20,振られていませんよ


「すいません、エドガー様も立場あるお方なので……それもドルネアートの重要人物をなると、どうしても顔を出さなければ示しが付かないんです」

「それはいいんですが、イライザさんは行かなくてもよかったんですか?」

「私は休みなんです」


 福利厚生がしっかりしていらっしゃる。

 それで同じ立場のゲパルが同行したと言うことか。


 寄宿舎のだだっ広いホールを抜け、中庭の横を通り過ぎる。

 この大きな建物で一体何人の人間が収納できるのだろうか。


「すいません、折角の休みに付き合わせてしまって……」

「謝らないでください!

 それに、私も一度ステラ嬢とゆっくり話してみたかったんです」


 イライザは一つの扉の前で脚を止めた。

 ポケットから鍵を取り出すと、躊躇なく鍵穴に差し込む。


「少し残っていた仕事を終わらせたら、ステラ嬢に会いに行こうと思っていたんです。

 そしたらまさかガザン様に先を越されるとは思いませんでした」

「なんというか……お年の割にお元気ですね」

「家臣一同苦労しております」


 騎士からこんな軽口が出てくるのは、信頼の裏返しだ。


 重い音を立てて、扉が開かれた。



「ここが私の部屋です」

「……は?」


 ステラは目が点になった。

 何故なら通された部屋は、まるで貴族が住まうような豪華絢爛な部屋。

 厚手のカーテンは遠目から見ても上等な物で、机から椅子まで細部にこだわり抜いた物だろう。


 これが寄宿舎? 嘘つけ、さっきのホテルと遜色ないぞ。


 慣れた様子で剣帯を外すと、優にクイーンサイズはあるベッドの上に放り投げた。


「ステラ嬢は仕切りの向こうにあるベッドを使ってください。後で使用人に言って毛布を持ってこさせますね」

「や、宿代は……? 一体いくら払えばいいんですかっ⁉」

「え? 別にいりませんけど……」

「こんな立派な部屋にただで一週間⁉ わかりました、毎日この寄宿舎の掃除します‼」

「急にどうしたんですか⁉」



 庶民代表のステラにとって、現実的ではない。

 喜びより断然申し訳なさの方が勝る。


「それか中庭の一角に泊めさせてもらえませんか? 大丈夫です、外で寝るのは慣れていますから!」

「許されるはずがありませんよ⁉」


 イライザは目をひん剥いて、首を大きく横に振った。

 くそう、こんなことならキャンプ用品一式を持ってくれば良かった。


「とにかく! 私は着替えてくるので、荷物を置いてここに座っていてください!」

「ま、待ってください、イライザさんー!」


 良心的や過ぎないか?


 ステラに追いすがられる前に、イライザは別室へと逃げ込むように姿を眩ませたのだった。




 ******




「……では、フェリシス嬢には別館にて部屋を用意しております。何か足りない物があれば近くの者にお声がけください、直ぐにご用意いたします」

「急な訪問だというのに、感謝致しますわ」

「当然のことです」


 エドガーはにこやかに椅子に腰掛け、ドルネアート国の公爵家長女に歓迎の意を示す。

 後ろでは表情筋一本も動かさないゲパルとニーナは控えていた。


「わたくし、この国には初めて来ましたのよ。少し不安だったけれど、エドガー様のお気遣いで心が晴れましたわ。

 ねぇ、レオ様!」

「そうだな」


 でっかい鏡か?

 とでも言いたくなるほど、こちらも表情筋を動かさない。


 フェリシスの後ろに控えるのは、カルバンとレオナルド。

 護衛として存在する二人は、緊張感を纏っている。


「こちらの衣装も何点か用意しました。フェリシス嬢のお気に召すといいのですが」

「まぁ! わたくしも興味がありましたの! エドガー様、もしよろしければ今から見せていただいても?」

「もちろん。ならニーナに案内させましょう」

「かしこまりましタ」


 女性の着替えに男が同席するなど以ての外。


 踊り出しそうな程気分が上昇しているフェリシスを送り出すと、扉が閉まった。


 次の瞬間。能面博覧会は閉会となる。


「ア~~‼ 固っ苦しイ‼」

「肩が凝るなー」


 ゲパルが大きく伸びをして、カルバンは猫背に戻る。

 普段の姿を偽るほど、ストレスが溜まる物は無いだろう。


 急に緩んだ空気に、エドガーは苦笑を零した。


「それにしても、本当に急だね」

「なんでも成人になる前の思い出作りだとか」


 注がれたハーブ水の爽やかな香りが、レオナルドの鼻孔をくすぐる。

 一気に飲み干すと、程よい冷たさが身体に染み渡る。この気温になれていない身体に嬉しい。


「そんなことより、なんであいつがこの国にいるんだ?」

「ステラかい? なんでも母親と旅行に来ていたみたいだよ。今朝方母親は帰ったみたいだけど、今から一週間くらいステラ一人でセレスタンを観光するんだって」

「そう、か……」

「レオ」


 いつも冷静淡々としたレオナルドに、明らかな動揺が見える。

 エドガーは苦笑しながらハーブ水を注いだ。


「仲直りはしたのかい?」

「仲直リ? ステラと喧嘩でもしていたのカ?」

「それがですねー、聞いて下さいよお二方ー」


 死んだ魚のような目が。面白そうに歪められた。


 自分より少々背の低いレオナルドの肩を抱き寄せるカルバンの顔は、遠慮なく破顔している。


「こいつ、ステラに振られたんですよー」

「え」

「ふぅン……」


 方や固まり、方や目を細める。

 その場にいる誰もが気付かないが、レオナルドの眉間に一瞬の皺が寄った。


 こいつ、楽しんでやがる。


 以前ドルネアートで起こった立てこもり事件の末を、唯一見届けていた厄介人だ。

 口止め料に酒を送っておくべきだったか。


「振られていません」

「えー? だってお前が言い寄ったら噛み付かれていただろー」

「噛み付かれていません。あれはカルバン副団長の手だったじゃないですか」

「……でも、この間ステラに掌底お見舞いされていたよね?」


 風向きが悪い。非常にもの凄く悪い。


 三杯目のハーブ水を勢い良く流し込むと、声のボリュームを一個上げた。


「振られていません。あれはステラなりの照れ隠しです」

「つってもなぁー。どう見ても拒絶されていただろー」

「嫌がる女性に無理矢理迫るのは良くないよ」

「だから! 同意の上で‼」

「同意の上ぇー? 随分と変わったプレイだなー」


 こ い つ ら は ‼


 揃いも揃って好き勝手言い放題だ。




「(へェ……こいつラ、中々面白そうだナ……)」


 なんとか誤解を解こうと奮闘するレオナルドを眺めながら、ゲパルが舌なめずりをした。


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