15,力自慢




 こんな小さな建物だというのに、ステラの居る部屋まで道のりが長く感じる。

 実際建物としてはそこまで小さくないのだが、城で育ったレオナルドには小さく思えた。



「(こいつ、同じ所を回っていないか?)」


 思わずフレディに疑惑の念を抱くくらいだ。


 泣いていないだろうか。怖かっただろうに。早く会いたい、そして安心させてやりたい。


 たった一度だけ見たことのあるステラの涙が、フラッシュバックした。

 誰よりも強いと思っていた彼女が泣いた卒業試験の日は、何故だかいつまでも消えること無くずっと残っている。

 

 ステラに近付いていると思う度に足音が大きくなり、動悸が速くなる。




 ようやく辿り着いたのは、一つの無機質な扉の前。

 〝取調室〟と書かれており、窓にはカーテンがかかっている。


 ここにステラが居るのだ。




「失礼します」


 誰もが息を飲んだ。


 早く、早く。

 そう願うレオナルドの思いに反して、フレディの手の動きはゆったりとしたものだった。


 そしてゆっくり扉の取っ手を捻ると――――





「きゃははははは‼」

「どうだー⁉ おっちゃん凄いだろー‼」

「もっと‼ もっとやってください‼」

「よぅし、任せろ‼」




 静かに扉を閉めた。



「……あの」

「や、ちょっと待ってくださいっス。今被害者から事情徴収をしていて……」

「いやいや、見えましたよ! なんかステラ、うちの団長に振り回されていましたよね⁉」


 フレディのすぐ後ろにいたオリバーは叫び、他の騎士も頭を縦に振る。

 なんなら声だって聞こえた。


「気のせいっス‼ そんな、神聖なる取調室で腕ブランコなんて‼」

「じゃあ開けてさせくださいよ‼」

「いいっスよ、ステラがそんな遊んでるわけないっス‼」


 そう、しおらしくさめざめと涙を流しなら、被害を訴えていることだろう!


 今度はオリバーが勢い良く扉を開けた。





「すごーい‼」

「どうだ、俺にかかれば女性一人くらいどうってことないのさ‼」

「魔法も使わずに、筋肉だけでこんなに力があるなんて!」

「どうだ? 王国騎士団に来れば君もこれくらいなれるぞ!」

「それは行かないけど、王国騎士団の特訓メニューを教えてください‼」




 そして扉を閉めた。




「っかしーな……ステラが団長の腕の上で座っていたぞ……」


 オリバーは自分の目を擦った。


 訓練に精を出しすぎただろうか、とうとう幻覚が見えているのだろうか。よし、戻ったら訓練軽減運動を起こそうか。


「事情徴収って、あんな感じなんですか?」

「や、もっとしんみりしていて重い空気なんスけど……」

「それにうちの団長、めっちゃいい笑顔だったような……」


 控える騎士団員達もざわつく。


 無理もない、被害者と被疑者の上司が手を取り合って楽しげに取調室にいる等、あり得ない。

 扉が開いた瞬間に、ステラから罵詈雑言が飛んできても可笑しくないというのに。


「退け」


 痺れを切らしたのはレオナルドだった。

 扉の前に立ち尽くすオリバーを押し退け、その取っ手に手をかけた。




「おぉっ⁉ この俺を姫抱きするなんて⁉」

「どうですか! 片腕で抱えることも出来るんですよ!」

「ぐぬぬ……余計に惜しい魔法だ……‼」

「お二人さん。事情聴取の続きがまだあるのよ」




 間違いなかった。



 彼らは、力自慢をし合っていた。


「お? 迎えが来たな!」

「へ?」


 オクターヴを降ろして、ようやくステラは王国騎士団の存在に気が付いたらしい。

 よほど楽しかったのか、頬が高揚している。


 そして奥の机ではショートカットの女性が座って書類を作成していた。

 どうやら事情徴収という名目は生きているようだ。


「ちょ、ちょっと、フレディ‼」


 王国騎士団の面子を確認したブランカが声を荒らげる。


「何をやっているの‼ ここにステラが居るのよ、被害者の知り合いは連れてくるなって、散々言われているでしょう⁉」

「申し訳ありません、自分がどうしてもと申し出ました」

「レオナルド、とオリバー?」


 事情が全く飲み込めていないには、ステラただ一人。オクターヴを抱えたまま、キョトンと目を瞬かせていた。


「なんでここに? ……っていうか、ブランカ先輩はさっきから何を書いているんですか?」

「供述調書。被害者や被疑者の供述を元に作られる書類よ」

「どうやって書くんですか? 見せてください!」

「また今度‼」


 こんな状況でも好奇心旺盛である。


 オクターブを下ろして覗き込もうとするステラ。その頭は押さえられて、供述調書はブランカに手によって机の端に避けられた。




「元気そう、だな……?」


 呆気にとられたとはまさにこのこと。

 オリバーを始め、騎士達は動揺に包まれていた。


 まるで通常運転。事件性が皆無と言っても過言で無い。




「大体、私は被害者じゃないです!」

「って言うけど、これは立派な犯罪なのよ」


 ブランカの鋭い目が、ステラを制した。

 お陰でぶち上がっていたテンションが、少し落ち着く。


「けど、これは事件と言うより喧嘩ですもん」

「それがヒートアップして、こうなったんでしょうが。向こうももうすぐ終わるだろうし、あなたも早く白状しなさい」

「って脅してくるんですよ!」

「おっかねぇ上司だなぁ! どうだ、王国騎士団に「行きません」お前さんも頑なだな……」



「あ――……で、お取り込み中の所悪いんスけど、王国騎士団の方々が被疑者の回収に見えたんスけど……」

「じゃあそっちの部屋で待機してもらって」

「了解っス……あっ!」


 レオナルドが、止める間もなくフレディの横をすり抜けた。

 部屋の中に入ると、ようやくステラの全身が見える。特に目立った怪我は無い。

 

 その姿を見ると、ステラは気まずそうに視線を反らした。


「……なにさ」

「すまなかった。俺があの日止めておけば、お前に辛い思いをさせずに済んだ」


 簡易な椅子に座っているステラの前に跪く。

 まるで子供をあやす保父さんのようだ。


「教えてくれ、何をされた?」


 おっかなびっくり。そこは誰もが慎重になるべき質問。なんとデリカシーの無い。

 リタ辺りがこの場にいたら、間違いなく平手打ちが飛んできただろう。


 二人の間に、無理矢理ブランカが入り込んだ。その目は、今にもレオナルドを射殺しそうな光が宿っている。


「レオナルド皇子。そういう質問は我々で調査致します。今のステラは被害者です、どうか気持ちを汲んでください」

「ちょっと殴り合いになっただけだよ」

「ステラ、とりあえず何にも言わなくていいんスよ」


 警察官の制止を受けても、レオナルドは立とうとしない。

 居心地の悪い空気に耐えかねたステラが、とうとう口を開いた。


「……あの人がさぁ」

「あぁ」


 レオナルドはただ、耳を澄ませた。



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