14,公私混同




「おい聞いたか」

「あぁ、とんでもないことをやらかしたな」


 自主トレを終えたレオナルドは、昼食を摂るために本部の廊下を歩いていた。


 トレーニングに付き合っていたウルを従え、闊歩するレオナルドに声をかける者は誰もいない。


「(なんだ?)」


 道の端に寄り、同僚たちがなにやら不穏な空気で声を潜めて立ち話をしている。

 視線を感じ後ろを振り返ると、数名の騎手達がこちらをから視線を外した。良い気分はしない。


 己の腰元で、ウルが低く唸る。


「レオナルド様。不届き者の尻を噛み千切ってくればよろしいでしょうか?」

「やめろ」

「ですが……」


 主人の心情を察し、変わりに鉄槌を下そうとする忠誠心の強いウル。無駄な流血沙汰を起こして得は一つも無い。

 ウルが飛びかかる前に、召喚術を解いた。


 相棒が居なくなったことにより、足元が冷えていく。


「(何かあったのか?)」


 噂好きのオリバーならすぐに教えてくれるだろうが、こういう時に限って別行動。


 誰かに話を聞こうとすると、曲がり角の向こうで一際大きな声が聞こえた。




「強姦⁉」


 平和を一発でぶち壊す単語だ。

 思わず壁に寄って、聞き耳を立てる。


「(事件か)」




「らしいぜ。今団長が警察に行って現状確認しているって話だ」

「マジかよ! よりにもよって王国騎士団からそんな奴が出るなんて……‼」

「前代未聞だよな」




「(そういうことか)」


 それで先ほどから騎士達が騒いでいたのか。

 国を守るための組織が、国民を傷つけることはあってはならない。オクターヴも責任を問われることだろう。




「レオ‼」

「っ⁉」


 口から心臓が飛び出るかと思った。

 反動を付けて振り返ると、遠くからオリバーが走ってきた。どれだけデカい声が出るんだ。


「な、なんだ」

「そんなところにいたのかよ!」


 彼の額に薄ら汗が滲んでいた。

 悪いが、今はこちらの情報を立ち聞きする方が優先的だ。


 慌てて先ほどまで盗み聞きしていた騎士達に視線を戻すが、彼らはとっくに居なくなっていた。

 まぁいい。オリバーなら何か知っているだろう。


「聞いたか? 強姦未遂の話。ビックリだよな!」


 聞くまでもなかった。


 レオナルドの期待通り、オリバーは欲しい情報をこれでもかと教えてくれる。


「あぁ、噂程度だが。未遂だったのか」

「未遂でも起こったらダメなことだろ! それで犯人がアルローデン警察署に身柄を確保されたらしいから、引き取りに来いって」

「それは俺達が?」

「先輩方は今から別任務が入っているんだとさ。何人か手の空いてる騎士で迎えに来るようにって」


 それで急いでレオナルドを探しに来たということだ。

 食堂へ行こうとしていた足は、当然正門へ向かうこととなる。


「被害者の女性は?」

「そこまで知らねぇんだ。けど傷付いているだろうから、俺達は顔を合わせないように気と付けないとな」

「全くだ」


 ここからは警察署がよく見える。


 裏切りの同胞を迎えに行くのに、先日嫌みと苛立ちを打つけた元同級生に会うのだろう。

 今回の事件のことは、確実にステラの耳に入っている。正義の塊である彼女は、怒り心頭に違いない。


「あーぁ……。明日にはお国中に知られるんだろうなぁ」

「こんな不祥事、隠せないだろうからな」

「信頼回復にどれだけ時間掛かることやら……」


 結局昼食に有り付けなかったが、国民の平和を乱した異分子に制裁を加えなければいけない。


 レオナルドは空いた腹の声を聞かなかったことにして、同行するべく同僚達との合流を目指した。




 ******




「失礼する」


 徒歩数分。レオナルド達を率いた小隊長が、アルローデン警察署の扉を叩いた。


 案の定、歓迎のムードはへったくれも無く、事務的な視線を投げかけられる。その中に感じる白い目線も、勿論覚悟の上だ。


「ようこそっス。被疑者は中の取調室でオクターヴ団長殿と話中っス」


 藍色の髪の青年が、カウンター越しに浅く小隊長へ頭を下げた。


 レオナルドには見覚えがあった。

 ステラが迷子になった日、この警察署から飛び出してきた人物に違いない。

 彼女の寄越してきた手紙にも、名前は何度か登場していた。確かフレディ、と言った筈だ。


 オリバーは気まずそうに、レオナルドに擦り寄る。


「やっばい空気だな……」

「当然だ。不祥事を起こした直後の仲間なんて、誰も笑顔で迎えられないだろう」


 小隊長越しに、フレディと目が合った。

 そして、これでもかと顔を顰めてみせる。


「失礼っスが、レオナルド殿はステラ・ウィンクルのご学友では?」

「その通りですが」


 それが何の関係があるというのだ。

 オリバーが唾を飲む込む音が聞こえる。


 このタイミングでステラの名前が出てくるのか、理由を尋ねるよりも先にレオナルドよりも深くて、深海のように冷たい藍色の瞳が彼らを射抜く。


「無礼を承知で申し上げるっス、ステラ・ウィンクルと面識がある方はお引き取り願うっス」

「何でですか? 俺たちは今回の事件の被疑者を引き取りに来ただけです」


 今度はオリバーが食ってかかった。

 この面子でステラと面識があるのは彼ら二人だけの筈。新人二人が外されたところで大した痛手にならなくとも、問答無用で追い払われるとプライドに関わる。


 フレディが深く息を吸い込む音が聞こえた。

 

「今回の事件の被害者がステラ・ウィンクルだからっス」

「……な、に……?」


 耳を疑った。

 最後に見た着飾った姿が、フラッシュバックした。


 あの笑顔が、奪われたのか。




「被害者が、ステラ……?」

「そうっス、ですから……」


 隣で驚くオリバーの声も、フレディの声も、全てが靄がかかって聞こえる。

 頭が熱くなって、平衡感覚が無くなるような感覚に陥った。


「あいつがそんな、っておい! レオ!」

「退いてくれ」


 他の騎士を押し退けて、警察署のカウンターに足を踏み入れた。


 その瞬間、オリバーがレオナルドの前に立ち塞がった。


「これ以上先に行くと、不法侵入で現行犯逮捕っス。いくら皇子様でも、容赦はしないっスよ」

「かまわない、あいつに会えるのなら」

「公私混同するのはお勧めしないっスね」

「それならあんたも同じだろう」


 フレディがレオナルドを睨み上げた。


 確かにレオナルドが前に出てきた途端、取り繕った警察官としての仮面が剥がれ落ちた。公私混同という面に置いて、フレディは何も言えない。


「レオ!、何言ってるんだよ、こんな所で逮捕されて後悔するのはお前だぞ⁉」

「今会わない方が後悔するに決まっているだろうっ‼」


 抑え込んでいた感情が爆発した。

 一度突き放した手を、もう一度繋ぎ止めたいという我が儘。

 自分勝手と誰に詰られても、ここから引くことはないだろう。



 静まりかえった警察署で一番初めに動いたのは、フレディだった。


「……こっちっス」


 何を言っても無駄だと悟ったのだ。


 フレディはようやくレオナルドの前から退いて、道を空けた。


 この先に、傷付いたステラが居る。


 走り出したい衝動を抑え、爪が食い込むほど掌を握った。



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