42,もしも話



「魔法の絨毯なんて高級な物、本当に貰って良いの?」

「うん、私は箒で十分だし、お母さんは果物とか重い物と持ち運びするでしょ? あった方が便利だよ!」


 旅装束を身に纏い、鞄を大切そうに肩に掛けるステラ。

 中には瓶に入った燈月草が仕舞われており、間違っても割れないように厳重にタオルで巻かれている。


「まだ病み上がりだろう。あと二、三日はゆっくりしても良いんだぞ」

「私は早く仕事に戻りたいの!」


 鼻息荒く、片手に持った箒で地面を突いた。

 そんなステラを、ラナは心配そうに見守る。


「流石は体力おばけだな。滅多に引かない風邪をたった二日で治すとは」

「ねぇ、もしかして学生時代にいつの間にかついていた〝体力おばけ〟って渾名。もしかしてレオナルドが犯人?」

「ラナさん、お世話になりました」

「レオちゃんも身体に気を付けてね」

「これ黒なやつ‼」


 年をまたいで細やかな疑問が解決されるも、肝心のレオナルドはラナとの別れを惜しむばかり。

 なんで人の母親とそこまで親しくなっているんだ。


「じゃあステラ、身体には気をつけるのよ」

「お母さんも。あんまり仕事無茶しないでね」

「そっくりそのままあなたに返すわ」


 太陽が昇り、新しい朝が顔を出す。

 穢れの無い光に包まれたステラとレオナルドは、村から旅立とうとしていた。


 最後に一回、ラナに抱きつくと頭を撫でられる。


「次は手紙を拒否するなんてしないでちょうだい。凄く心配するんだから!」

「もうあんなことしないよ!」


 ちょこっとだけ目が潤むが、レオナルドの手前泣くわけにはいかない。


「レオちゃん、ステラが無茶しないように見張ってやってね」

「必ず。今度こそ食い止めます」

「そこまで暴走した前例は……」

「心当たりがありすぎて否定出来ないだろう」


 悲しきかな。


 今回の事件もレオナルドの言うことを聞いておけば、あんな目に合わなかった。

 とはいえ燈月草を手に入れたので、痛み分けということにしよう。



 ラナに大きく手を振り、ウツギのトンネルをレオナルドと潜る。


 数日前まで知ることのなかった、この花の魔法。そして村の秘密。

 今度帰ってくるときは、きっと成人しているだろう。

 そうしたら、もっと詳しいことも教えて堪えるはずだ。




「この村からアルローデンまでどれくらいかかるんだ?」

「だいたい半日ぐらいあれば着くよ」

「今から箒で飛べば夕方前には着くか……」


 木漏れ日が道に模様を作り、下界への道が繋がる。


 トンネルを潜り抜けると、大きな楠が見えた。トンネルを抜けた合図だ。

 レオナルドは持っていた箒に跨り、ステラを前に乗せる。



「行くぞ」

「二人乗り⁉ や、私やっぱりウメボシを召喚して背中に乗せてもらう!」

「半日もお前を乗せて走れないだろう」


 ギャーギャー箒の上で騒ぎ立てるが、もう遅い。


 レオナルドが地面を軽く蹴ると、吸い込まれそうなほど澄んだ空に舞い上がった。



「近い! ちょっと離れてくれないかな⁉」

「離れたら落ちるだろうが」

「くぅっ……!」


 早くアルローデンに着いてくれ。さもなくば心臓が爆発する。


 胸を抑え、深呼吸を繰り返すステラの頭に顎を乗せるレオナルド。

 その口元には笑みが浮かべられている。


「……さて、今からアルローデンに戻るまで時間はたっぷりとある。それまでお前を湖に突き落とした男について洗いざらい話してもらおうか」

「なんで毎度毎度私が事情聴取受ける側なんだろう……」

「仕方がない。トラブルの星の元にでも生まれてきたんだろう。

 それで、男の顔は覚えているか?」

「覚えてるよ、はっきりと!」


 ステラが目を覚ました日。


 レオナルドはラナと共に例の湖に行こうとしたが、結局辿り着くことは出来なかった。

 あの夜、月下美人が導いた道が消えていたのだ。


 ステラの解読した日記が正真正銘の燈月草への行き方だった。

 記された通り、あの道は月下美人が咲く夜にしか現れなかったのだ。


 おかげで犯人の追跡をすることもできず、ステラの供述を元に調査を進めていくしか手立ては残っていない。


「銀髪のオネエで、口紅は真っ赤。身長はレオナルドのより高かったかな……あとめっちゃ筋肉質だった」

「銀髪か……。なかなかない髪色だ」

「見つけて泣かす」


 一際低い声に、レオナルドの頬が引き攣った。

 表に出さないだけで、静かなる怒りはステラの中でふつふつと湧き上がっていたのだ。

 その証拠に目が据わっている。



「あのオネエさんさ、私の知り合いの誰かが差し向けたと思うんだよね」

「どうしてそう思う」

「だって、私が泳げないって知ってたんだもん」

「なんだと?」


 箒を握る、レオナルドの手に力が籠った。

 ステラが泳げないということは、ほんの僅かな人間しか知らない筈。


 ステラの顔も俯き気味になっていく。


「レオナルドにこんなこと言うのもあれなんだけどさ、もしかして……」

「兄上、かもな」


 やっぱり。


 ステラは顔上げレオナルドを振り返った。


「以前ルカ皇太子の帰国パーティーで、ストーカーか? ってくらい、私のプロフィールを調べてた。

 もしも犯人がルカ皇太子なら、何で私を狙ったの?

 レオナルドは何か知ってる?」

「俺も憶測でしかない。真実かどうかわからないまま、俺の考えを口にするのは状況をかき乱すだけだ」


 情けなく下がる眉は、不安を表している。

 どうにかして安心させてやりたいが、真実を知る人物はここからまだ遠い城の中だ。


「ルカ皇太子と喋ってる時、たまに冷たい目で私の事を見ていた。私のことを良く思っていないのは知っていたつまり。けど、ここまでする?」


 あからさまな敵意は、ステラの記憶に根強く残っている。

 何故あそこまで敵対視されなければならないのか、ずっと疑問に思っていた。


 そんなステラの不安を溶かすように、レオナルドは後ろから抱きしめる。


「今回の件は殺人未遂だ。いくら王族でも問題として取り上げられる」

「逮捕できるかな?」

「揉み消されないようにうまくすればな」

「何かしらの報復はしてやりたいんだけど。王族って肩書が邪魔だね」


 脳天に刺さる顎が痛い。


 垂れ下がっていた眉は、いつの間にか皺が寄っていた。

 公僕とはいえ、一般人がどうやって皇太子に立ち向かえるというのか。


「王族ってなんでも出来ると思っていたけど、こんな小娘一人揉み消すのも足がつかないようにしなきゃなんだね」

「なんでもかんでも許されるわけじゃないからな。……もし、ステラが王族になったら、どうする?」

「珍しいね、レオナルドがもしも話なんて」

「偶にはな」


 ステラにとっては、ただの妄想。

 レオナルドにとっては、現実。


 数秒黙った後、レオナルドの顎に緩やかな振動が伝わった。


「億が一王族だったとしても、やっぱり婦警さんは諦められないなぁ」

「兼任するか?」

「そこまで器用だと思う? 謹んで辞退するってことだよ」


 予想していた通りの答えだった。


 ステラは頬を掻きながら、遠くを眺める。


「ま、一日でも王族になれるなら、警察にもっと仕事を回すように根回しするかな」

「それは俺が阻止する」

「はぁ⁉ じゃあいいよ、〝王国騎士団は常にしゃくれるべし〟って条例作ってやる!」

「ならこっちは〝警察官は常に出っ歯でいるべし〟を発令する」

「泥試合じゃん」


 そんな国、目も当てられないぞ。

 

「兄上のことは帰ったら直ぐに取り掛かろう。その件が解決した後、お前はある程度覚悟しておいた方がいい」

「覚悟? 何の?」

「レブロンやエルミラに責められる覚悟だ」

「お、おぅ……」


 何度彼女たちの手紙を拒否したことだろうか。

 任務に没頭するあまり、彼女達へのフォローを疎かにしていた。

 顔合わせたとして、何と説明したらよいだろうか。


「これ極秘任務だもんね……。なんて言ったら逃げられるかな」

「大人しく鼻フックでも受け入れれば気が済むんじゃないか?」

「本当にされそうだから怖い!」


 とんだ未来だ。

 自分が鼻フックされる様を想像し、頬の内側をキュッと噛む。

 なにがなんでも回避せねば!


「怒られる時はレオナルドも一緒にいて欲しいな」

「弁解くらいはしてやる」


 レオナルドのワンクッションで鼻フックからラリアットくらいにはなるだろうか。対して変わらない?




 こうしてステラとレオナルドの旅は、終焉の幕を降ろした。

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