16,同系色の好意
この世で尤も尊く崇め奉られる存在は何だろうか。
先輩? 上司? 警察署本部長? いいえ、王族です。
尚、レオナルドはレオナルドなので対象外とする。
ルカも……ただのブラコン野郎なので除外しよう。
しかも只の王族じゃ無い、他国の王族だ。そんな天上人に拳を振り上げ、怒鳴りながら追いかけ回した。
さらし首で済むだろうか?
あぁ、最後に母へ親孝行が出来て良かった。
ヒルおじさんやハイジ先生に挨拶が出来なかったのが心残りだ。
「……ほラ、ステラが困っているゾ」
「参ったのう、困らせるつもりはなかったんじゃが」
「混乱するに決まっているでしょう。ステラ嬢、お気を確かに!」
「隣国の王族に……逮捕を迫った……打ち首拷問……」
「ステラ嬢!」
イライザが放心するステラの肩を揺さぶるも、目は明後日の方向に向いている。
「安心せい、そんなことさせんわい」
きっかけを作った張本人は悪びれる様子を見せない。
某元アルローデン魔法学校の教師と同じ目をしたステラの顔を、じいさん改めガザン翁が覗き込んだ。
「ふむ……。翡翠の中に秘められた蒼い星。異国よりやってきた、我が国の血を引く強きもの。良い目をしておるわ」
「それも美人と来たもんダ。そりゃ二、三日もあれば噂になるのも納得ダ」
「これゲパル。このお嬢さんにちょっかい出すでないぞ」
「男と女の関係なんて本人同士の問題だロー」
二人の会話はステラの耳に届かない。余程ショックが大きくなったのだろう。
イライザがステラの腕を支えた。
「ここ数日間、宮殿でも噂にはなっていました。スピカ様と同じ眼を持つ女性が、観光に来ていると。エドガー様も心配されていました。
もちろんすぐにステラ譲とわかったので接触を図ったのですが、厄介な案件に絡まれてしまったんです。
それでようやく宮殿から出られたのが、今日というわけです」
「イライザさん……!」
女神や。女神がおる。
たった一度しか会ったことのないステラの身を案じてくれたというのか。
なんと心優しき武人。是非ともアルローデン警察署に転職して欲しい。
「儂の方がホテルを見つけるのが早かったのう」
「ガザン様も普通に声をかければよろしいのでは? 異国の地に一人でいる女性を狙うだなんて!」
「だって~……ちょっと試してみたかったんじゃもん~……」
「じい様、いい歳こいて〝じゃもん〟はないゼ」
ゲパルが人差し指をクイッと曲げる。
すると宙に浮いた氷が、地面に向かってゆっくり降りてきた。
「(この人の魔法だったんだ……)」
あまり見ない属性魔法だ。
この熱い国では各方面から重宝されそうな魔法である。
ゲパルの手の上で、みるみるうちに氷が溶けていく。
「いくら色合いがスピカ様の眼と似てるといえど、本当に未来が見えるわけじゃないんですよ」
「そうなのかのう?」
「はい、まあ……そうですね」
見えてますとは言い出せない。
腰に手を当てガザンを叱るイライザに、少しだけ胸が空いた。
「イライザは怖いのう……反省しておるわい、そう目を吊り上げんでおくれ」
「そうだゾ。じい様はちょっとお茶目なだけダ」
「今回は度が過ぎています!」
「ひぇ……嬢ちゃんからも何か言ってやっておくれ!」
「や、私被害者なんですけど……」
加害者を庇う意味とは。
「むぅ……。これは儂にやや不利かのう?」
「ま、悪いっちゃあ悪いからナ」
「ではほとぼりが冷めるまで散歩の続きき行くかの」
「ガザン様⁉ お待ちください‼」
「お嬢ちゃんや、近いうちに王宮へ寄っておくれ。
じゃあのー!」
「えぇー……」
自由すぎやしないか。
口を開けて、軽々と飛び上がるガザンを見上げた。
「第一部隊、ガザン様の護衛を!」
「はっ!」
勇ましいイライザの指示で、後ろに控えていた王国騎士団達はガザンの後ろを走って行く。
なるほど、追っ手を撒いてきたのか。
以前エドガーが護衛を撒いてドルネアートに来たことがある。
ガザンが前国王というのならば、祖父にあたる。血は争えんな。
「とにかく、ステラ嬢に会えてよかったです。滞在しているという情報があったホテルを訪ねても今朝チェックアウトしたばかりと聞いていたので、擦れ違ったかと焦りました」
「母と一緒に観光に来ていたんです。一緒にいるのは今朝までで、今日からは私一人なんです」
「一人で、ですか」
走り行く男達の背中を見つめながら、手元に返ってきた鞄を肩に掛ける。
「自由気ままな女一人旅カ。随分と人生を楽しんでいるナ」
「やむを得ない事情があるんです! ちょこって連勤したら休暇が余ってしまったので、その消費です!
ついでにそのスピカ様っていう人のことも知りたくて……」
「あア、イライザと会った任務って奴カ」
黙って頷く。
賑わう人達にぶつからないよう避けながら、三人は壁に寄った。
「そういうことでしたか。では宿はもう手配済みですか?」
「とりあえず、宮殿近くで素泊まりできそうな宿探しているところです。できたら格安がありがたいんですけど」
「格安ですか……もしかしたらもう埋まっているかもしれませんね……」
「宮殿近くのホテルや宿はいっつも取り合いだからナ」
「まだお昼前ですよ⁉」
「狙っている奴は常に居るんだヨ」
見くびっていた。
流石観光名所の集う国。出鼻をくじかれた。
顎に指を当てて考える素振りを見せると、足首にフワフワした毛が掠めた。ウメボシだ。
「早速野宿でもするか?」
「大いに視野へ入れなきゃいけないかも」
「ならイライザの部屋が空いてるんじゃないのカ?」
え、と顔を上げると、鋭い眼光がステラを捕らえていた。
ゲパルの口元は吊り上がり、どこ面白がっているように見える。
「(……なんか、腹が読めない……)」
その視線にはどういう意図が含まれているのだろうか。
どう答えようか迷っていると、ステラが答えるより先にイライザが割って入った。
「確かにもう一人分のベッドは空いていますし、私としては大歓迎です!」
「いいんですか⁉」
「いいじゃねェカ、お二人さんも同意の上ダ」
ヒュウッ……とゲパルの口から景気付けの口笛が鳴った。
ステラは喜色を顔に浮かべ、拳を握る。
「是非イライザさんと語り合ってみたかったんです! 私の周りで、あまり武闘派な女性がいなくて……よかったらセレスタンの流派とか、戦い方とか教えてください!」
「私でよろしければ、知っている全てをお伝えします。是非土産話として持ち帰ってください」
「なんなら俺の部屋でもいいゼ!」
「それは結構です」
冷たいとかなんとか聞こえるが、屋根のある部屋に泊めてもらえる確約が取れただけで、ステラの心は軽くなった。
今なら警察署に溜まっている未処理の書類を片付けられる気がする。
「でも勝手に部外者を泊めていいんですか?」
「一応エドガー様と国王に報告だけしておきましょう。今国民は外出中ですが、エドガー様なら宮殿にいらっしゃるはずです」
「行きます行きます、行きたいです!!」
「ほな行くカ。国は夜くらいに戻ってくル。
偉大なお方だゾ、もしかしたらあんたもこの国に移住したいと言い出すかもナ」
「十分にあり得ますね!」
「わ、私はドルネアートの公務員なんですからね……!」
随分とした自信である。
ウメボシを抱き上げ、先に歩き出した二つの背中を見遣る。
ステラの一人旅行は、奇妙な縁で結ばれたのだった。
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