43,多分、豚箱行き
「ようやく帰ってこれたな」
「待って、緊張で気持ち悪くなってきた」
「ここで吐くなよ、せめて茂みに行け」
「うっ……扱いが飲み過ぎた酒場のおっちゃん……」
ステラはえずきながら、箒の下を見下ろした。
下に広がるのは久しぶりにお目にかかるアルローデン城。
国のシンボルであり、レオナルドの実家でもある城は今日も今日とて壮観だ。
無意識に燈月草の入ったカバンに手を添える。
「どうする? 今日は宿を取って休むか?」
「ううん」
こんなところで吐きそうになっている場合じゃない。
ステラの目は、迷うことなくアルローデン城を見下ろしていた。
「ルカ皇太子の都合がつくなら、すぐにでも会いに行きたい」
そしてどうか真実を。
ステラの意思を確認したレオナルドは、黙って箒を降下させた。
「……? おい、箒が降りてくるぞ」
「なんだ? こんな城の前で……」
城門では警備の為に立っている騎士が、空を見上げていた。
アルローデンではオゼンウィルド家の襲撃があってからというものの、王族への警備が更に厳重化されていた。
もちろん国民も承知の上。
そんなご時世に堂々と箒で降りてくる人物がいるとなると、騎士の目が厳しくなるのも当然だった。
箒が地上に降り立ち、騎士はその人物を見定める。
目視するや否や、顎が外れるほど口を開けた。
「レ、レオナルド皇子⁉」
「家出中では⁉」
「大変だ、すぐ中に報告を‼」
「……だってさ」
「成る程。家出した第二皇子が帰城するとこうなるのか」
「今後の参考になりそう?」
「大いに役に立つ」
また家出をする予定があるんかい。
先行くレオナルドの背中を追い、ステラも城の門を潜った。
久しぶりに入る城内は相変わらず豪華絢爛。
実家との格差に、ステラの頭がバグを起こしかけた。
そしてすれ違う人達の突き刺さる視線が痛い。そんな視線に臆せず進むレオナルドのメンタルはダイヤモンドだ。
冷たい大理石に足を滑らせないようにと、気を配っていると大きな人影が二人の前に現れた。
「おかえり、レオ坊ちゃん」
「ただいま戻りました」
「オクターヴ団長! お久しぶりです!」
「譲ちゃんは相変わらず元気そうだなぁ」
まさか暫くぶりの母国で、一番最初に顔を合わせるのがオクターヴとは。
かつて筋肉について語り合った仲間に、ステラは喜びを隠せない。
個を輝かせて駆け寄ろうとするが、その再会はレオナルドによって阻止された。
「ちょっと! 腕邪魔なんだけど!」
「迂闊に近寄るな」
まるで敵を威嚇するライオン。
人一人殺せるような視線は、少なくとも己の師匠に向ける視線ではない。
「師匠、あなたは兄上と繋がっていますね?」
「え」
ステラは宝石のような目を瞬く。
「思えば、俺がステラをパーティーに誘った辺りから可笑しかった。探るような質問もそうだったが、その前からステラを嗅ぎ回っていた」
「え、全っ然気付かなかったんだけど」
「マシューにステラが襲われた時、何故あなたはあんな裏路地にいた? あからさまな尾行だ。そんな精度の低さでは警察にもバレているでしょう。どうせ兄上に言われてステラの素性か何か調べていたのでは?」
「(これ以上喋ったら墓穴掘るわ)」
懸命な判断である。
ステラはソッと口を閉じた。自分では周りに気を配っていたつもりだったが、尾行されていた?
確かにあんな人気の無いところにいたのはいささか疑問だったが……それだけで終わってはいけないのが警察だった。
「……ま、バレるわな。
小手調べ程度のだったし別に構わんかったが、わかりやす過ぎだったか?」
「モチロントモサ」
「……お嬢ちゃん、素直すぎると人生損するぜ。
で、ここにいるということは、燈月草でも見つかったかい?」
飄々としたその態度は、レオナルドの苛立ちを煽る。
「燈月草の有無はあなたに関係ない。それより皇太子の命とはいえ、守るべき国民の一人をあんな危険な目に合わせた。王国騎士団長とは言え、罪に問われる覚悟はしておいてください」
「危険な目? 何のことだ?」
「とぼけないでいただきたい!」
「待て、本当に何のことか‼」
レオナルドの眉間に皺が寄った
オクターヴの口から燈月草という単語が出てきたのは、ルカの企みに何かしらの形で絡んでいた証拠となった。
あの銀髪オネエさんと何かしらの繋がりを疑うが、この反応を見る限り嘘をついているようには見えない。
長年その背中を追ってきたレオナルドだ、この男がそこまで器用な人間で無いことはわかっていた。
「(あれは兄上の単独犯だったのか?)」
「私を尾行して何かわかりましたか?」
「ちょこっとお嬢ちゃんのプロフィールがわかったくらいさ」
「特定の者に対する怨恨の感情を充足する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において「ストーカーの規定詠唱をやめろ! お前らは揃いも揃って! ボードンにも警告されかけた上に脅されたんだからな!」
「ということは、署長も私がストーカーされてたの知ってたって事ですか⁉」
一歩間違えれば犯罪だぞ。
ルカとオクターヴは殺人未遂になる。それを見越したボードンが既に警告をしていたというのに、実行したのか? 確信犯じゃん、豚箱行きじゃん。
「落ち着けステラ。師匠は兄上の命で動いたんだ。先に大元を叩いてから、師匠を責めるべきだ」
「レオナルドがそう言うなら……」
「俺、責められるのか……」
「当然でしょう」
ふとオクターヴとステラの目が合った。
咄嗟にレオナルドの背中に引っ込んだのは、防衛本能だ。
「気を悪くさせちまったな、申し訳ない」
「このことは後でウチの署長にチクりますから!」
恐らくボコボコにされる。
オクターヴは溜め息を飲み込もうとしたが、無理だった。大きく漏れている。
キャンキャン背中から吠えるステラを、レオナルドは腕で押さえる。
「兄上に面会を申し込みたい。今は執務中ですか?」
「この時間ならおそらくな。付いてこい」
二人は顔を見合わせると、オクターヴから距離を取って城内に入った。
「トラップとか仕掛けられてない? 大丈夫?」
「見る限りあからさまのトラップはない」
「……なんかこの床の模様可笑しい気がする!」
「安心しろ、昔からこんな模様だ」
「レオ坊ちゃんも嬢ちゃんもそんな警戒しないでくださいよ」
「警戒するに決まってるじゃないですか‼」
あんな秘境に飛ばした犯人の仲間を、警戒せずいられるものか。そう、例えストーカーに気付かなかったとしてもだ。
えらく距離を開けて歩く二人を、オクターヴは苦笑いしながら手招きする。
「ルカ坊ちゃんは、こちらで執務中です」
とうとうやって来たのだ。
ステラは鞄から燈月草の入った瓶を取り出すと、両手で握る。
日々一つ入っていない瓶の中で、変わらず輝きを放っている。
「へぇ、それが燈月草って奴ですかい。どれどれ……」
「ステラ、師匠に見せるな。取り上げられるぞ」
「ゆ、許しませんよ‼」
「ここまで来てそんな意地悪しねぇって‼」
ここまで地に落ちた信頼を回復するのは難しいものだ。
そしてオクターヴの手によって、扉がノックされた。
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