13,譲れないもの
「ステラちゃん!」
ある晴れた昼下がり。
待ち合わせの公園の噴水で先に待っていたのは、マシューだ。そんな彼の前に、今日も今日とてスカートを着こなしたステラが現れた。
「すいません、待ちましたか?」
「全然待っていないよ! 今日も可愛いね」
「ど、どうも……」
硬い表情のステラが無理矢理口角を上げた。
昨日、レティから言われた言葉を思い出す。
「とうとう明日だねぇ~」
「例の彼とデートよね、こっちまでドキドキするわ」
女性先輩二人に囲まれ、ステラはシャツを脱ぎ去った。
「そうなんですよ、しかも次の日はレオナルドのお付き案件ですし、気が休まらないんです」
「充実していて何よりじゃない」
「そうだそうだぁ~! 二人の男から言い寄られるなんて、贅沢な話だぞぉ~!」
「別に言い寄られてるわけでは無いですよー」
「謙遜するなぁ~。その悩殺ボディでマシュー君を捕まえてこい~!」
「ぎゃっ‼」
「……ステラって意外と胸があるのよね。筋肉ばかりだと思っていたのに」
「み、見ていないで助けてくださいー!」
胸を掴まれ、先輩相手に抵抗できないまま、ステラは先に着替え終わったブランカに焦る。
なんとかレティを押しのけつつ、そそくさと私服へ着替えた。
「今日は明日のデートに向けて、みっちりしごいてあげるから覚悟なさい」
「出たぁ~! ブランカのスパルタ教育~!」
「当然でしょう、私達警察官が一般人と付き合うなんて夢のまた夢。可愛い後輩にその夢が迫っているなら、後押ししてやるのが先輩ってものよ」
「おぉ~……流石姉御ぉ~……」
ブランカとレティの間で何かが始まってしまった。
今夜はステラの初デートに向け、人生の先輩である二人に男心を掴む極意を教えて貰う約束をしていたのだ。
何故か当人では無く、二人の方がやる気に満ちている。
「どうかお手柔らかにお願いします……」
そして現役警察官による「人生初カレゲット・時代は女が馬に乗って男を狩る‼」講座が開催されたのだった。
「(出来るだけお淑やかに、足は揃えて笑う時は控えめに、口許を隠す……‼)」
「ステラちゃん?」
「はいっ⁉」
「どうかしたの? もしかして体調でも悪い?」
「いえ、全く! ごめんなさい、ちょっと緊張しちゃって」
「ふふふ……可愛いね」
今のはどこが可愛かったのだろうか。できるなら可愛いの基準を教えて欲しいくらいだ。
今度はジェラルドとフレディに男心のイロハをご教授願おうか。
「それじゃあ行こうか」
マシューにそっと肩を抱き寄せられた。
その瞬間、背筋に悪寒が走る。居酒屋でもそうだったが、まさか風邪でも引いただろうか。
「今日はちょっと寒いですね」
「そうかな? 暖かいと思ったけど」
マシューの言う通り、太陽の光がサンサンと降り注ぎ、ちょうどいい小春日和だ。
さりげなく彼から自分の体を少しだけ遠ざけた。
「あはは……気のせいだったみたいです」
「だったらいいけど……。そうだ、あっちのショップに見に行こうよ!」
「えぇ、是非」
マシューのエスコートで、近くの店に入ると、そこは大勢の女性客が訪れていた。小物を手に取り、楽しそうに買い物を楽しむ姿は平和そのものだ。
店の雰囲気と、フワフワした女性の相乗効果で、ステラの頭の中までフワフワになりそうだ。
「何か欲しいものはない? 記念にプレゼントさせてよ」
「欲しいもの……」
パッと頭に浮かんだのは最新式の自宅専用筋トレマシーン。
噂によると四十種類近くの筋トレを行えるそうな。
そんなものがこの店にあるとは思えないし、強請る気も無いのだが。
どうやら頭の中はフワフワしていても、根本的なところまで変化は及ばないようだ。
「大丈夫です、気持ちだけで凄く嬉しいです」
「遠慮なんかしないで。こっちのネックレスなんてどう?」
近くに置いてあったアメジストのネックレスを掲げられる。
華奢なデザインで揺れるアメジストが可愛らしい、ステラが絶対選ばないデザインだ。
回し蹴りを繰り出したら遠心力で引き千切れるのでは、と心配になる。
「そのチョーカーもステラちゃんによく似合ってるけど、たまにはこういう揺れるのも可愛いんじゃないかな?」
マシューの手がステラの首に近づいた。
チョーカーに触れられると思った瞬間、ステラは素早く後ろに引く。
「ご、ごめんなさい! この釣果は私のお守りみたいなもので……」
無意識にチョーカーを守るように、手で覆った。
親友のリタやエルミラにも触らせたことのない、ステラだけのお守り。
レオナルドの顔が同時にフラッシュバックしたが、内なるステラが雑巾で乱発にレオナルドの顔を拭い去った。
貰った人物は何であれ、チョーカーには罪はない。自分で自分に言い聞かせる。
「そうだったんだ、知らなかったとはいえごめんね」
「こっちこそ、驚かせてしまってごめんなさい」
眉を下げるマシューに、こちらが申し訳なくなる。
こういう時、なんと言って次に繋げればいいのだろうか。ステラが迷っていると、そんな空気を吹き飛ばすようにマシューが笑顔を取り戻した。
「そうだ! お詫びにクレープを奢らせてよ!」
「クレープ?」
人生でも数回しか食べたことのない甘味につい反応してしまった。
街に出なければ食べられない、スペシャルな立ち位置の食べ物だと認識されている。
「いいですね、最近全然食べてないです!」
「おやつにもいい時間だし、この近くにいいカフェがあるんだ。行こうよ!」
「カフェに?」
クレープというのは、屋台や店で買って立ち食いする物では? 自分が知らなかっただけで、最近はカフェでもあのクレープに齧り付けるようになったのだろうか。
色気より食い気に負けたステラの返事を聞くと、マシューは気を良くしたようにステラの手を握った。
「さぁ、どうぞ!」
マシューに連れられてやって来たのは、以前エルミラに連れてきてもらったカフェによく似たお洒落なカフェ。
彼は迷うことなく入店すると、ウェイターにさっさと注文を伝え、あっという間にお目当てのものが出てきた。
「ここのクレープ、最近凄い人気なんだよ。盛り付けが可愛いよね」
「わー、すごーい……」
なんだこれは。
目の前に置かれた大きなお皿の真ん中には、お上品に畳まれたクレープ生地と、申し訳ない程度に乗っかった生クリームとフルーツ。
ステラの知っているクレープと大分違う。コレジャナイ感が半端ない。
「遠慮しないなんかしないで!」
「で、ではお言葉に甘えまして……」
ナイフとフォークで食べるの? 屋台で買ってベンチで食べるんじゃなくて⁉
と、内心カルチャーショックを受ける。どうやらクレープの時代は変わってしまったようだ。
「どう? 美味しい?」
「おいしいれふ……」
物足りない。クレープっていうのは、生クリームとフルーツがこれでもかって言うほど乗っかっていて、持った感じ重量感がある食べ物のことだ! もっと大口で齧り付きたいんだよ‼
なんて言えるはずも無く。慣れない手つきでクレープを切り分けて口元へ運ぶ。
うん、味がわからない。
「よかった、気に入ってくれて安心したよ」
「お洒落ですね、こんなクレープ初めて食べました」
上手く笑えているだろうか。多分、不細工。
クレープを咀嚼ステラに対して、マシューはコーヒーのみ。
砂を噛むような思いで、手早くクレープを口の中に押し込んでいく。
そんなステラの様子を、コーヒーを飲みながら眺める。
「マシューさんは食べないんですか?」
「ごめんね、実はあんまり甘い物が得意じゃ無いんだ」
「そうだったんですか⁉ すいません、なんだか気を使わせてしまって」
「ううん、ステラちゃんが美味しそうに食べているのを見ているだけで幸せなんだ。それより、年上だからって敬語なんてよしてよ。それに名前だって、呼び捨てでいいんだよ?」
やはり風邪を引いているようだ。
ステラは身震いした。
「……そうだ、この後なんだけど、近くに花が綺麗な公園があるんだ。散歩でもどうだい?」
「よ、喜んで!」
異性と上手くお付き合いするコツは、男性の誘いに対して基本断らないこと。
先輩方に教わった、モテる女の秘訣をここぞと言わんばかりに活用して見せた。
「さぁ、行こうか。お手をどうぞ」
「あ、大丈夫です」
店を出て目的の公園へ行こうとすると、手を差し出された。条件反射で断ってしまい、数秒差で後悔する。早速ミスったぞ。
「ふふっ……照れなくてもいいのに」
「すいません、なんだかこういうのに慣れていなくて」
「本当に可愛いなぁ」
我慢ならん。とうとうステラの眉間に寄る皺を隠しきれなくなった。
「マシューさん私のこと可愛いって言いますけど、どこが可愛いんですか?」
「ええ?」
ストレートな質問にマシューは目を泳がせた。
ただ普通にしているだけなのに、ここまで褒められるのは不自然すぎる。実家にいた頃は親達に可愛いと言われていたが、その〝可愛い〟とは違う。
少しだけ顔を近づけられて、声を潜める
後ろに引き下がりそうになったが、なんとか堪えた。
「こんなに人がいっぱいな所じゃ言えないよ」
「ここじゃダメなんですか?」
「うん。もっと景色がいいところ知ってるから、ついてきて」
肩を抱かれた。
危ない、もう少しでバックドロップを仕掛けるところだった。
脳内でブランカとレティが腕で大きくバツ印を作る姿が思い浮かんだ。
「こっちに公園なんてあるですか?」
「うん、もうすぐだよ」
先程までいた明るい町中と一変して、薄暗い裏路地に連れてこられた。
「……随分と人気がないところなんですね」
「そうだねここだよ」
「ここ? 何にも……いっ⁉」
埃っぽくて湿っぽい。これのどこが絶景なのだろうか
不審に思い、マシューの手を振りほどこうとすると、手首を壁に縫い付けられた。
咄嗟のことに反応できず、ステラは壁に押しやられる。
「……何をするんですか?」
「へぇ。こういうことされても平気なんだ」
顎を掴まれ、マシューの顔が近づく。
その顎を、かち割ってやるイメージが一瞬で湧く。
「あいつの妾っていう噂だったから、ちょっと遊んでやろうと思ったけど。案外普通の女なんだな。つまんなくて半日も保たなかったわ」
「あいつって誰ですか」
「レオナルドだよ。レオナルド・ウル・ドルネアート」
つい先日、仲違いしたばかりの友人の名前が出てきたことに驚く。
レオナルドとマシューが一体何の関係があるのだろうか。
「色々訂正させて貰いたいけど、まず私はレオナルドの妾じゃない」
「いいっていいって、こんな所で嘘つかなくても。王国騎士団でもあんたは有名人さ、アルローデン魔法学校の卒業試験でも第二皇子に泣きついた女ってな」
「おいこら待て」
事実ではあるが、経緯を説明させて貰いたい。しかしマシューにステラの言葉は届かない。
「魔法学校の知り合いも言っていたさ。レオナルド皇子が平民出身の赤髪女を囲うつもりだってな。だから合コンなんかに来ているなんて驚いたよ。愛想を尽かしたのか? あいつの妾になれば将来安泰だろうに」
「よく喋るね。全部大間違いだよ。そもそもあんた騎士団だったの?」
そういえばお互いの職業をまだ明かしていなかった。
ステラの質問に、ほんの少しだけマシューは苛ついた顔を見せた。
「そうだよ、俺もあんたのご主人様と同じ騎士団さ。あいつには少々借りがあってね」
「あいつが私のご主人様? 笑わせないでよ」
「ちっ……うっせーな」
手首を強く握られる。腐っても騎士団ということだ、一般男性よりは力があるようだ。
「お前の言うことなんてどうでもいいんだよ。ただ俺は、あいつからあんたを奪えたらいいんだからさ」
「だからそれは勘違いだって、」
「俺の子供を妊娠したって聞いたら、あいつどんな顔かをするかなぁ……」
本能が叫ぶ。こいつはまずい、と。
「あんたとレオナルドの間に何があったのか知らないけど、私はあいつとただの友達だから! 離して‼」
「お前は何とも思っていなくても、あっちはどうかな? 安心しろよ、あんたにも良い思いはさせてやるから」
絶体絶命とは、まさしくこのこと。
ステラの瞳が熱を持った。
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