5,事件の合図 4



「皆さん落ち着いて‼ 落ち着いて下さいっスー‼」


 ステラが中で捕らわれている頃。


 外ではフレディが大声を上げ、人の誘導に声を張り上げていた。




「フレディ‼」

「ふ、副署長ー‼」

「応援を連れてきた、被害者は⁉」

「そ、それが、今会社の皆さんに誰がいないか確認し合って貰っていて……! ステラは多分、向こうの方で皆さんを誘導をしてるっス‼」

「犯人はまだ現場の中、誰がいないかも不明かー」


 ジェラルドの背中でドルネアート国の旗がはためいた。

 それを目視した二人は、眉間に皺を寄せる。


 何人たりとも寄せ付けない鎧、弱気物を守る為の盾、国を脅かす脅威を払うための剣。

 国王の名の下に空を駆け、時には海をも渡る。国を背負って誇り高く戦う姿は、誰しもの憧れだ。

 もう一つの正義を掲げた、ドルネアート王国騎士団が馬に跨がって到着した。


「おやおや、王国騎士団の皆さん。随分と重装備なお出ましで」

「そういうお前らは随分軽装だなー。散歩のついでかー?」


 鳥の巣のようなフワフワな頭に、死んだ魚のような目。

 王国騎士団の副団長、カルバン・ジェーンが馬から飛び降りて地面に舞い降りた。


 彼はつい最近王国騎士団に戻ってきたばかりであり、去年まではステラ達の担任としてアルローデン魔法学校で教鞭を篩っていた。

 警察に努めるレティの従兄弟にも当たり、ジェラルドの学友でもある何かと縁深き男である。


「リタ‼ リタは⁉」

「落ち着け!」


 悪友二人が毒突き合っている側で、王国騎士団の中から悲痛な声が上がった。

 天然パーマが揺れて、垂れ目な青年がレオナルドに宥められている。


 彼はオリバー・ユックス。ステラの学友の一人である。

 つい最近になり、学生時代から募っていた想いが叶ったばかりの彼は、必死になって辺りを見渡す。


「オリバー、冷静になれー。俺達は平等に国民を助けるんだぞー」

「けど!」


 食い下がるオリバーを片手で制した。

 それは教師としてではなく、副団長としての決断。


「レオナルドー、中に突撃するぞー」

「は。では入るメンバーを……」

「待ってください!」


 先程まで訓練中だったというのに、疲れを一片も見せない。

 レオナルドがカルバンの指示を受けて選定に入ろうとすると、ループタイを付けた身なりの良い男性がカルバンに声を上げた。


「うちの部署の女の子が、三人いないんです!」

「おいカルバン、今突撃するのはまずいぞ」

「だなー。人質に取られてたら厄介だしなー」


 落ち着きの無いオリバーの肩を掴むレオナルドは、目線だけでを動かす。


「横から失礼。フレディ殿、この現場にステラがいると?」

「そ、そうッスけど……」

「レオナルドー。お前まで私情で動くなよー」

「すいません、見当たらないので、つい」


 目立つとはいえ、こんな大勢の中から見つけ出すのは至難の業。


 内心苛立ちつつ、メンバーの選定に気を戻そうとした。

 だがそれは呆気なく散ることとなる。


「リタッ‼」


 レオナルドの手を振り切って、オリバーが駆け出したからだ。

 何事かと後ろを振り返ると、アルローデン商社の玄関から三人の女性がこちらへ向かってやって来る。


「あぁ! 見つからなかったのは彼女達です!」


 よかった! と、へたり込みそうになった男性を、ジェラルドが支える。


 オリバーは駆け寄り、人目もはばからずリタを抱き締めた。


「リタ‼ 頬が……!」

「お、お願い、助けて……っ‼」


 青ざめた顔で、オリバーの背中に泣きすがる。

 腫れ上がった頬が痛々しく、口の端には血が滲んでいた。


「もう大丈夫だ! ごめん、もっと早く助けてやれなくて、」

「違う、違うのっ……!」


 オリバーが落ち着かせるようにリタの背中を摩るが、一向に震えは止まらない。

 とうとうリタは頭を抱えて叫喚した。




「――ステラがッ‼ 私達の代わりに人質になったのッ‼」


 それを皮切りに、リタの後ろで震えていた女性社員も泣き始めた。

 オリバーの鎧に爪を立て、リタは涙ながらに訴える。


「あの子、警察は人の命を守ることが使命だって、魔力封じの石が使われた手錠を掛けられたのよ‼ それに犯人は私達を奴隷商に売るって……‼」


 とうとうオリバーの鎧に泣き崩れた。


 感情のまま突き動かされたレオナルドを止めたのは、カルバンだ。


「ダメだっつてんだろー」

「今の聞いたでしょう。魔力封じの石が使われています。一刻も早く救出に向かうべきです」

「今優先すべきは国民の命だー。全員の無事が確認できるまで、ステラには人質になってもらうぞー」


 うそ……と、絶望を突き付けられたリタを、オリバーは強く抱いた。

 ジェラルドは帽子を深く被り直し、フレディも黙って俯く。


「あいつも国民の一人だ!」

「ステラは国民である前に、警察だー。警察官は時としてその命を投げ捨ててでも国民を守る義務があるー。それを十分理解した上で、ステラはリタを逃がしたんだー」

「レオナルド……お願いよぉ……ステラを、助けて……」


 譫言のように繰り返されるリタの言葉が、レオナルドの耳にこびり付く。


「何も見捨てるなんて言ってないぞー。皆の安全が確保されたら救出に、」



 突如。



 ドオォン……‼



 リタ達が拘束されていた、最上階から爆発が起こった。


「イヤァァァアアァァッ‼」


 オリバーの腕の中で目を見開き、絶叫を上げる。

 それとレオナルドが使い魔のウルを召喚するのは同時だった。


「ウル‼ あそこまで行けるか⁉」

「はっ‼」

「お待ちください皇子‼ 今行くのは危険です‼」


 先に止めたのはジェラルドだった。

 国民の安全、というより王族としての身を案じてのことだろう。


 部下が危険に晒されている不安を押し殺し、ウルに跨がるレオナルドの行く手を阻む。

 守るべき順位を、彼もまたわきまえていた。


「なんだあれは⁉」

「触手か⁉」


 弾かれたように天を見上げる。

 そこには数多の赤い触手のような物が、踊るように蠢いていた。


「ウメボシ……?」


 眉を潜め、無意識に言葉が零れる。


 だがレオナルドが知っているウメボシの尻尾とは、大きさが異なる。本来の姿は九尾の狐であり、体格はウルを同じほどだ。


 ここから目視できるほど、あそこまで尻尾は大きくなかった。

 あの先の姿があったというのか?


「触手が小さくなっていくぞ!」

「なんなのよ、あれ‼」


 大勢が見守る中、爆煙の中にウメボシらしき尻尾は消えていった。

 完全に見えなくなった頃、何かが最上階から落ちてきた。その正体がステラであることは、誰よりも早くレオナルドが察知した。


「人か⁉ 防御魔法を張れ‼」

「やめろッ‼ あれはステラの魔法だ‼」


 レオナルドの制止に、腕を上げていた何人かの騎士は困惑する。

 しかしレオナルドには手に取るように分かった。

 落ちるスピードも、その両手に掴んでいる黒い人影も、全てはステラの支配下に置かれている。


 余計な魔法を使うより、場所を空けるべきなのだ。



「総員建物の前から非難しろッ‼」


 レオナルドの怒号に、野次馬として集っていた人間が散らばる。


「向こうに行くっスよー!」

「おらおらオリバー! とっととリタを抱えて逃げろー!」


 追い立てる牧羊犬のように、警察官や騎士達が人々を追い立てる。

 ステラが落ちてくる予定の着地点に、余白のようなスペースが出来上がった。



 やがて、ステラが地上に舞い降りる。



「ステラー! 無事だったんスね‼」

「待て‼」


 駆けつけようとするフレディを、ジェラルドが止めた。


 明らかに普段の雰囲気と違う。

 何より、その両手に抱えているのはステラより遙かに大きな男。それが犯人であることは、説明されなくとも理解出来る。

 問題はこの先だった。


 片方を地面に離すと、ステラは逆に抱えていた男の首を掴んだ。




「――――あんた、リタを殴ったね?」


 髪を風に靡かせ、ボロになったシャツを身に纏ったステラの眼は、まるで怒りの炎を灯した獣だった。

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