40,手に落ちた月
バシャンッ!
「(息がッ……!)」
肺に入っていた空気が、一気に体内の外に出る。
服が水を吸い、手足が思うように動かない。
間違いない、あのオネエさんに突き落とされたのだ。
だが何のために?
「(ま、まほう、を……)」
震えて定まらない指を下に向ける。しかし酸素の行き渡らない頭では、まともに魔法は発動しなかった。
だんだん視界が暗くなる。
「(……夢の中では、息が出来たのになぁ……)」
意識が遠のいていく。
瞼を閉じる間際、ステラの頭に映像が流れ込んできた。
「(……あれ?)」
息が出来る。
ハッと目を開けると、ステラは明るい水の中にいた。
音も無い、綺麗な世界。苦しくない、さっきの真夜中の湖とはまるで違う。
これは、オルガナビアで見た夢の続きだろうか。
「(あ、この水草)」
この水草を掻き分けようとして、この間は目を覚ましたのだ。
今度こそ、この先を見ることが出来るだろうか。
「(あ、案外簡単にいける)」
前の夢の中では随分重たく感じたが、今回はまるで歓迎されているように水草が避けられる。
「(わ、)」
その先は、言葉が出ない光景だった。
眩しい程金色に輝く一面は、まるで宝の山。
その光に目が眩むが、目は案外早く慣れた。
「(水の底に……光る花……)」
水草から離れ、一輪の花にソッと手を添える。
そこで一枚の絵を思い出した。ルカから見せて貰った、タンポポのような花。
「(もしかして、これが燈月草?)」
金色に輝く花は、確かに月にも見える。これがステラの探し求めている物ならば――
急に意識が、グンッと上に持って行かれた。
ザパァッ……‼
「ステラ! 大丈夫かッ⁉」
「カハッ……ゲホッ……‼」
目を開くと、夢の中で見た金色と似た色が、視界いっぱいに広がった。
気管に水が入り込み、激しく咳き込む。
「れ、れお……」
「捕まっていろ!」
そうは言われるものの、力が入らない。咳き込んでレオナルドの言葉に従うことが出来きず、咳で返事をするハメになった。
見かねたレオナルドは、ステラの腕を強制的に己の首に回す。
「もう少しだ、我慢しろ」
恐怖と苦しさで言葉を発することの出来ないステラは、レオナルドにされるがままだ。
岸辺に着くと、その身体を押し上げられる。
「ウエッ……ゴホッ……」
「くそっ……逃がしたか……」
咳を繰り返しながら、重たい頭を上げる。
レオナルドが言っていることは、恐らくオネエさんのことだろう。
突き飛ばされた崖を見上げるが、そこに人影はいない。
「家に帰るぞ」
「ま、て……あの湖の底に、燈月草が、ある……」
「そんなこと言っている場合か!」
「お願い……取りに、行かなきゃ……」
レオナルドの胸に縋り、懇願を繰り返す。
殺されかけても、チャンスは今日しかない。もう一度あの湖の中に行かなければ。
「あの湖の底に、水草がある……。その向こうに、きっと生えてるから……」
そこまで伝えると、再び咳き込む。
体内から水を追い出そうと、身体が拒絶反応を起こしているのだ。
「……わかった、なら俺が行く」
「いい、私がいくから……」
「泳げない奴が行っても溺れるだけだ」
言う通りである。
地面に這いつくばるステラに指を差し、呪文を唱えた。
「コンセルブオ・デ・カーポ(誓いの壁)」
「これは……」
最上級の防御魔法だ。
咳を繰り返しながら、周りを囲む透明な壁に手を付く。
「術者の魔力が切れるまで、中にいる者には指一本触れること出来ない。すぐ戻るから、ここにいろ」
「レオナルド……」
オネエさん対策か。
再び湖の中に戻る背中を、ステラは止めることを出来なかった。
レオナルドの姿が暗闇に溶けると、力の入らない身体を地面に横たえた。
そして腕で顔を覆う。
「(なんで、私が泳げないのを知っていたんだろう……)」
明らかに向けられた殺意。
心当たりを探すが、思い浮かばない。
今まで逮捕した被疑者の身内が、報復にやってきたのだろうか? もしは通り魔?
それとも個人的な恨み? それこそ心当たりが無い。
そもそもステラが泳げないことを知っているのは、ほんの数人しかいないはずだ。
学校時代、共に無人島でキャンプした友人や、ラナとヒルおじさんくらいだろう。
どこからそんなマニアックな情報が漏れたというのだ。
これは殺人未遂だ。
燈月草をゲットしたあと、絶対指名手配をかけてとっ捕まえてやる。
ステラが身体を起こすと、大きな水音が近くで聞こえた。
「見つけたぞ」
濡れた髪を掻き上げたレオナルドが、浅瀬から上がってきた。
その右手に、何かが光っている。
「ステラの言う通り、湖の底に水草が生えていた。その向こうにこの花が一面に咲き誇っていた」
防御魔法が解かれ、ステラの冷え切った手に花が渡された。
「綺麗……」
これが、燈月草。
夢に出てきた花と全く同じだ。
小さく灯る光は、まるで満月。
この世で尤も名を体で表した植物だろう。
「確かに絵で表そうとすると、タンポポみたいに描くしかないね」
「だな。本当にあるとは思わなかった……。さっき見えたのか?」
「ううん、多分……眼が教えてくれた」
これは予知夢だったのか?
今までそんな占い師じみた物を見たことが無い。原因があるとすれば、この眼くらいしか思いつかないのだ。
「スピカの眼か。力は未知数だな……」
「ゴホッゴホッ……」
「帰るぞ」
今度は有無を言わせない、と目が語っている。
気管に残った水が気持ち悪い。
強制的に背負われてお尻が地面から離れた。
「……ごめんね」
「お前の我が強いのには、もう慣れた」
広くて暖かな背中。
ヒルおじさんとは違う安心感は、冷え切った身体を暖めてくれる。
手の中の燈月層を握ったまま、ステラは瞼を下ろした。
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