49,残念な進捗情報
とある小さな部屋の中で、ステラは一人頭を抱えていた。
「(どうしよう、あれは夢……? や、夢じゃなかった)」
頬に触れたレオナルド手が、あんなに熱かったのだから。
薄い毛布にくるまって、これまた薄い壁に頭をくっ付ける。
昨日、ステラはレオナルドに掌底をかまして逃げた。
掌に触れたあの感触は多分、防御魔法だ。
とりあえずレオナルドの顎が砕け散ったということはないだろう。
やった本人が思うのもなんだが、よかった。
「ステラ? 起きた?」
「リタ……」
狭い部屋の外からステラを心配する声が聞こえる。
昨日の夕方、レオナルドから逃げたステラが駆け込んだ先はリタのアパートだった。
急に現れた親友に驚きの声を上げたものの、リタは多くを聞かずステラを中に招き入れた。
そのことが、どれだけありがたかったことか。
「入っても大丈夫?」
「ん……」
毛布からノソノソと這い出て、扉を開けるや声を上げる。
何故なら、その先に家主であるリタ以外の姿もあったからだ。
「エルミラ⁉」
「昨日の晩、あなたが急に帰ってきたとリタから連絡が入りましたの。朝一でお邪魔していたのですけれど、随分とお寝坊さんだこと」
「あなたのために用意した紅茶も、もう冷めちゃったわ」
憎まれ口を叩く二人の目元が赤い。そして心なしか鼻声だ。
説明されずとも、その理由はわかっている。
居たたまれないステラは、小さく謝罪を述べるしか出来なかった。
「ごめん……」
「ごめんで済まされるものですか! 今日はたっぷり! 何があったのか話してもらいますからね!」
「そうよ! あれだけ手紙を拒否されて、私たちがどんな気持ちであなたのことを待っていたか!」
「ごめんってぇ……!」
ステラとて、寂しかったのだ。
レオナルドに対する想いを絶ち切るためだと己に言い聞かせ、仕事だからと半分言い訳のようにアルローデンを去った。
それとは別に、切磋琢磨して生き抜いてきた友人達と連絡を絶つことは、とても勇気が必要だったのだ。
もしそれで縁が切れたら……と、嫌な妄想を掻き立てた夜もあった。
けれど、こうして駆け付けてくれる。
ステラがとうとう泣き出し、それにつられて友人二人の目からしょっぱい水が浮かぶ。
妙齢女子三人がよってたかって昼間っから泣く場面は、それはそれはシュールなものだった。
******
「……燈月草⁉ そんなもの探しに行ってたの⁉」
「うん、私も最初半信半疑だったんだけど、探してみるもんだね。あったよ」
「ルカ皇太子の命令とはいえ……。噂ではレオ様をとても寵愛してらっしゃると聞いたことがありますわ。でも追い払うためにステラを未開の地に送り込む程だなんて……」
「あれは行き過ぎたブラコンだったね、うん」
リタが入れてくれた紅茶を飲みながら、またヒリヒリする目元指で擦った。
「とにかく、これであなた達が急にアルローデンから消えた理由はわかりましたわ」
「お仕事だったら仕方がないわよね。手紙を拒否したのも不問にしてあげる。……で、レオナルドとはどうなったのよ」
それが本題だと言わんばかりに、リタはテーブルから身を乗り出した。
その目は爛々と輝き、獲物を狙う肉食獣を連想させる。
「そうですわ! まさかレオ様があなたを追って家出するなんて! 恋愛クラッシャーステラにしては急すぎる展開でしてよ!」
「それ渾名? 誰命名?」
また自分が知らないところで渾名が増えていた。
それそろまとめて置かないと、埋もれる渾名が出てくるぞ。
「ずっと一緒に居たというのなら、一つの屋根の下で過ごしたということでしょう? 前代未聞ですわ、この国の女性達がどれだけその座を望んでいるか!」
「落ち着け落ち着け!」
鼻息荒く迫るその姿は恐怖でしかない。
エルミラの肩を押し戻して、前の椅子に再び腰かけるよう促す。
「何もなかったよ、別に……。普通に追いかけてきてくれて……」
あれ、どうしよう。実家のこととか伏せておいた方がいいのかな。
銀髪のオネエさんに殺されかけたことも……言ったらきっと心配されるだろうし。
これ以上二人に余計な心配をかけさせるのは気が引ける。
この間コンマ五秒である。
「い、色々あったけど、なんとか燈月草を見付けて昨日こっちに帰ってきたの。
で、ルカ皇太子に花を渡して城から出たら……そ、その……わ、私のこと…………好きって……」
最後の方は殆ど空気だった。
しかしそれを聞いた妙齢女子二人はぶち上がる。
「キャー⁉ ついに⁉」
「学生時代からよもやとは思っていましたけれど、現実になるなんて!」
「前にステラが合コンへ行ったじゃない? オリバーから聞いたんだけど、レオナルドの機嫌が物凄く悪くなったんですって!」
「情報源が怖い!」
とうとうステラは机に突っ伏した。
「合コンに行く前、レオナルドに会ってさぁ……。服が似合ってないって言われんだよ……なんで機嫌が悪くなるの?」
「そんなの嫉妬に決まってるでしょ! 他の男に取られると思ったんだから!」
「わたくしの見立てた服に間違いはありませんわ。きっと自分のためじゃなくて、他の男のために着飾ったあなたが許せなかったのですわ!」
嫉妬とは。
警察としての先輩、レティシアことレティに教えて貰ったいろはを引っ張り出す。
自分の愛する者の愛情が、他に向くのを恨み憎むことを嫉妬と言う、だったか。
ではあの時から既にレオナルドは自分のことを好きだったということになる。
ステラが自分の気持ちを自覚したより前に、レオナルド�はステラに想いを寄せていたということだ。
「ルカ皇太子の帰国パーティーで、遠くから二人を見ていましたわ。それはもう見事な息の合いようで。周りからも感嘆のため息が溢れておりましたことよ」
「いたの⁉」
「えぇ、もちろん。
きっとルカ皇太子はその時、ステラに目を着けたんでしょうね」
「あの時帰国パーティーの相棒を引き受けなければっ……!」
後悔したところで全て終わったの後なのだが。
「よっぽど声をかけようと思いましたけれど、あんなへっぽこ付け焼き刃のヘコヘコ対応中に、わたくしがいきなり現れたらレオ様の面目が丸潰れになるのが見えましたもの」
「エルミラ、その辺りの話を詳しくちょうだい」
机に突っ伏したままのステラは、真っ赤になって萎んでいくしかなかった。
一通りはしゃいだところで、エルミラはその線の細い顎に白魚のような指を当てて考え込む。
「けれどこれは難しい恋愛ですわね。レオ様は王族、ステラは庶民。身分差も良いところですわ」
「あ、あのね、レオナルドが王族抜けるって……」
「なんですってぇ……⁉」
「ステラ、情報を小出ししないで全部出しなさい!」
やだもう怖い。
ステラの目には、先程と違った意味合いの涙が浮かぶ。
「その、私と一緒になるために……? 成人式を迎えたら、王族から籍を抜くって……」
目頭を押さえたリタが、天井を仰いだ。「エッモ……」とかなんとか聞こえてきたが、何語だ。
エルミラはと言うと、顔を両手で覆い緩く頭を左右に振っている。
それは一体どういう感情?
「で、ステラは何て返したの⁉」
「もちろん是ですわよね⁉」
「それが……」
顎は割れてないだろうし、言ってもいっか。
ステラはヘラッと笑って後頭部を掻いた。
「パニックになったから、掌底ぶちかましてここに逃げてきちゃった」
そこからは阿鼻叫喚。
真っ昼間から罵声飛び交う一人暮らしの女の部屋。
警察が呼ばれなかっただけマシというもの。
だがリタは暫くの間、近所から奇特な目で見られることになるのだ。
そして自分の気持ちを素直にレオナルドへ伝えなかったステラ。
それは後に、自分を苦しめることとなるのだが、まだ少し先の話だ。
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