46,子供扱い
「イライザからステラがオルガナビアに居るって報告を受けて、吃驚したよ」
「イライザさんが⁉」
アシンメトリーに切り揃えられたワインレッドは、まだ記憶に新しい。
「でも、ステラなんて名前は何処にでもありますし……別人の可能性だってありましたよ?」
「僕が君に渡したトンファー、腰に差していただろう?」
「はい、大切な武器なのでずっと一緒でしたよ」
擦れ違うメイドが廊下の端により、三人に深々と頭を垂れる。
ついお辞儀を返してしまうステラの歩調に合わせるので、歩きは遅い。
「そのトンファーは、彼女の実家に用意して貰ったんだ。イライザの実家は武器を主に取り扱っている商いをしていてね。
ほら、その持ち手のグリップ。そこに家紋があるだろう?」
「どこ⁉」
「見せてみろ。……これだな」
旅装束に隠してあったトンファーを取りだし、上下に回すが焦って発見できない。
見かねたレオナルドが手を貸したことで、やっとイライザの実家の家紋が日の目を見る。
「ほ、本当だ……」
「割とわかりやすいところに掘ってあるな。今まで気付かなかったのか?」
「なんかお洒落な模様だと思ってた」
「ははは……ステラらしいよ」
人様の家紋を散々振り回しておいて、お洒落な模様認定。
今頃セレスタンではイライザがくしゃみの一つや二つ、出しているだろう。
「僕も報告を受けたときは流石に疑ったよ。この目で確かめようとオルガナビアに行ってみたけど、誰もいないし。
手紙を何回出しても拒否される。レオなら何か知っているかもと思ってドルネアートまで来てみたら、家出の真っ最中。
君達は中々お騒がせ人物だね」
「面目ないです……」
「元はと言えば兄上が原因なんだがな」
本当だよ、と言葉を飲み込んだのは、自国の皇太子に対するできる限りの敬意だった。
ステラはトンファーをマントの下に隠した。
「とにかく、二人が無事で良かった。……いいや、無事じゃ無いね」
質の良い絨毯は三人の足音を吸収し、やけに静かだ。
時間も夕暮れ時。場内の人間の足の帰路に付く時間だ。窓の外の空は、赤く燃えている。
エドガーと夕焼け空が、一つに溶け合いそうだ。
暢気にそんなことを考えるステラとは反対に、エドガーは厳しい目だった。
「二人が見たという銀髪の男。それはどんな奴だったんだい?」
「あのオカマフグッ⁉」
「あれは俺達の見間違いだ。そんな変な奴、最初からいなかった」
何言ってんだ‼
そう叫んでやろうとしたが、口を覆うレオナルドの手が邪魔だ。いっその事噛み付こうか。
「さっき話したことは全部嘘だ。忘れてくれ」
「過去一番にクオリティの低い嘘だけど、もしかして疲れてるのかな?」
「そうだ。さっさと寝たい」
口元に添えられた手に、力が入ったのがわかる。
何故今更になって誤魔化そうとするのか?
ステラのにはレオナルドの意図がわからなかった。
「冷静に考えたら足が付いていなかった。そうだな?」
「バッチリ付いてたよ。一番最初に確認したもん」
「流石はおばけがが怖いステラさんだ。用心深いことで」
「んん~! なんだか組み手したい気分になってきちゃった。レオナルド、表に出て」
「はいそこまで。誤魔化されないよ」
「チッ、ダメか」
この挑発はわざとだったのだ。この場から乗り切るためにステラを煽ったのだろう。
しかしその作戦は目敏い、エドガーによって失敗に終わった。
その作戦に気付かないステラのボルテージは、単純に上がった。
「あの部屋で話したことは全部忘れてくれ」
「それはできないよ。人の命が狙われたんだろう? ステラを狙ったのか無差別なのかもわからないのに、放っておくわけにはいかない」
「あのオカマなら俺たちで追う。忙しい兄上とエドガーに迷惑をかけるわけにはいかないからな」
「国民を守ってこその王族だよ」
「師範‼お言葉ですが、国民を守るのは警察も同じです!」
「ステラは偉いね、後でお菓子をあげるよ」
「私だけ子供扱い‼」
鋭い睨み合いの間に入ろうと試みたが、一蹴されて終わった。
命を狙われた張本人より、外野の方が犯人探しに熱くなっているのはなぜだろう。
蚊帳の外のステラは右往左往するしかない。
「……わかった、この件は口外しない。だけど弟子を狙われたんだ、忘れることはできない。深追いはしないし、公にも出さないから軽く経緯だけ教えてくれないか」
「嫌だ」
「レオ、僕だって譲歩したよ」
「嫌だって。子供みたい」
「聞こえているぞ、怪力女」
「いたたたたたたたたたたアイアンクロー反対‼」
痛がる素振りを見せると、思いのほか簡単に手が離れた。
「……経緯はさっき話した通りだ。水辺でステラが銀髪のオカマに突き落とされた。それも泳げないことを知っての上だ」
「そういえば、学生時代のキャンプで海に落ちて溺れていたね」
「こんな馬鹿げた情報、限られた人間しか知らないはずだ」
「(馬鹿げた……)」
チョッピリしょげる。
しかしこれで命を狙われたのは事実。こんな理由でも命取りになるのだ。
「わかった、これは僕が個人的に覚えておくよ。もしセレスタンで似たような指名手配犯がいたら、チェックしておく。ステラ、他に犯人の特徴は?」
「えっと、結構筋肉質で、口紅が赤くて……それから!」
ハッと思い出したように顔を上げた。
そうだ、肝心なことを話していなかったのだ。
「あのオネエさん、主の命令で燈月草を探しに来たって言ってました!」
「主?」
レオナルドとエドガーの纏う空気が一変した。
その様子に気付くことなく、あの夜道で話した内容を思い返す。
「確か……その人に命を救われたって言ってて……主の命令じゃ無かったらこんな所、絶対来ないって。あとは性癖と恋愛トークを少々」
「そっか、それ以外気になることは?」
「一緒にいた時間はその数分だけだったので、それ以外引っかかるところはなかったです」
あれ、また事情聴取されてる。
エドガーの優しげな眼差しに、つい自白してしまった。なんという聴取能力だ、こんな身近に伏兵がいたとは。
「大体分かったよ、ありがとう」
「エドガー、わかっているだろうな」
「勿論だよ。これはあくまで僕個人として聞いているんだ」
「あの! 警察にもちゃんと言いますから! 師範のお手を煩わせるわけには!」
「ステラの気持ちもよく分かっているよ。そんなに気負わないで」
歩いていれば、いつか目的地に着く。
ステラの目に茜色の日差しが差し込んだ。
城の外に鳴り響く、日暮れを知らせる鐘の音。それは、ステラとレオナルドの帰りを歓迎しているように聞こえた。
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