12,合コン



「元気出しなよぉ、ステラちゃん〜。あんな皇子の言うことなんて気にすることないんだってぇ〜」

「わかってるんですけど……」


 夜道の中、光に包まれた居酒屋が眩しい。

 レティと連れ立って歩く繁華街はどこか他人事に見える。先ほどレオナルドに浴びせられた言葉が、まだステラの胸を苦しめていた。


「やっぱり似合ってないんでしょうか……」

「そんなことないよぉ! ……まあ、理由はなんとなくわかったけどぉ……」

「何でですか⁉」

「いつかわかる日が来るんじゃないかなぁ〜?」

「そんなぁ……」


 今まで喧嘩する事は度々あっても、今日のように理不尽な怒りをぶつけられた日はなかった。


 気分次第で周りに当たり散らかすようなタイプでもない。前の巴投げといい今日のことといい、最近のレオナルドの考えていることはステラにさっぱりだった。


 レオナルドも言葉に表すのは苦手なタイプだが、相手はよりにもよってステラ。尚更噛み合うことは難しかった。


「……なんか私までムカついてきました」

「まあ落ち着いてぇ〜! 気分変えて行こうよぉ、ほらここぉ〜!」


 繁華街の中の一軒。

 そこは木造の落ち着いた居酒屋だった。


 出汁の香りが表にまで漂って、胃を刺激する。


「……それにしてもステラちゃん、ここに来るまで随分と視線集めてたねぇ〜」

「あはは……昔からです……」


 ウェーブがかった赤い髪をつまむ。

 まとめていない髪は風に踊り、より一層町の視線を集めていた。


 普段とは違う種類の視線だが、そこには気がついていないようだ。


「警察署では潜入捜査に向いてるって言ったけどぉ、やっぱり無理かもぉ~……」

「ダメですか⁉」

「うん、視線集めすぎぃ~」


 レティが、ステラの頬に掛かった髪を払ってあげた。


「容姿の問題もあるけどお、やっぱりドルネアートだと色がなぁ~……。プライベートでは可愛いけどぉ、潜入捜査する時は色換えの魔法薬飲んだ方が良いかもねぇ~」

「成る程、より溶け込みやすくするためですね」

「そうそう~。今度ブランカに相談して経費で買って貰おうよぉ~」


 ステラは学生時代に習った、色換えの魔法薬の作り方を思い出す。


「確か作り方は習ったんですよね……」

「さっすがアルローデン魔法学校~! そりゃ作れたら御の字だけどぉ、あれ結構手間かかるんじゃ無いのぉ~?」

「一切日の差さない場所があれば、作りやすかった筈です!」

「警察署の地下に取調室があるんだけどぉ、あそこならいけるかもぉ~……って! 今は仕事の話してる場合じゃない~!」


 これから楽しい合コンだというのに、気難しい顔で変装薬について語る女性二人は、まぁ目立つ。


 居酒屋の入り口で立っていると、一人の美女が店内から顔を出した。


「レティ! 着いていたなら入っておいでよ!」

「あ、ごめん~!」


 レティと同年代くらいだろうか。

 やけに胸の谷間を強調させたミディアムロングの綺麗な女性だ。


「遅れたぁ〜?」

「そんなことないよ。この子が後輩?」

「そう〜! 可愛いでしょお〜?」

「ちょっと……! 今日の合コンこの子のひとり勝ちじゃん!」

「思ったより化けてねぇ~。フローリンは一段と気合いが入っているねぇ~」

「当然でしょ⁉ 久しぶりの合コンだもの、気合いも入るってもんよ!」


 フローリンと呼ばれた女性は、耳まで切りそろえたショートカットが似合う美人だ。


「初めまして、私はフローリン! 今日はよろしくね!」

「ステラです、よろしくお願いします!」


 職業柄の反射神経で頭を下げた。


 その様子を見て、レティが独特の間延びした声を上げる。


「今日は体育会系はなしだよぉ〜。警察官っていう職業は隠し通すからねぇ〜」

「何でですか?」

「男の子っていうのはぁ、守って欲しいそうなか弱い女の子に惹かれるもんなのぉ〜。警察官なんて自立してて物騒で、王国騎士団と肩を並べるくらいの戦闘力を保持する女の子は恋愛対象外だよぉ〜」

「はぁ……」


 頭の中に最近できたばかりの恋愛メモスペースに新しい項目が加わった。


 職業がバレた時、それは合コンの終わる時だ。


「(その情報からいくと、私達が来た時点で既に恋愛は終わっているのでは……?)」


 と、ステラは考えたが、目を肉食獣のようにギラつかせたレティに滅多なことは言えなかった。


「まぁまぁそれくらいにして行こうよ! 向こうはもう来てるみたいだよ」

「お~!」


 本当に大丈夫なのだろうか。

 急に不安になってきたが、右手をレティ、左手をフローリンに捕まれ、ステラは引きずられるようにして店内に入った。もう後戻りは出来ない。





「お待たせしましたぁ〜!」


 一体その身体の何処からそんな声が出ているのだ。

 以前ステラが迷子にかけた猫なで声よりも、遥かに上を行く猫なで声でレティは個室に入った。


 そこにはすでに三人の男が座っている。


「ステラちゃんは奥行きなぁ〜」

「では失礼します」


 できるだけはんなりと、しっとりと、おしとやかに。

 男性の前での所作方は、リタとブランカに耳掻き一杯程度だが教えて貰った。


 レティに促されるまま、奥の椅子に座る。

 すると前に座っていたくりくりパーマの男性がステラに声をかけた。


「こんばんは」

「あ、こんばんは……」


 優しそうな笑顔が印象的だ。ステラと目が合うとより一層深く微笑まれる。


「飲み物どうするぅ〜? あ、ステラちゃんはまだ未成年だっけぅ〜。ジュースにしよっかぁ〜」

「えっ! まだ未成年なんだ⁉」


 レティの前に座っていた肩幅の広い男性が、お通しをつまみながらステラをマジマジと見つめる。


「はい、来年成人します」

「そっか、じゃあマシューより一個下なんだな!」


 顎でステラの目の前の男の子を示した。

 どうやらこのくりくりパーマの男性はマシュー、というようだ。


「そうなんだ、歳が近いと安心するよ。今日はよろしくね」

「よろしくお願いシマス……」


 自分はここまで人見知りだっただろうか。

 なんとなく居心地が悪くて落ち着かない。




 お酒やジュースをつまみが届き、それぞれに配られ手元に届いた。


「えー……では、今日という素晴らしい出会いに感謝して! 乾杯!」


 幹事であろう、レティの前に座る男性が乾杯の音頭を取ると各々自由に話し出した。



 これはどうしたものかとステラが戸惑っていると、前に座るマシューがお酒をちびりちびりと飲みながらステラを見つめていることに気がついた


「えっと……どうしましたか? 私の顔に何かついてます?」

「ああ、ごめんね。ステラちゃんが可愛いなーって思って」


 一瞬何を言っているのかわからなかったが、一拍遅れて顔が赤くなった。


 異性に面と向かって可愛いと言われたのは、ヒルおじさんを除いて人生初だ。どういう切り返しが正しいのか、恋愛経験値がゼロのステラにはハードルが高い。


「その、あんまりそういうこと言われるのに慣れてないので……」

「そうなの? こんなに可愛いのに。セレスタンの出身なんだ? 珍しい色の髪だね」


 小さなテーブルの向こうから、マシューの腕が伸びてステラの髪を掬った。

 特に肌に触れられていないのに、寒気がした。


「こらこら。そういうことは二人っきりになってからよ」

「ちぇっ、お姉様に怒られちゃった」

「あははは……」


 フローリンが助け舟を出してくれたことにより、マシューからステラへの褒め殺し攻撃は一旦止むこととなった。


 危ない、フローリンが止めてくれなければ、条件反射で腕を捻り上げていた。


 心の中でフローリンに感謝して、目の前のおつまみキャベツに集中することにした。




 夜も更け、お店もそろそろ閉店という時間。


「明日も仕事だしぃ、これでお開きにしよっかぁ〜」


 春の終わりかけとはいえ、夜風はまだ冷たい。

 男性陣が会計を終えると店を出た。



「(ウメボシはもう寝たかな……)」


 剥き出しの腕を摩った。


 あまりはっきり見えない星を見上げながら、家に残してきた相棒のことを考えていると、誰かに腕を掴まれる。


「ステラちゃん!」

「はいっ⁉」


 犯人はステラの前に座っていたマシューだった。

 あと一拍、声の正体がわからなかったら投げ飛ばしていた。


「今度の休日に会えないかな?」

「えっと……」


 真剣な眼差しを受けてたじろぐ。それはつまり、デート、ということか。

 事前にレティから教えて貰った流れでは、合コンの最後に気に入った相手がいたら次の約束を取り付ける、ということだったが。


 自分の解釈が合っているか、不安になったのでレティとフローリンを見ると。


「(行け!)」


 親指を立てられ、ウインクが返ってきた。

 これは会う以外の選択肢は無いようだ。


「用事があるならまた別の日にでも。ダメかな?」

「いいけど……」

「ほんと? よかった!」


 ギュッと強く手を握られ、降り解けない。


 どうしたものかと困っていると、レティがステラの背中に抱きついた。


「今日はもうだめだよぉ〜。明日パピヨンレターでも出しなぁ〜」

「そうだよね、遅くまでごめんね! 今日はありがとう。おやすみなさい!」

「こちらこそありがとうございました。帰り道にお気を付けて」


 レティにこっそりお尻を叩かれた。つい婦警さん目線で夜道の心配をしてしまう。


 ようやく解散になって、ホッと胸を撫で下した。




「……合コンってこんなに気を遣うんですか⁉」


 男性陣が見えなくなったところで、ステラは被っていた猫を道端に投げ捨ててやった。


「そうだよぉ、猫を被って騙して騙されて、恋愛は始まるのさぁ~」

「ちょっとレティ! あんた飲み過ぎてる!」

「明日も仕事って、レティ先輩が言ったんじゃないですか!」

「へーきへーき‼ こんくらい~!」


 明日、きっとレティは使い物にならないだろう。

 呆れた顔のブランカが、簡単に想像できる。


「あれぇ~? もうステラちゃんの家~?」

「そうですよ、レティ先輩の家まであとちょっとですよ!」

「いいよ、心配だから私の家に泊めるよ」

「いいんですか?」

「こんな千鳥足じゃ危ないからね」


 レティはフローリンの腕にしがみ付いて、ステラに向かって手を振る。


「いっつもこうだよぉ~! じゃあねぇ~、戸締まりはちゃんとするんだよぉ〜!」

「おやすみなさい、今日はありがとう!」

「お二方ともお疲れ様でした!」


 最後の最後に、綺麗なお辞儀が決まる。


 大人組に見守られる中、ステラは自宅のアパートへの階段を上っていった。





「ただいまー」


 薄暗い部屋に入ると、ウメボシがベッドから駆け寄ってきた。今まで眠っていたようで毛並みが少し乱れている。


 身体を丸めて、冷たくなった足下の靴を脱がす。


「戻ったか。どうだったのだ?」

「疲れた」


 窮屈な服を脱ぎ、籠に突っ込んだ。

 大して何も入らない小さなカバンも、クローゼットの中に投げ入れる。


 着慣れて、くたくたになった部屋着が肌に馴染み、安心感を与えてくれる。


「気の合いそうな人間はおらなんだか」

「気が合うかどうかは分からないけど、今度の休みに遊ぼうって言われた」

「それは収穫ではないか。……これ、ベッドで寝るでない! シャワーを先に浴びろ!」

「わかってるよ……」


 ベッドから、乱雑に入れられたパステルカラーのトップスが見える。

 夕方に言われた、レオナルドの言葉がステラの胸を抉り返した。



「(似合うとか、似合わないとか……)」


 これだからお洒落は苦手だ。


 ぐちゃぐちゃな感情のままシャワーを浴びる為起き上がった。




「(シャワーがこの気持ちも流してくれたらいいのに)」


 タオルを用意し、服の入ったカゴを足で退けるとシャワー室へ消えた。



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