6,事件の合図 5


「あんただよね? リタのこと殴ったの」

「あっ……ガッ……!」

「嫁入り前の女の子だよ? 何やってくれてんの?」

「よーしよしよしよしステラー! よくやったなぁ、お手柄だぞー」

「あとはこっちで始末するから、そいつをこっちによこせ、な?」


 ステラの足元に倒れた男の身柄は確保された。

 カルバンとジェラルドは、まるで檻から抜け出した猛獣を扱うように、そろりそろりと足を伸ばす。


「こいつは私が責任を持って口を割らせます」

「お前はまだ聞き方が今一わかっていないだろ? 今回は俺が事情徴収するから、補佐をしてくれ!」

「譲れません」


 男の首を持つ力が、強まった。


「ス、ステラ……」


 か細い声が、ステラの耳に届いた。ハッと我を取り戻し、手の力が弱まる。

 手の中から男の首が擦り抜けるが、ステラの頭はそれどころでない。


 カルバンとジェラルドの向こうに、オリバーに肩を抱かれたリタが立っていたのだ。

 その頬にはガーゼが貼られており、いかに強い力で殴られたか想像を掻き立てられる。


「リタ、」

「……ッステラァ‼」


 握っていた男の首が、手から擦り抜けた。


 大粒の涙を流し、リタがステラに飛びつく。

 柔らかな身体に包まれ、いかに自分が強張っていたかを思い知らされる。


「馬鹿‼ なんであんなことしたのっ⁉」

「だ、だって、あぁでもしないとリタが連れ去られそうで……」

「私の気持ちも考えてよ‼ あんな状況で、大切な友達が生け贄みたいになるのなんてまっぴらごめんなのよ‼ 何が警察よ、あんなのただの自殺行為じゃない‼」

「……っ私だって‼ 出来ることならリタと一緒に行きたかったよ‼ でもしょうがないじゃん、あの場で一番戦えるのは私‼ 少しでも生存率を上げるためには最善だったんだよ‼」

「だからってあんな奴らに命をホイホイ預けるの⁉ あなた、こうやって昔もレオナルドに怒られていたじゃない‼ 自己犠牲な行動のせいで、心配する人間が増えるって‼ 私も言うわよ、ステラって本当に馬鹿‼」


 泣きながら怒鳴られているのに、抱き締められるという何とも不思議な光景だ。

 肩が湿るのを感じ、ステラも鼻の奥が痛くなった。


「じゃあどうすればよかったのさぁ……‼」

「お、応援を待てばよかったのよぉ……! こうやって皆助けに来てくれたじゃないっ……!」

「ナイフ突き付けられて震えてるリタを放ってけるわけないじゃん……‼」

「割り切りなさいよぉ、馬鹿ぁ‼」


 もうしっちゃかめっちゃかである。


 一見罵り合っているのかと思いきや、お互いを気遣う内容の喧嘩である。

 ステラにとって、これが初めて同性の友達との喧嘩になるわけだが、実に奇妙なものだった。

 抱き合ってわんわんを泣き声を上げていると、をあげているとステラの肩に何が被せられた。


「感動の再会のとこ悪いんだがな、ステラ。お前はこれから仕事だ」

「ジェラルド副署長~……」

「泣き止め、そしてその服を着ろ! 公然わいせつ罪ギリギリだぞ」


 はたと自分の服を見下ろした。

 そういえばナイフで切り刻まれてボロ布になっていたんだった。


 えぐえぐと鼻を啜りながら、自分より一回りも二回りも大きな制服に腕を通した。


「えー、リタ・レブロンだったかな? 君は向こうで手当てを受けてくれ。それから後で話を聞かせてもらえるとありがたいな」

「はい……。……ステラ‼ 次あんなことしたら、私が警察を辞めさせるわ。強制的に引っ越し屋さんを開業させますからね‼」

「やだぁ‼ でもリタが無事でよかったぁ‼」

「反省しなさい‼ 助けてくれてありがとう‼」

「どういたしまして‼」

「(なんなんだ、こいつら……)」


 理解しがたい友情に、ジェラルドは戸惑うばかりだ。

 カルバンに連れられていくリタを見送り、ステラは渡されたちり紙で鼻をかんだ。


「言っておくけど、お前始末書だからな」

「え、なんでですか」

「誰も大した怪我がなかったとはいえ、お前の単独行動は褒められたことじゃない。あのリタって子が言っているこのも間違ってないんだぞ」

「……でも、見捨てられませんでした」

「そういう熱いところは非常に警察向きだが、短所でもあるな。お前もまだまだだ」


 押さえつけられるように頭を二回叩かれた。

 その拍子にもう一粒涙が零れたのはご愛敬だ。


「ステラ!」


 思わず零れた涙を拭った時だった。

 人混みを掻き分けてオリバーがステラの元に走ってきたのだ。


 そして勢い良く、その天然パーマをステラに向かって下げた。


「ありがとう‼ お前のお陰で、リタが戻って来れた‼ お前は怒られるかもしんねェし、リタからもめっちゃ怒鳴られてたけど、俺はお前に感謝してる‼」


 それは、リタを想う一人の男としての姿だった。

 昔からよく知る友人の、恋人を想う姿は今のステラに確信的な物を与えてくれた。


 自分は無謀な行動をしたかも知れないけれど、間違ってはいなかったのだ、と。


「……私はリタの事を助けられたかもしれないけど、きっと心までは癒やせないよ」


 強い恐怖に支配されるリタの姿を思い出し、ジェラルドの制服を強く握った。


「それはきっと、オリバーにしか出来ないことだと思う。だから、リタの事をよろしくね」

「もちろんだ‼」


 なんだろう、この気持ち。

 親戚のよく懐いてくれた姪っ子が嫁に行くような……いや、そんな親戚はいなかった。


 複雑な心境のまま、リタが消えた方向に走り行くオリバーの背中を見つめ、やるせない気持ちを抱く。


「ジェラルド副署長、申し訳ありません! こっちに……」

「ステラ、お前は向こうで交通整理に当たれ」

「はい!」


 早く仕事モードに切り替えなければ。

 制服がずり落ちないように肩にかけ直し、ジェラルドと別れた。


 フレディがいるであろう場所に行く途中、足に何かがぶつかった。


「ん? 赤い……石?」


 誰かの落とし物だろうか。

 こんな騒ぎだし、持ち主も見つかるかどうか……。


 つまみ上げて太陽に透かしてみる。まるでステラの髪と同じような、燃えるような赤だった。




「――それは珊瑚を削り出した物だ」

「へぇ……? 珊瑚って海の?」

「あぁ。この近海では採れない種類だ。恐らくセレスタンからの輸入品だろう」

「そういや海が綺麗で海鮮が美味しいって……」


 誰と話しているんだ?

 ステラが振り返るより前に、その石は横から奪い去られた。


「よぉ、人の忠告を聞かずにまたもや渦中の飛び込んだ熊殺しのステラ」

「レ、レオナルド」


 昔の渾名。それもキャンプ時に命名された皮肉にも近いチョイスだ。

 米神に青筋を立てたレオナルドが、後ろに鬼を背負ってステラを見下ろしていた。

  

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