50,甘受した罰
空には分厚い雲がかかり、あと数刻で雨が降るだろう。
鉄鉱山に囲まれたネブライは、土地柄日が差すことが少ない。
何処か冷たい雰囲気を感じるのは、きっと金属に囲まれた国だからだろう。
そんな国の中心にあるネブライ城は鉄柵に囲まれ、まるで要塞だ。
その誰しもが溜め息を吐く、職人技が光る城。
ふんだんにアイアン調で飾り立てられた、とある扉の奥では一人の銀髪の男が跪き、もう一人の真っ直ぐなグレイヘアーを垂らした男が、椅子の上で足を組んでいた。
「ギレッド。これはどういうことだ?」
男の手元には、一枚の手紙があった。
短く綴られている文章の中身を、つまらなさそうに眺めるその瞳は黒曜石のようだ。
ギレッドと呼ばれた銀髪の男は、その頭を上げず只ひたすら地面と向き合う。
「も、申し訳、ございません……」
「私はあの娘を殺せと命じた。なのになぜ生きているのだ」
男は、紙を指でトントン……と叩く。
その音に反応した銀髪の男は、その真っ赤に引かれた紅に彩られた唇を震わせた。
「湖に落とせば、勝手に死ぬものかと……」
「浅はかだな。
泳げないとわかっていても助かる手段はどれだけでもある。心臓一突きしてから突き落とすべきだったな」
「おっしゃる通りです……。
ネブライ王」
そう呼ばれたグレイヘアーの男が椅子から立ち上がると、窓辺に置かれた頼りない蝋燭の炎に顔を暴かれる。
無機質な人形のように、その顔に色が無い。
ギレットは戦慄く腕を押さえ込み、己へと向かってくるカウントダウンのような足音を身体全体で聞き入れる。
「まさかお前がそんな中途半端な人間だと思っていなかった。
小娘の死を見届けず、挙げ句の果てに後からやってきたレオナルド皇子に見られ、おちおち帰って来たなど……」
どうやって責任を取るつもりだ。
音にならない声が、ギレットの首を優しく締め付ける。
「っ次こそ! 次こそは必ず成功させてみせますっ! だからどうかっ……!」
「何を恐れる、ギレット」
全てを許すような言葉とは裏腹の温度。
ネブライ王はギレットの頬に手を添えた。
「私がお前を見放すとでも? そんなことするはずないだろう。
お前は私の、」
ネブライ王の言葉が切れ、その直後に耳をつんざくような悲鳴が部屋に反響した。
「大切な駒なのだからな」
ボダボダッ……
おびただしい量の血が、大理石に零れ落ちた。
その飛沫はネブライ王にもかかり、磨き上げられた上質な革靴が無残に染みを作る。
イモムシのように転がるギレットを一瞥すると、ネブライ王は肩で風を切って扉を目指す。
「まぁいい。引き続きあの子娘を殺す機会を伺え。まだ少し時間には余裕がある」
「ご寛大な、心に……感謝、いたしますっ……!」
左目を庇い、強く噛んだ唇から新たな血が流れる。
おそらく、この目は二度と光を見ることはないだろう。
だというのに、ギレットは脂汗を浮かせたままその口角を吊り上げた。
「ああっ……さいっこう……っ‼ あの小娘に感謝しなくっちゃ……っ‼
ネブライ王の足音が遠ざかり、一人っきりになった空間で歓喜の声色で吠える。
片目を抑える左手からは、血が止まることを知らない。
甘美で艶やかなその痛みは、ギレットの身体に深く刻み込まれたのだった。
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