17,世間は狭い


「(スピカの眼……やはり本物であったか)」


 高い建物の上から、ガザンは三人の頭を見下ろしていた。

 その綺麗に整えられた髭をさすり、イライザとゲパルと話すステラの旋毛を観察する。


「厄介じゃのう。色味だけでなく、まさか未来も視えておったか」


 ひったくりと称してステラの眼と力量を試した時だった。

 捕縛魔法を繰り出したステラは、まるで自分の動きを読んだかのような軌道で、ガザンを捕らえようとしていた。

 あれはただの勘ではなく、ガザンが選んだ道に確信を持った上での攻撃だったのだ。


「この世に出ぬよう隠しておったか。だがこの地に来れば、知ることとなるだろう。


 どうする……ヒルベルトよ……」


 セレスタンの強い太陽は何も答えることなく、ゲパルを照らし続けた。




 ******




「えっ⁉ ゲパルさんも王国騎士団の隊長何ですか⁉」

「そうだゼ。それもイライザよりも一年早いゾ!」

「そうなんですよ。

 各隊長の中でも私達はとりわけ若いから……続けて隊長に昇格した時は大騒ぎしたな」

「そんなこともあったナー」

「二人とも凄い……!」


 ステラより年上だろうが、そこなで離れているという訳でもない。

 その若さで長を名乗る者は数少ないだろう。


 純粋に尊敬のまなざしを送る。


「ねぇ! あれって! ゲパル様よ!」

「イライザ様……! 本日もお美しい!」

「ゲパル様……! 今度私達と一緒にデートに行きましょうよー!」

「それよりうちの宿にいらしてくださいな! サービスいたしますわ!」

「また近いうちに行くワ! 待ってナ!」


 アイドルか。


 女子供の熱烈コールを受け、ゼパルはウインクを返す。

 そんな様子を眉ひとつ動かさず眺めるイライザの様子から、これが日常茶飯事なのだと憶測できる。

 ウメボシを抱えたステラは、呟いた。


「ゲパルさん、えらくラブコールが飛んできますね」

「ああ見えてセレスタン王国騎士団の中でも指折りの騎士ですから。

 気をつけてくださいね。大丈夫かと思いますが、そっちの手が異様に早いので」

「何でしたっけ、強ければ強いほどモテるんでしたっけ」

「確かに我が国ではそういう傾向がありますね」


 そのせいもあって遠巻きにイライザを眺める男達の視線の中に熱いものをいくつか感じる。

 それを抜きにしても元から美しいのだから、罪な女だ。


「ふん、少し強いくらいでなんだというのだ。ステラとて強いのだぞ!」

「なんで突然の身内贔屓発言?」

「気に食わぬな、賞賛を浴びて当然としておる……!」

「ただの嫉妬じゃん‼」


 少女という年齢からおばあちゃんの年齢まで幅広い。

 彼が愛される理由はその強さからか、はたまたその茶目っ気か。


「小生は戻る。イライザ達と合流できたのなら安全だろう、この国は熱すぎる!」

「はいはい、また後でね」


 腕の中で煙を立て、相棒はその姿を消した。

 ステラ達の会話を横耳で聞いていたのだろう、ゲパルはステラの肩に腕を置く。


「ステラもドルネアートで中々活躍しているらしいじゃないカ。エドガー様が自慢げにお前の話をしていたゾ」

「エドガー師範が⁉」

「師範……そうカ、お前にトンファーを教えたのがエドガー様だという話だったナ」

「はい! 昔はナックルも使っていたんですけど、トンファーという選択肢をエドガー師範が広げてくれたんです」

「それもうちの実家に発注をくださったのだ。初めてお会いした時はまさかったかと思ったが、世間は狭いと思ったよ」


 今でこそこの荷物の中に仕舞ってあるが、イライザの家紋が入ったトンファーは毎日のようにステラの腰に刺さっている。

 今となっては、初期メンバーのナックルと同じように、身体の一部のように馴染みつつある。


「ナックルも元々はセレスタンの武器ダ」

「え、セレスタンが発祥だったんですか?」

「知らなかったのカ? 確かに最近では余り見ないけどナ。たまに国王が好んで使っているくらいカ」

「重力と相性がいいんですよ」

「国王様も重力魔法なんですね」


 そういえば、ナックルもトンファーもドルネアートではあまり見かけない。

 知らなかったとはいえ、やはりセレスタンのものが馴染んでいたのか。



 たわいない話を繰り広げて中心部を歩いていると、宮殿が見えてきた。


 遠くから見れば厳かと思ったが、近くに寄れば南国の空気に興味を引かれる。

 それはこれでもかと植えられた、太陽に向かって咲き誇る植物や花の効果も大きいだろう。


「ここが宮殿です」

「でっか……」


 ドルネアート城もでかいが、セレスタン王宮もまたバカでかい。目が飛び出るかと思った。


「俺達が寝泊りしている場所は向こうの敷地ダ」

「エドガー様と国王はここで生活されております」

「ひぇ……やっぱりエドガー師範って皇太子なんですね……」


 とんでもない人を師として仰いでいたものだ。見上げるだけで首が痛い。


 そんなステラの瞳を、ゲパルが覗き込んだ。


「早く国王にも会わせてやりたいゼ。きっとあんたの目を見たら驚くだろうナ!」

「セレスタン王ってどんな方なんですか?」


 段差につまずかないよう、イライザにエスコートされながら宮殿に足を踏み入れる。

 潮の香りが混ざった風が頬を撫で、セレスタン宮殿はステラを迎え入れる。


「国王はとても慈悲深く、お優しい方ですよ」

「あとめっちゃ強いゼ。それもこの国一番ナ」

「この国一番⁉ 王国騎士団団長じゃなくてですか⁉」

「いい勝負……いヤ、国王の方が強いな」


 自らが戦いに身を投じるというのか。

 政策で民を守るドルネアート国王とアーデルハイト王妃とはまた別のタイプなのだろう。


「セレスタン国王はどんな人にも平等です。少し子供心があって、たまに私やゲパルと拳を交えることもあります」

「あと子供とかめっちゃ好きだナ。よく街の子供達と遊んでいるのも見かけるゾ」

「なんというか……フレンドリー? な、方ですか……?」

「簡潔に言えばそんな感じダ」


 聞けば聞くほどセレスタン国王の印象が身近なものになってゆく。

 その人柄を熱く語る二人の顔を見て、本当に心から敬愛しているのだと、異国から来たばかりのステラにも良く分かった。


「私も早くお会いしたいです! 今夜が楽しみだなぁ」

「後で手紙を書きましょう、きっと国王も早く帰って来て下さります!」

「その前にエドガー様だナ。……おっト、先客ダ」


 白い階段の先に、誰か人影がいる。


 ステラはその人物を見上げると、目を見張った。


 そこには、いつだったか見た覚えのあるプラチナブロンドの美女。



 そしてその隣には――――


「……レオナルド…………?」


 その美女の腰に手を添えたレオナルドが、こちらを見下ろしていた。

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