四章 太陽の国
1,その名を刻む
夏が終わり、残暑も弱まってくる。
青々と生い茂る木々は次第に赤く身を染め始める季節となってきた。
ドルネアート国、セレスタン国、ネブライ国と、三大国家の内、最も強く四季を感じられるのがドルネアート国なのだ。
道行く人々の服装も、夏と変わってきているのが手に取るようにわかる。
年を超えるまであと数ヶ月。
未成年だった少年少女が成人の儀を迎えるのも、同じタイミング。
一つの人生の区切りとして、この時を今か今かと待ち侘びる若者は多いだろう。
その内の一人。
ドルネアート国の都市、アルローデンに住まう一人のうら若き乙女が居た。
その女は濃紺の服に身を包み、胸元をフリルタイで飾って同じ色の制帽を被った、赤い髪の女だ。
金色や茶色の髪が多いドルネアート国では珍しく、一際目立つ。
その瞳は翡翠に蒼い星を閉じ込めたような、不思議な色合いを讃えており、首元のチョーカーに嵌め込まれた石も同じ輝きを放っている。
時折すれ違う男が振り返るくらい、年を重ねるごとに美しく成長した女の名前はステラ・ウィンクル。
アルローデン警察署に勤務する警察官だ。
警察官と言えば正義の味方。
事件や事故がれば現場へ駆けつけ、救助活動や現場保存、犯人確保など国民を守るために走る。
落とし物や迷子保護、迷い猫探しだってなんでもござれ。
そんな国民の盾となり矛となる、素晴らしく誇れる職業だ。
その名誉ある肩書きを背負い、君主であるドルネアート王が住まう城のとある扉の前で、ステラは険しい顔で立っていた。
そして。
「絶対屈しないからな……っ!
ブラコン皇太子‼」
吠えていた。
******
「君、扉の外で吠えてなかった?」
「なんのことでしょう?」
「うわ、白々しい。聞こえてたよ、ブラコン皇太子って」
ステラは疑わしい目付きで目の前の人物を見やる。
対面に座るのは、ドルネアート国の皇太子、ルカ・マーティス・ドルネアートだ。
つい先日に私情でステラを秘境の地まで追いやった、とんでもブラコン野郎である。
敬意なんざ犬にでもくれてやれ。と、言わんばかりに出されたお菓子を口いっぱいに頬張り、紅茶をがぶ飲みしてやった。
もちろんその間、ガンは飛ばしたままで、だ。
「そんな警戒しないでよ。今日は君に用があって……」
来たな。
ステラの大きな目が煌めいた。
フィナンシェでベタついた手をサッと拭うと、制服のポケットに手を突っ込んだ。
「まずは「ルカ皇太子‼ 私にはこれがありますからね‼」……は?」
ババン! と、効果音が付いた。
得意気な顔でステラが取り出したのは、一枚の上等な羊皮紙だった。
何事かと翳された羊皮紙を見つめ、徐々にルカの端正な顔が怪訝そうに歪む。
「父上の直筆入り……どうしたの、それ」
「オゼンヴィルド家の公爵様が、ドルネアート王に直接かけあって下さったんです!」
そこに書かれている内容は、簡単に纏めると
「ルカへ。我が儘言ってステラの仕事を邪魔しちゃいかんよ」
だ。
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ」
「嫌そうな顔もするよ。随分とオゼンヴィルド家に気に入られたようだね」
「昨日は前公爵と一緒にヴォル様の誕生日プレゼントを選んだ後に、プロテイン専門ショップを回って肩凝りに効くっていうお香を試香しに行ってきました」
「普通に遊んでるの⁉」
以前オゼンヴィルド家の事件に関与してからというものの、ステラはたまに時間を見つけては屋敷に赴いていた。
被害に遭った人を安心させるため、警察として顔を出して変わったことが無いか、話を聞いて少しでも心を軽くしようとしていたのだ。
だから傷心を負ったヴォルを気に掛け、気を紛らわすために広い庭で一緒にウメボシを洗い、かくれんぼをし、台所のお菓子をつまみ食いしている。
遊びはついでだ。あくまで。ついでなのだ!
「まぁオゼンヴィルド家は置いとくとして……。その勅令状もしまってよ。変なこと言わないから」
「本当ですね? 言いましたからね?」
「そこまで信用無いかな、僕」
「(逆になんで信用あると思ってるんだ、このブラコン野郎)」
変に折り目が付かないよう丁寧に丸めると、再びポケットの中に差し込んだ。
その様子を見届けたルカは、懐から小さな巾着袋を取りだした。
「はい」
「なんですか、これ」
「オルガナビアに渡るために、材料買ってたでしょ。その材料費」
「う、受け取れません!」
「経費だよ、経費。いいから受け取りなよ。家賃二ヶ月分でしょ」
そこまで見られていたのか。
恥ずかしいやらなんやらで、受け取るのと躊躇するが、ちょっと待て。
元はと言えばこいつがレオナルド愛を拗らせたのが原因だ。
この兄弟が普通の関係なら、ステラがあんな未開の地に赴くことは無かった。躊躇するべきでは無いな、うん。
「ではありがたく頂戴いたします。私からルカ皇太子には、こちらを」
「なに?」
「調査中に送っていただきました軍資金です。使うことは無かったので、お返し致します」
ステラが後ろ出て取りだしたのは、尻の陰に隠して置いた麻袋だった。
ルカから渡された袋よりも何倍も大きく、重い。
「え、いらない」
「そういうわけにはいきません。公務員としての給料は別にいただいております」
「固いなぁ、僕だっていらないよ。そういうなら何処かに募金しといてよ」
「適当……」
「なんか言った?」
「いいえ?」
募金、ならいいか……?
警察の名前で何処かの孤児院や学校に寄付すれば、公僕として許されるだろう。
癪だがルカの案に乗るとしよう。
「あと君が持って帰ってきた燈月草は、博物館に寄付することにしたよ。君の名前が一緒に展示されるらしいから、暇なときに見てみれば?」
「まさかこんな形で世に名を知らしめるとは思っていませんでした」
「下手すれば死後うん百年と残るかもね」
正直に言うと、警察官として名を轟かせたかった。
とはいえ、貴重な花を見つけて街の住民が賑わうのなら、遠方に赴いた甲斐があったというもの。そういうことにしておこう。
「あと、君の勤怠についてなんだけど、ぶっ続けで働いていることになっていたんだ。だから来月から二週間休みね。ボードン署長にも話はつけてあるから」
「復帰してまだ数日ですよ⁉ 身体が警察の仕事を忘れかけているのに‼」
「喜びなよ。いいじゃん、この機会に行きたいところ行ってくれば?」
ルカは反抗するステラを追い立てるように立ち上がらせた。
話はこれで終わりだと言わんばかりに、扉へ追いやる。
「そんな! 行きたい所なんて……!」
「友達でも親でもいいじゃん。一緒に行ってくれる人、誰かいないわけ?」
「一緒に行ってくれる人……」
「……女狐、もしかして」
あ、地雷踏んだ。
「レオのことを想像していないだろうね⁉」
「す、するわけないじゃないですかっ!」
「怪しい! ほら、顔が赤い!」
ルカに指摘され、思わず頬を手で覆った。
ルカの弟であり、ステラと学生時代から犬猿の仲であったレオナルド・ウル・ドルネアートは、つい先日ステラとちょっとした衝突したのだ。
衝突、というか、ステラが一方的に衝突した。
「というか、君この前レオに掌底してたよね⁉ ケツ顎になったらどうしてくれるんだい‼ ……いや、ケツ顎のレオも有り……か……?」
「ちゃんと防御魔法で防いでたじゃないですか! わ、私はこれで失礼しますっ!」
ほわんほわんとケツ顎レオナルドを想像しているルカを置き、ステラは逃げるように扉を閉めた。
「(不意打ちでレオナルドの話を出さないでよね……!)」
まだ熱を持つ頬を風邪に晒し、城の外に続く道を突き進む。
燈月草を持ち帰った日、ステラはレオナルドに告白された。
『俺は、ステラは好きだ』
「~~~~~~~ッ‼」
思い出しただけでむず痒い。
訳の分からないオブジェの陰で、頭を抱え込んだ。折角冷めてきた頬に、また熱が集まる。
触れそうになった唇が、プロポーズのような甘い言葉が脳裏から離れない。
掌底をお見舞いした日から、ステラは徹底的にレオナルドのことを避けていた。
どうやって接したら良いのか、わからない。
「(っていうか、私の気持ちもバレてるんだよ⁉ どんな顔して会えばいいのさ‼)」
燈月草を探している野営中、レオナルドが完全に寝ている物だと思い込んで漏らした想いは、しかと届いていた。普通に恥ずかしい。
「…………こんなんじゃ、なにも前に進まないよぉ……」
オブジェの横にある小窓。
目を細めると、王国騎士団員達が走り込みの訓練に精を出していた
その中に一際眩しい金髪が見えたのは、見間違いではない。
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