11,名前の付けられない感情




「(なんなんだ、あいつは)」


 城に帰る馬車の中でレオナルドは腕を組み、苛立ちを隠すことなく舌打ちをする。

 王妃が見たら行儀が悪いと叱咤が飛ぶことだろう。しかし今のレオナルドは、そんな行儀の悪さに構っている余裕など無かった。


「レオナルド皇子、もうすぐ城に着きます」

「わかっている」


 窓を見やると、外には先程のステラの似た流行りの服に身を包む若い女性達が、楽しそうに談笑している。

 その流れるような平和な景色も、今のレオナルドにとっては苛立ちの材料に過ぎない。



 先ほど見たステラの姿は、知らない女性の姿だった。

 学生時代の私服は、流行なんて知らない無難な服ばかりだった。いくらエルミラセレクトだろうが、あそこまで変わるとは。


 卒業試験の慰安パーティーとは違った、町娘風のどこにでもいるような一人の女性としての姿が頭に焼き付いている。


「(あんな熊殺し女に……)」


 似合わない。


 自分で言った言葉が胸の中に、シーツに落ちたシミのように残っている。

 本当はそういうことを言いたかった訳じゃない。


 何よりもステラの口から一生出てくるはずがないと思っていた言葉、合コン。

 顔も知らない誰かのために着飾ったのだとわかった瞬間に虫唾が走った。


 あの場にいたら感情コントロールできない。そう思ったレオナルドは早々に切り上げ城へ帰る選択を取った。

 結果としてステラを傷付けてしまったが、あれ以上長居すると武力行使に出てしまいそうな自分がいたのだ。




「到着致しました。足元にお気をつけください」

「あぁ」


 馬車が場内に入り、業者がドアを開けた。


 今のレオナルドは王国騎士団ではない。第二皇子としての公務を果たした今、多くの従者がレオナルドの帰城を待ち構えていた。




「おかえり、レオ坊ちゃん」

「ただいま戻りました」


 その従者の筆頭には王国騎士団団長、オクターヴの姿があった。


 多忙な彼が、わざわざレオナルドを迎えるとは珍しい。苛立ちと歩く速さが比例する。

 居住区向かう中、オクターヴがレオナルドの斜め後ろに付いた。


「今から王に謁見か?」

「はい。一週間後の兄上を迎えるパーティーのパートナーの報告に」

「それはそれは……」


 重厚な門が大人数によって、音を立てながら開かれた。

 歩き慣れた道のりを迷うことなく突き進む。そんなレオナルドに対して、オクターヴは控えめに問い掛ける。


「そのお相手っていうのは?」

「卒業試験を一緒に避けたステラ・ウィンクルです。師匠が王国騎士団にスカウトしようとした、あの赤毛の娘です」

「あぁ……」


 どこか力の抜けたような返事だ。

 いつものオクターヴらしくない。普段の彼はもっと堂々とし、こんな何かを探るような質問等してこない。


 普段の冷静なレオナルドなら考えずとも、この違和感に気付いていただろう。しかし頭に血が上っているこの状況では、見抜けなかった。




「レオ坊ちゃんは、その女性と随分仲が良いようで?」

「別に良くないです」

「ほぅ……そういや、卒業試験での息の間合いもぴったりだったな」

「三年間手合わせをよくしていたので」

「それはそれは、さぞかし有意義な三年間で!」


 話は終わりだろうと、レオナルドが外套をメイドに渡す。

 しかしオクターヴの口は止まらない。


「あの娘、ステラ・ウィンクル。慰安パーティーでも見事なダンスだった。見目麗しく、場内でも噂は持ちきりだった」

「はい、そのこともあって今回のパーティーに適任かと」

「教養の程は?」

「そちらはあまり篩わなかったですね」

「成る程……」


 質問の意図が見えてこず、苛立っていたレオナルドは更に苛立つ。


「さっきから、どうかしたのですか? 俺に何が聞きたいんですか?」

「いやぁ……何でも。あっ! 急に仕事を思い出した!」

「はい?」

「いやいや! じゃっ、俺はこれで!」


 レオナルドが引き止める前に、あっという間にマントを翻して何処かに歩き去ってしまった。




 彼は後悔するだろう、この時のオクターヴを引き留めなかったことに。そしてステラをこのパーティーのパートナーとして誘ったことに。


 父であるドルネアート王にパートナーの報告をすべく、再び歩み出した。




 ******




「戻った」

「おかえりー」


 王国騎士団の宿舎に帰ると、レオナルドは荒々しく扉を開けた。

 中では相部屋のパートナーであるオリバーが、ベッドの上でうつらうつらしていたところだった。


「帰ってくるなりイライラするなって」


 レオナルドは憤り立った自分を落ち着かせるため、コップに水を注いで勢い良く流し込んだ。

 寝返りを打ったオリバーは、微睡む瞼を擦って言葉を続ける。


「皇太子の帰国パーティーの相手を誘ってきたんだろ? 何処のご令嬢なんだ?」

「チッ!」

「舌打ち⁉」


 何事かとベッドから飛び起き、レオナルドの様子を確認する。

 普段の冷静な彼がここまで苛立つとは。レオナルドがこんに取り乱す原因は、オリバーの中で一つしか無い。


「もしかして、ステラを誘ったのか⁉」

「なんだわかった?」

「わかりやす過ぎるって、っていうかマジで⁉」


 まさかのチョイスだ。

 王族主催のパーティーにステラだと? 先ほどまでの眠気はすっかり飛んでしまったようだ。


「お前の親父さんは許したのか?」

「好きにしたらいい、と」

「へぇ……。そういえば今日って合コンじゃなかったか?」

「知っていたのか⁉」


 今度はレオナルドが驚愕する番だった。

 オリバーは枕元の手紙を一枚引き寄せて、軽く目を通す。


「この間リタから教えてもらったんだよ」

「なっ……!」

「あ、この手紙だな。見てみろよ」


 オリバーの枕元に置いてあったのは、リタからの手紙だった。見せて貰うと、そこには確かに今日の日付と〝ステラが合コンに行く〟という内容が綴られている。


 食い入るように手紙を読み返すが、内容が変わるはずも無い。


「なんで教えなかったんだ⁉」

「こっちがなんで? だよ。お前に教える義務はないだろー」

「ぐっ……!」


 水風呂があったら、飛び込みたい。


 確かに、オリバーが恋人であるリタとの話の内容を、わざわざレオナルドに教える義理はない。ここでオリバーを責めるのはお門違いだ。


 それでも何かしら言わずにはいられなかった。


「あいつにそういう場所は早いだろう!」

「早くないだろ、前も言ったけどステラだって女なんだ。男からそういう目で見られる対象なんだよ」


 たとえ山猿怪力熊殺しのステラでも、と付け足してオリバーは大きなあくびを一つした。


 鼻で笑い飛びしてみるものの、落ち着くはずも無い。

 そんなレオナルドを一瞥して、オリバーは再びベッドの中に潜り込んでしまった。


「先輩から言わせてもらうと、早めに素直になっとけよー」


 オリバーはベッドに寝っ転がって、レオナルドに背を向けた。あっという間に寝息を立てる友人は、いつもより素っ気なかった。


「……わかっている、そんなことくらい」


 吐き出した気持ちはベッドに吸収された。


「自分の気持ちくらいとっくの昔にわかっている」


 しかし、今じゃない。

 邪魔をしているのがプライドだけなら、ぶっ壊しまえばいい。だがそれだけでない弊害が、余りにも多すぎる。


 地位も力も、まだお互いが幼すぎるのだ。




「(リタはステラのこと、ニブチンさんって言ってたけど、こいつも大概だよなぁ……)」


 レオナルドを置き去りにして、オリバーはさっさと夢の中へ旅立つ。


 一人残されたレオナルドは、やり場のない気持ちを枕にぶつけるしかなかった。



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