18,見たくない組み合わせ
「あレ、なんでこんな所にレオナルド皇子がいるんダ?」
「何も報告は上がっていなかったが……向こうの王国騎士団の鎧を着用しているな。仕事だろう」
条件反射だった。
ステラは隣に立っていたゲパルの背中に、身を引っ込めた。
「どうかしたのカ?」
「いや、何でもないです。お気になさらず」
「どうやっても気にするだろウ」
出会って一時間も経っていないゲパルに不審な目を向けられようとも、階段から降り注ぐ視線からはどうしても逃れたかった。
「お二人は奴と知り合いですか?」
「奴……レオナルド皇子ですか? 会う機会は何度もあります。エドガー様の護衛や、偶に交流大会などもありますから」
「今更頭を下げる間柄じゃないナ」
「なにそれめっちゃ楽しそう」
……って、そうじゃない。
ステラはもう一度ゲパルの背中に小さく隠れた。
こちらも驚いたが、向こうも驚いていた。
それもそのはず。だって、お互いセレスタに行くだなんて、連絡を取り合っていないのだから。
「そういえばステラ嬢とレオナルド皇子は学友でしたね」
「そういやぁ、エドガー様がそんなこと言っていたようナ……」
「あの、なんとかして奴を追い払ってください! とっとと帰れって!」
「すげー言われようだナ」
ステラとて、自分が逃げていることくらいわかっていた。
レオナルドの告白をうやむやにして、自分の気持ちを伝えられていない。
そんな中途半端にした張本人なのに、知らない女性と二人でいることに酷く腹が立った。
まるで恋人のように寄り添う二人は、絵に描いたようにお似合い。
なぜこの国にレオナルドがいるのか、問いただす前に醜い嫉妬心カステラを駆り立てた。
「レオナルド皇子、お久しぶりです」
「あ、あぁ……久しぶりだな。イライザ、ゲパル」
「お元気そうで何よりでス。それで隣の綺麗な方ハ? 紹介してくださいヨ」
「彼女は……」
いつも淡々として抑揚の少ない声に、あからさまな動揺が含まれている。
ステラはゲパルの肩から顔を覗かせた。
あのプラチナブロンドの美女は、以前オゼンヴィルド家で見かけたレオナルドの婚約者候補だ。
あの時は髪色を変えての潜入捜査だったので、向こうはステラに気づいていないだろう。
一方的にステラが知っているだけだ。
「はじめまして私はフェリシス。フェリシス・メランダ・ミランジェスと申します」
思わず見惚れるような、見事なカーテシーだ。その立ち振る舞いから育ちの良さが窺える。
すると、急にステラの姿が丸見えになった
理由は一つ。ゲパルが地面にかがんだからだ。
隣ではイライザが同じように地面に膝を付き、頭を垂れている。
「ドルネアートの公爵家とは知らず、無礼を働きました。名乗り遅れて申し訳ございません。私はセレスタン国王国騎士団第一部隊隊長、イライザ・アットランと申します。」
「同じく、第二部隊隊長ゲパル・シュナイダでス。以後お見知りおきくださイ」
ほー……格好いい……騎士みたい……あ、騎士だ。
職の使命を果たすための挨拶が執り行われる中、ステラは一人だけ置いてきぼりのように立っていた。
「(……これ私も頭下げたほうがいいのかな)」
考えなくても、公爵家と王族だ。当然か。
ステラもゲパルの隣にしゃがもうとすると、フェリシアの声がステラに向かって飛躍した。
「まぁ、あなたはステラさんじゃなくて?」
「はいッ⁉」
予期せぬ声掛けに頭を下げるより前に階段を見上げてしまった。
何度見てもレオナルドが一緒にいて、何か言いたそうにステラを見つめていた。
落ち着かない様子のレオナルドの横で、まるでフェリシアが天使のように微笑んでいる。
オゼンヴィルド家にお邪魔した夜に見た、厳しい視線は一体何だったのかと問いたくなるほど穏やかだ。
「あなたのこともよく存じ上げていますわ。レオ様の学友ですもの、それにオゼンヴィルド家の事件では、随分と大きな功績を挙げましたものね」
「恐縮です」
それぐらいしか言えん。
目上の人から直接褒められるのなら、カンペが欲しい。気の利いた返しが出来るほど、場数を踏んでいない。
フェリシアの軽やかな声が、宮殿の前に転がる。
「今回はわたくしの我が儘でセレスタンに来ましたのよ。護衛なんて大丈夫とお父様に言ったのですけれども、どうせならばと思ってレオ様に来ていただけるようお願いしたの」
聞いてもいない情報が、これでもかと転がり出てくる。
フェリシアは、レオナルドの腕に自分の腕を絡ませた。
それに比例して、ステラの胸にコーヒーを何倍にも希釈したようがドス黒い感情が立ちこめる。
「ほら、もうすぐ秋でしょう? だからこちらの日差しも少しは弱まるかと思って。
過ごしやすい季節にレオ様とここにこられて、本当に嬉しいですわ」
なんでそんな女に腕で絡まれてんの?
王族は抜けるんじゃなかったの? 私のことが好きって言ったじゃん。
「三人共そんなところに膝をついていないで、どうぞお立ちくださいな」
「寛大なお言葉をありがとうございます」
せっかくのフィッシュテールのワンピースが少し汚れてしまった。
裾の汚れを払っていると、階段の奥から間延びした声が飛んできた。
「おーい、何やってんだー」
「カルバン副団長もご存知の顔じゃなくて?」
「カルバン、副団長……?」
嫌というほど聞き覚えのある名前だ。
すると、隣で小さな舌打ちが聞こえた。
ステラが顔を横に向けると、そこに居るのはイライザ一人。
「イライザさん、今舌打ちしました?」
「いいえ、何も」
「や、バッチリ聞こえてますよ」
「アー……」
一体何が彼女の気に召さなかったというのだ。
イライザとフェリシアを交互に見比べていると、とうとうその鳥頭が姿を現した。
「何か面白いものでも……おぉっ⁉ ステラか⁉」
「わー、ほんとにカルバン先生がいる……」
こんなに広い国一角で、なぜここまで顔見知りばかりに会うのか。
神様の思し召し? 信じちゃいないけど。
「ステラじゃねーかー! セレスタンで何やってんだー?」
「私は旅行です」
「旅行だぁー? そんな偶然……あ」
鳥の巣頭が風に揺れた。
レオナルドとフェリシスの横を通って、階段を駆け下りてくる。
彼の足は迷うことなく、ステラ達の元にやって来た。
「久しぶりだなー」
「話しかけないでもらえるか」
「そんな冷たいこと言うなよー」
「え? え?」
誰だこいつ。
いつもの死んだ魚の目はトロンと垂れ、恍惚の色を浮かべている。
あと、あれだ。なんか雰囲気が甘ったるい。
だというのに、イライザの声は随分と冷たい。
「また厄介な組み合わせだナ」
「イライザさんとカルバン先生って知り合いだったんですか?」
「知り合いっていうカ、なんというかだナ……」
ごにょるゲパルの言葉を待っていると、イライザに手首を掴まれた。
それはもう、肉食獣が獲物を確保するが如く、ガッチリと。
「ステラ嬢、行きましょう」
「えっ⁉ あ、いいんですか⁉」
イライザは、カルバンに一瞥もくれることなく、ステラの腕を掴んだまま階段を駆け上る。
すれ違いざまにレオナルドからの視線を感じたが、もちろんそれは見なかったこととする。
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