38,銀色のオネエさん



「何を冗談言って……」

「冗談じゃない」


 胸板に押し付けられた額が熱い。

 ドクドクと耳に伝わってくる鼓動は自分のものか、はたまたレオナルドのものか。


「兄上の命令なんて聞かなくていい、俺がなんとかしてやる。だから頼む。ここで一緒に生きてくれ」



 どうして今、そんなことを言うのか。

 どうしてそんな声で、そんな瞳で切願するのか。


 勘違い、してしまう。




「(どれほど望んでも、私は隣にいられないのに……)」


 危ないことに首を突っ込むステラを引き留める言葉にしても、甘美過ぎる。


 しかしステラの意思は固かった。


「私は婦警さんになって、皆を守りたいっていう夢がある。レオナルドにもレオナルドだけの夢がある。

 あの村がいいところなのは保証するけれど、それじゃあお互いの夢は叶わないよ」

「俺の夢は承知の上だ。そんなに守りたいなら、自警団を立ち上げればいい。いくらでも協力する」


 震えそうになる声を何とか喉に固定させる。

 そんなステラの努力を知ってか知らずか、代替案を掲示されるが頷くことは出来ない。


 ステラは目を開けると、その胸板押し返した。


 案外簡単に離れたのは、拒絶されることを分かっていたからだろうか。


「私は任務を遂行するためにここまで来た。これ以上邪魔するならレオナルドでも容赦しない」

「公務執行妨害で逮捕するか? いいぞ、お前になら手錠を掛けられてもいい」

「っ……だからどうして! あんたは私の邪魔をするの⁉」


 頭に血が昇り、苦々しさを含んだ言葉をレオナルドにぶつけた。


 思い通りにならない、まるで子供のような癇癪。

 そんなステラを、レオナルドはただ静かに見つめていた。


「誰がここまで追いかけて欲しいって言ったの⁉ もう放っておいてよ! 私はっ‼」


 あんたは諦めたいのに。


 思わず飛び出そうになった言葉を堰き止めた。


「私は? 何だ?」


 その言葉の続きを促すように、レオナルドがステラの頬を撫でる。

 その温もりに一瞬身体を固くするが、決意の固まったステラは直ぐに体制を整えた。


「私は


 アルローデン警察署に戻る!」


 熱い手を振り払った。


 そして人差し指を立て、レオナルドに向ける。

 その指先には淡い緑色の光が集っていた。


「この魔法は、」

「ラファエル!(捕獲)」


 レオナルドが身を引こうとしたが、遅かった。


 ステラから放たれた光は、細い糸になりレオナルドに襲い掛かる。

 そして抵抗する間もなくがんじがらめにされた。


 これは警察官のみ使用することが許可された、捕縛魔法だった。


「くそっ! ほどけ!」

「よしみだから逮捕まではしない。けどしばらくここで待っていて」


 ここから先は、ステラ一人だ。


 今度こそ迷いを捨てたステラは、レオナルドに背を向けた。




 ******




「信じられない、なんなのあいつ!」


 ステラは憤慨していた。


 無理もない。

 自分の財産を投げ打ち、好きな人に告白する資格を得るため(フライングしたが)ここまでやってきた。

 それを張本人に割と本気で止められようとしたのだから、それは怒る。


「しかもあんなっ……!」


 肩で風を切りながら、大股で一本道を突き進む。

 頭の中でリフレインするレオナルドを言葉を振り払うように、一層スピードを上げた。


「(一緒に生きてくれ、なんて……まるでプロポーズじゃん!)」


 視界が霞むのは、夜風が冷たいからだ。


 手の甲で目を擦った。


 どうせヒルおじさん辺りに「ステラの無茶を止めてやってくれ」とでも言われたのだろう。

 それにしても止め方があまりにも酷だ。


「好きでもない女にあんなこと言うなんて……いつからそんな軽い男になったんだっつーの!」

 

 とうとう頬に一筋の涙が伝った。

 そして動かし続けていた足も止まる。


 どうやら自分が思っているより、随分とレオナルドに惚れ込んでいたようだ。

 

「(この任務が終わったら、暫く会わないようにしよう)」


 そうでもしないと、今後の生活に支障が出る。


 ここいらのシーンをリタが目撃すれば「だからあなたはニブチンさんなのよ!」と叱咤が飛ぶことだろう。


 ステラは頭上に浮かび上がる満月を睨みつけた。

 憎らしいほど輝く月。見てな、今日で決着を付けてやる。


 すると視界で何か銀色の物が動いた。


「……何あれ?」


 涙で滲んだ目を乱暴に擦る。

 よく目を凝らしてみると、どうやら人らしきものが少し先に立っているではないか。


「(お、おばけ⁉)」


 慌てて視線をその人物の足元にスライドさせる。

 よかった、ちゃんと付いている。


「……って、なんでこんな所に人がいるんだろ」


 決まった条件にした入れない道。他に入口があったとして、ステラ以外に燈月草なんて珍品を探しにくる人間が存在するのか?


 どうやら向こうもステラの様子に気が付いたようだ。


 警戒するステラに対して、その人物は警戒に駆け寄ってきた。


「んまー、お嬢ちゃん! どうしたのん?」


 オネエさんだ。


 銀色の髪は背中まで伸びている。

 淡い月明かりでもわかるくらいはっきりと惹かれた口紅は、ステラより化粧っ気がある。上品に言い過ぎた、ケバい。


「こんな夜中に危ないわよォ! 迷子かしらん?」

「いや、探しものを……」

「あっらー! 偶然ね、私もよー!」

「そ、そっスか」


 急な熱量は、今まで泣いていたステラのテンションでは付いていけない。

 思わず王都にいるであろうペアっ子の口調が出てきた。


「あれデショ? こんなところにいるってことは、あんたも燈月草が狙いでしょ!」

「あんたもって……オネエさんもですか⁉」

「まぁねー」


 まぁ、ここにいれば自ずと目的は被ってくる。

 まさかこの世に同士がいたとは、と驚いていると腕に何かが絡みついた。


「こんなところで会ったのも何かの縁よん! 旅は道連れ世は情けっていうじゃなぁい? 一緒に行きましょ!」

「そ、そうですね! 二人なら心強いです!」

「じゃあ決まりねぇ!」


 まさかの連れが出来てしまった。


 ステラは自分の後ろを少し気にする。

 早く行かなければ。悔しくも優秀なレオナルドは、きっと短時間で捕縛魔法を解いてくるだろう。

 それまでに、なんとしても見つけなければ。


「この先に行っても湖しかなかったのォ。どうしたらいいか途方に暮れてたとこよん!」

「湖⁉ 湖があったんですか⁉」

「そうよぉ。暗ぁーくてなんにも見えなかったけどネ」


 頭の中で絵本が開かれた。


 月の精霊は月下美人の咲き誇る湖で歌っていた。

 ならば燈月草はきっとそこにある。


「案内してください! きっとそこに咲いています!」

「あんたと一緒なら見付けられるかもすれないわ! 行きましょ行きましょっ!」


 なんと頼もしい連れだ。


 瞳を煌めかせ期待に満ちたステラの横で、オネエさんは嗤笑を浮かべていた。

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