2,闘争心
「ご協力ありがとうございます!」
ステラはカウンターで落とし物の財布を受け取ると、拾得物件預り証発行して渡す。
これはもし落とした財布の持ち主が出てこない場合、拾った人が受け取る権利を持つことになる大切な証書なのだ。
届けてくれた住民を見送り、ステラは一息ついた。
ボードンからの衝撃的な告白から早数週間。
最初はグダグダだったカリキュラムも、ジェラルドが目を張るくらいのスピードで終わらせたのだ。
そして周りも驚くぐらい、ステラは着実に仕事を覚えていっていた。
「(報告書を書かなきゃ!)」
ペンを持ち、新しい書類を作成し始める。
ふと窓を見ると、ここ最近で随分と見慣れた鎧組の二人が歩いていた。
王国騎士団の騎士達だ。
「また声かけられてる」
あれから注意深く町に目を向けていると、確かに騎士団員がよく街中で歩いていることに気がついた。
住民も困ったことがあれば、近くでパトロールしているステラではなく、格好いい鎧を身に纏った騎士団に声をかけるのだ。
本業としては、もちろん面白くもなんともない。
「(制服がなんぼのもんじゃい‼)」
ガリガリと大きな音を立てて報告書を作成していく。
鬼のような形相、というより、鬼を背負っている。
ボードンからの衝撃告白の日、ステラは一つ胸に誓ったことがある。
"打倒騎士団、目指せ警察署返り咲き"
着地点は結局ボードンと同じところだ。
手始めに制服の改善案を出すと、
「コスパがかかりすぎる上に伝統ある制服の形を崩すことは許されない」
と、早々に却下された。
正論である。
「精が出るっスねー」
脇目を振らずに、書類の作成に励んでいるステラに声をかけてきたのは、ステラのペアでもあるフレディ・モーラだった。
アルローデンではステラと並んで珍しい藍色の髪を持ち、〝異色コンビ〟と命名された。
「フレディ先輩! この書類って、これで合ってますか?」
「オッケーっス、よく書けてる! それ提出したらパトロールに行くっスよ、ボチボチ交代の時間ッス」
フレディにつられて時計を見上げると、言われた通りパトロール交代の時間である。
最後に自分の名前を作成者欄に記入して、ペンを机に置いた。
「ジェラルド副署長に提出してきます!」
「ほーい。自分は外で待ってるっス」
ステラは出来上がったばかりの書類を片手に階段を駆け上がった。
******
ゴーグルを装着し、二人は空を目掛けて地面を蹴る。
口数少なく周りを警戒するステラが逆に不審なのだが、本人は気付かない。
「なんか飛ばしすぎじゃないッスか?」
「スピード違反⁉ 何処ですか⁉」
「じゃなくて、ステラのことっスよー」
ゴーグルの奥で吊り上がっていた目が、丸くなる。
「私、スピード出てました?」
「箒じゃ無くて、仕事のことっス」
今一結びつかない。
前を飛んでいたフレディが、ステラの隣にやってきた。
「最初あれだけ悲鳴を上げていた、ジェラルド副署長お手製のカリキュラム。人が変わったようにパパッと片付けちゃったじゃないっスか。その後も仕事をガンガン覚えて。そろそろガス抜きしないとパンクするっスよ?」
「だって……」
フレディの鋭い指摘に、唇を噛みしめた。
「私、悔しいんです。市民の平和を守るための組織なのに、忘れかけられてるなんて……」
「憧れて入ったんだから、ショックが大きいのはわかるっス」
「大き過ぎます! だから私、早く仕事出来るようになってもっと皆に頼られるように……!」
「真面目過ぎっス! そんなに思い詰めてたら、鬱になるっスよ!」
「そこは大丈夫です! アパートで筋トレしてストレス発散しています!」
「なんでわざわざ疲れることしるんスか⁉」
一部のマニアにしか理解されないストレス発散法である。
フレディはぶつからない程度にステラへ近付いた。
「その想いは持ってて欲しいっスけど、新卒のステラがそんなに思い詰めること無いっス。今は身体を壊さないように慣れていけばいいんス!」
「フレディ先輩……」
「で、もっと成長したら一緒にでっかい案件を解決して、警察を盛り上げるっス!」
「どうやったら盛り上がるんですか?」
「手っ取り早いのは功績上げることっスね」
「じゃあこのビンゴブックに乗ってる凶悪犯を片っ端から捕まえたら、王国士団から仕事を取り返せますか?」
「そんなビンゴブック持ち歩いてるのはステラぐらいっスよ」
寝る前に眺めているビンゴブックは愛読となりつつある。
毎晩ウメボシになんともいえない顔をされるが、万が一の時に備えて頭に叩き込んでいるのだ。
張っていた気が緩んだ。
「(そっか、私は急いでいたんだ……)」
頼れる先輩のお陰で、少し落ち着く事ができた。
確かに根を詰めすぎるのも良くない、今日は筋トレしないで真っ直ぐベッドに入ろう。
「ステラの気持ちは自分も分かってるつもりっス。街角に交番があったら、なんとなく安心していたのに……」
「そういえばなんで交番が無いんですか?」
昔を思い出した。
何回か母についてやってきた都会では、交番を見かけた覚えがある。
いざ就職してみると、誰からも交番という単語が出てこないのも不思議だった。
「そもそも交番っていう概念が死んだんッスよ。都心であるアルローデンにも無いんだから、もっと地方には駐在所くらいしかないっスね。本来であれば地域により密着させるために、交番をおくべきなのに……。今ではアルローデンも自分達のいる警察署だけになっちゃったっスね」
「王国騎士団め……‼」
「落ち着くっス‼」
折角穏やかになった気持ちが、再び燃えさかる。
いつの間に警察は、こんな端っこに追いやられていたのだろう。
どうしようもないと分かっていても、歯痒い。
「婦警も年々減ってきているんですか? アルローデン警察署の婦警って私たち三人だけですよね」
出勤初日、制服に着替えるためにロッカーへ案内してくれたブランカの気まずそうな顔は、この件が絡んでいたのだと気付いた。
「もちろん王国騎士団の影響もあると思うっスけど、最近は寿退社が多いっス」
「あ、あぁ……」
「うちの組織は全員結婚が早いっスからね。知らないだけで、職場恋愛とか多いっスよ」
急に苦手分野の話にすり替わった
どの世界に行っても、恋愛話というものは転がっているのだ。
「私情を仕事に持ち込むのはちょっと……」
「同業者の方が行って人間が多いんスよ。警察官は災害があると、自分の家庭を置いてでも持ち場に行かなきゃいけない。だから、理解のある人じゃないと家庭が続かないんス。それで離婚になったって話はよく聞くっスよ」
急にリアルな話になった。恋愛すっ飛ばして結婚話まで行くとは。
もしかしたらあの時助けてくれた婦警さんも、寿退社しているかもしれない。
喜ばしいことではあるが、その可能性があるなら探し出すのが少し難しくなりそうだ。
「まあ警察官も危険が多い仕事ですし……あ」
「あっ‼」
二人が飛んでいる下で、王国騎士団三人組が住民に何やら事情聴取をしているところだった。
すぐそばにある魔法の絨毯を見る限り、危ない運転をしたのか、はたまたスピード違反か。
「先越されたっスね……」
「私たちの仕事‼」
「そんなカッカしないで。自分達はこっちっスよ」
少し離れたところに降り、フレディは道の端っこに寄った。そこにはゴミ箱が倒れておりいくつかのゴミが散らばっていた。
何をすべきか分かったステラは、率先してゴミを拾う。
「……フレディ先輩はなんで警察官になったんですか?」
「些細なことっス。ただ単純に手錠がかっこよかったから」
「分かります! 誰しもは一回は憧れますよね!」
「でしょ? ま、かける瞬間なんて数えるくらいっスけどね。それに、回数が少なければ少ないほど平和な証拠だって、就職してから分かったっス」
フレディは足元のゴミを一つ拾うと、綺麗な放物線を描いてゴミ箱に投げ捨てた。
「暇なことは平和な証拠かもしれませんけど、私達が暇な理由は別ですもんね」
住民を見送る王国騎士団の後頭部を、穴が空くほど見つめる。
一人がこちらに気が付き、警察組に向かって軽く手を振る。
「なんですか、あの余裕‼」
「完全に私達を舐めてるっスね」
「ちょっとぶん投げてきます」
「やめるッス、警察官が治安を悪くしてどうするんスか!」
今にも飛び出しそうな所を嗜められた。行き場のない憤りは、持っていたジュースの空へ向かってご自慢の重力魔法……ではなく、自前の握力でぶつける。
最後のゴミを捨てると、フレディは飛び去る騎士団の後ろ姿を眩しそうに見上げた。
「自分達は刑事課とか地域課とか、生活安全課の括りが無くなったけど、こういうことでも地域の役に立っているんだから悪いことばかりじゃ無いっス」
「そう、ですよね……」
諦めか、はたまた開き直りか。
「小さな事でも、積み重ねが大事っス。今は自分達の仕事を「ったく‼ やってられっかちくしょうめが‼」……するっスよ」
のどかな昼下がりに不釣り合いな、ガラスの割れる音が怒号。
フレディの表情に緊張が走った。
「現場に向かうっス!」
「はい!」
平和を乱す声は、正義の味方の出動合図だ。
異色コンビは迷うこと無く駆け出した。
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