19,元カノ



「イライザさん! 待ってください、イライザさん!」

「おイ、痛がっているゾ。離してやレ」

「……あ、すいません」


 問答無用で腕を掴まれ、王宮の中を無心で突き進んでいく。


 ステラより多少長い脚がようやく止まり、ステラは無事解放された。

 こちらとしてはあの場を切り抜けられたので好都合だが、どうもイライザの様子が可笑しい。


「急にどうしたんですか? なんか、ちょっと雰囲気が可笑しかったというか……」

「そりゃ可笑しくもなるわナ」

「どういうことですか?」

「ゲパル! 余計なことを言うな!」


 焦ったイライザがゲパルの口を塞ごうとするが、もう遅い。


「付き合ってたんだヨ。こいつとカルバン」

「……え、え、えぇぇぇぇええ⁉」

「くっ……お前、覚えておけよ……!」


 この国で唯一の女性王国騎士団隊長のイライザ。

 その地位は、恐らく数多の男を退けて得た誉れ高き勲章だろう。


 そんな彼女が、力こそ美しさと称するセレスタンでモテないわけない。

 なんなら先程のゲパルに振っかかる黄色い声の中に、イライザを讃える声も混じっていた。


「なんでカルバン先生⁉ あんな死んだ魚のような目で鳥の巣頭で……⁉」

「強いからだロ」

「つよ……まぁ、確かに強かったけれど……」


 アルローデン魔法学校の卒業試験でも、防犯教室の乱入事件でも、ステラがカルバンに勝てた試しはない。

 彼はれっきとした王国騎士団副団長。ドルネアート国で二番目に強い男なのだ。


「ん? 待ってください、付き合っていた? 過去形なんですか?」

「おウ、元カノってやつだナ」

「……」

「あ、ゲパルさん、イライザさんの目がヤバいです」


 これ以上話を深くすると、その腰に刺さった剣が暴れ出すだろう。

 命は大切にしたものだ。


「(……あれ? でもカルバン先生ってエドガー師範にお熱じゃ無かったっけ? 発覚したのが学校の卒業式だから……最近目覚めたのかな?)」


 残念なことに、ステラの中でカルバンの想い人はエドガーと固定されてしまったようだ。

 カルバンがここにいれば「だぁーかぁーらぁー‼ 違うっつってんだろー‼」と鬼の形相でステラに詰め寄ることだろう。


「私達はもういいんです、終わったことなので」

「そ、そうですよね! イライザさんにはもっといい男がいますよ!」

「そうダそうダ! さっきのレオナルド皇子なんていいんじゃないカ? あいつも中々腕が立ツ……ステラ、人三人くらい仕留めてきたカ?」

「え、そんな顔してました?」


 どんな顔をしていたんだ。

 ステラは自分の頬を叩き、表情筋を緩めた。


「私情で急がせて申し訳ありませんでした。折角王宮に来たのに、碌に見学もできなかったですよね」

「いえ! ここからじっくり見ます!」


 厳かな造りなのは勿論だが、やはりアルローデン城とはデザインからして違う。

 美しいのはもちろん、長い歴史を感じさせる。


 廊下の端で頭を下げる使用人達が着用しているのは、大きな布のようなものだ。

 順序は分からないが、器用に身体に巻き付けてエキゾチックな雰囲気。


 ドルネアートとの文化の違いが、この宮殿に縮小されていた。


「(こんなに凄いなら、お母さんも連れてきてあげたかったな……)」


 盲点だった。


 ガイドブックに城が見学出来ると、確かに書いてあった。

 だがアクティブ派のステラとラナは、基本屋外で遊び食べて歩き倒す。


 ここまで見応えがあるのならば、来るべきだった。


 今朝別れたばかりの母を想い、悔やむ。




「ステラ!」


 自分の顔が映りそうな程ツルツルに磨きあげられた、よく分からない焼き人形に顔を近づけていると、どことなく高貴な足音が慌ただしく聞こえてきた。


「師範!」

「イライザから連絡が来て驚いたよ! もっと前に教えてくれれば、迎えに行ったのに……!」

「忙しい師範にそんなこと頼めませんよ!」


 どこの国に皇太子を手紙で呼びつける警察官がいるというのか。


 そこまで久しぶりでもない再会を喜んでいると、エドガーの後ろに控える人物に気が付いた。


 ピンク色の髪に、褐色の肌。

 以前レオナルドから教えて貰った情報が、珍しくパッと頭に思い浮かぶ。

 コンマ数秒でピースが組み合わさった。


「師範、そちらの方はもしかして……」

「彼女はニーナ。以前少しだけ名前を出したかな、僕の護衛だよ」

「ご挨拶するタイミングを逃してしまイ、申し訳ありませン。ご紹介に預かりましタ、ニーナと申しまス」

「よろしくお願いします……」


 あれ、左手利き?


 握手を交わすため、差し出されたのは左手。

 左手での挨拶は、敵意を表すとヒルおじさんから教わったことがある。


 一瞬違和感を覚えたが、友好的な笑みに違和感は一瞬で消える。

 きっと自分の思い過ごしだろうと、ステラは手を固く握った。。

 

「ニーナは元々王国騎士団に所属していたんです。ですが、その腕を買われてエドガー様の護衛に抜擢されたんですよ」

「っていう事は、エリート中のエリート⁉」

「褒めすぎでス!」


 ゲパルと似た独特のイントネーションだが、、態度はまるで対照的。


 流石強さが美しさと謳われる国だ、実力主義が素晴らしい。


「ニーナは怒らせないほうが身のためだゾ。一度キレると厄介だからナ」

「え」


 なんだその物騒な情報。


 ステラの耳元で、ゲパルの低い声で囁く。


「それは本当だよ。この間はニーナを撒いてドルネアートに来国したんだ。帰国後はこってり絞られたよ」

「それはエドガー様の身から出た錆かト」

「そうですよ。とうとう国王の放浪癖が移ったのかと、一同心配しました」

「……師範って私の知ってる王族の中では唯一まともだったんですけど、もしかして問題児なんですか?」

「まさか。自分で言うのもなんだけど、割とまともな方だよ」


 自称まともと言い切る人間ほど、まともな人間はいない

 古来より伝わるお約束である。


「それより一週間、この国にいるんだって?」

「あ、そうなんですよ。

 それで宿を取ってないから、イライザさんの部屋に一週間お泊まりさせてもらおうと思って。 部外者が勝手に泊まるのもダメかなと思ったので、国王と師範に挨拶しに来ました!」

「寄宿舎に泊まるのは別に構わないよ。父も快諾するはずだ。

 帰ってくるのはもう少し遅くなりそうだから、僕からも声をかけておくよ」

「ありがとうございます!」


 事は順調。

 心配をかけないように、夜にでも母に手紙を書かなければ。


「先に案内しましょう。少し道が複雑なので、道順を早めに覚えた方がいいですね」

「そーダ! 夜に俺と枕パーティーでもしないカ?」

「イライザさん! あの犬みたいな置物はなんですか⁉」

「あれは厄を追い払う神の化身で……」


 ゲパルの誘いなど、聞いちゃいない。


「この俺の誘いに乗らないとハ……ふン、おもしレー女ダ……」

「うワ。その台詞言う人間を初めて見ましタ」

「ね。僕も都市伝説化と思っていたよ」

「エドガー様もニーナも分かっちゃいなイ。こういうのハ、良い男が言ってこそ価値があるんですヨ」

「自分で言うカ?」

「まぁ国民達から人気があるのは事実だけどね」


 ごつい犬に模した銅像の解説を受けるステラの横顔を、エドガーが眺めた。

 その瞳の中の蒼い星が、興味と好奇心で輝いている。


 数年前から変わらないその光をもう少し眺めていたいが、残念ながら皇太子は多忙の身なのだ。


「ごめんねステラ。一緒に案内したいのは山々なんだけど、僕達はこれから仕事なんだ。なんでもドルネアートから公爵家の人物がやって来たらしくてね」

「謝らないでください! 急に押しかけてきた私が悪いんですから!」


 前言撤回しよう。やはりエドガーはステラの知る王族の中で最もまともである。

 皇太子というのに、その腰の低さは一体どこから来るのだろうか。


「ステラ嬢、私達も参りましょう」

「はい!」


 宿も確保でき、知り合いにも合流できた。


 初めて見る宮殿に心をときめかせる裏では、外で擦れ違った寄り添う美男美女が燻っていた。

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