私の本当の愛用武器はダガーなんですが、あいにく規定外でして」
「規定なんてあるんですか? 厳しいですねぇ……」
愛用の物が使えないのは、さぞかしもどかしいだろう。
今は一般人としてセレスタンに滞在しているため、目立つトンファーは持ち運べない。
そのかわりにフワフワとしたシフォンの中に、ナックルだけは仕込んである。
愛着のある武器が近くにあるだけで心強いが、イライザは普段相棒と離れて仕事をしているというのか。
考えられない、ステラなら発狂する。
「使い慣れた武器が無いと不安じゃ無いですか?」
「普段使っている剣も慣れたから、平気です。
一応隊長格は、何かあっても対応できるようにプライベートでも武器を帯刀することが許されているので、勤務外はダガーを使っているんですよ」
「ほぉ……」
「どうぞ、触ってみますか?」
「いいんですか⁉」
伝説のスピカの眼によく似た(本物である)瞳で見つめられれば、大切な武器でもつい触らせてあげたくなるのだろう。
手馴れた様子でダガーを取り出すとステラに手渡した、
「凄い、肌に当てるだけで切れそう」
「いざというときのために磨き上げているので。気を付けてくださいね」
ダガーをシャンデリアに翳して眺める。
手の中に収まったダガーは、確かに握り心地が良い。
普段刃物を取り扱わないステラには少々戸惑いもあるが、慣れればうまく取り入れることができるだろうか。
「前に上司から剣を借りて振ってみたことがあるんですけど、てんでダメで……。私でも扱えそうな刃物を探しているんですけど、お勧めありますか?」
「トンファーを自由自在に操られているのであれば、このダガーがお勧めですよ。身体に近いので、感覚も掴みやすいのではないでしょうか。少し練習するだけで、きっと使えますよ」
刃を傾けると自分の顔が映った。
それは毎日手入れがされている証拠、イライザの愛着のしるしだ、
曇りのない音を立ててダガーをイライザに返却した。
「ステラ嬢の上司というと……ブランカさんですか?」
「ブランカ先輩も上司ですけど、剣を借りたのはジェラルド副署長で……あれ、なんで知っているんですか?」
「まぁ、色々」
色々ってなんだ、色々って。
深く突っ込もうとするが、イライザが上着を羽織ったので言葉を引っ込めた。
「少し遅くなりましたが昼食にいきましょう。近くに評判のいいカフェがあるんです。パンケーキの種類が豊富で、地元民にも人気な店なんですよ」
「賛成です!」
朝からガザンとハードなバトル繰り広げたステラの腹は、少し前から悲鳴を上げていた。
上司をどうして知っているのかという疑問は、食欲の目では些細なことだった。
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